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コウタ編

     玲子姉さんは死んだ。

二十年前、彼女は須藤幸喜との壮絶な戦闘に勝利した。その戦いの後、あの人は満身創痍のまま、星散病という奇病に侵されて命を散らした。あの戦いは俺たちが育ったあの都市を守ってくれた。あの人は、まさにあの都市のヒーローだったと言えるだろう。

そして今、俺たち三兄弟がその後を継ぎ、奇病に悩む人たちを救っている。

これは奇病と戦う俺たち三兄弟の物語。

「ヒロトくん、アキラくん、コウタくん、朝ですよ!」

眠たい目をこすりながら、ぼんやりと起き上がる。ここは孤児院。親を失った子供たちが集まる場所。夜の眠りから目を覚ますたびに、どこか寂しさを感じるけれど、それでも毎朝こうして目覚められることが、少しだけ救いだった。

「おはようございます、先生。」

先生はいつも優しい笑顔で、俺たちを起こしてくれる。顔を見れば、いつも安心する。朝ご飯を作ってくれて、学校に送り出してくれる。そんなあたたかい手助けが、俺たちを支えてくれている。

「あ、アキラ。また涙出てるぞ。」

「え、ほんとだ?」

「おやおや。それもこちらの箱に入れておきましょうね。」

アキラの枕に落ちていたピンク色の宝石。それは、彼の涙が変わった証。宝石のようにきらきらと輝くその涙を見つけた先生は、やさしく微笑みながら箱に入れてくれた。

箱の中には、色とりどりの宝石がきれいに並んでいた。その光景を見ると、少しだけアキラが特別な存在であることを感じる。宝石の涙を流す彼は、どこか神秘的で、痛みを伴っているけれど、決して誰にも隠さず、みんなに優しく接してくれる。

「ヒロトも薔薇が咲いてるぞ!」

「うげー、これ痛いんだよー。」

ヒロトの体に巻き付く薔薇の花。花びらは繊細で、茎には鋭いトゲが刺さっている。ヒロトはいつもこれに悩まされているけれど、何とか平然と過ごしているように見える。けれど、俺たちにはわかる。痛いんだって。

彼の痛みを取り除くため、俺は即座に茎を引き抜いた。無理にでもそれを取ってしまわなければ、ヒロトは痛みに耐え続けるしかないからだ。

「ありがとな、コウタ!」

俺達はその後、急いでパジャマから洋服に着替えた。今日は学校に行かなければならないから、忙しい時間が待っている。

ヒロトも、アキラも、俺も、それぞれにおかしな病気を持っている。ヒロトは体中に薔薇が咲く病気、アキラは涙が宝石に変わる病気、そして俺、コウタは血が結晶に変わる病気だ。どれも痛みを伴い、俺たちの体に異常をきたしている。でも、それが私たちの現実だ。

「よっしゃコウタ!早く朝飯食って学校行こうぜ!」

アキラが元気に言った。彼の声にはいつもエネルギーが溢れていて、時にはその元気が私たちを引っ張っていく。俺はうなずき、ホールに向かう。

朝食はトーストにいちごジャム、レタスサラダにコーンスープだ。親のところにいた頃は、こんな食事を食べることなんて考えられなかった。

「よし、コウタ!遅刻するから早く行こうぜ!」

「うん。」

アキラに急かされながらも、私は全部の食事を平らげ、立ち上がる。

「ごちそうさま。」と、先生にお礼を言ってから、ランドセルを取り、足早に孤児院を出る。

 外は少し寒かったけれど、それでも学校に向かう足取りは軽い。俺たち三兄弟は、それぞれにおかしな病気を抱えているけれど、それを乗り越えるために、一緒に頑張っていくんだ。どんな困難が待ち受けていても、少なくとも、三人でなら乗り越えられる気がしていた。

孤児院にいて良いことは、こうして普通の食事がとれること。暖かい布団があり、着るものはボロボロでないこと、そしてお風呂に入れること。それらは当たり前のようで、実はとても大切なことだった。でも、悪いこともある。

「やーい、親なし!」

「きもちわるい花とか涙とか流しやがって!」

いつものように、通学路で声をかけられる。毎朝、必ず誰かが、俺たちを侮辱してくる。あの言葉が耳に入るたびに、心がざわつく。ヒロトやアキラに向けられた言葉は特に辛い。俺がどれだけ「どうでもいい」と思っても、二人のことをバカにされると、どうしても我慢できなくなる。

「まーたあいつらかよ!」

「コウタ、気にしなくていいんだからな!」

アキラが心配して言ってくれるけど、俺はうなずくことしかできない。だって、気にしないで済むはずがないんだ。自分の病気や、孤児院にいることは仕方ないことだと分かっているけれど、それでも周りの目が痛い。

でも、それよりも許せないのは、ヒロトやアキラがいじめられていることだ。二人は俺にとって兄弟で、どんなに周りの人たちが自分たちを異質だと思おうと、そんなことは関係ない。俺たちは一緒に過ごしてきた仲間だから、絶対に誰にも傷つけさせたくなかった。

「行こう、ヒロト、アキラ」

俺は二人の手を強く引っ張った。少しでもあいつらから遠ざかりたかった。せめて今は、俺が二人を守らなければと思ったからだ。

その時だった。

すぐ横に、突然車が止まった。何かがおかしい、そう感じた瞬間、世界が歪んだ。その後のことは、何も覚えていない。

 痛い。痛い。痛い。イタイ。イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ

やける。さける。はがれる。くだける。はじける。

──痛い。

──痛くない?

──違う違う違うチガウ違う

頭の中で何かが暴れている。俺なのか?俺じゃない。俺だろ?違う。俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺

やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ

叫ぶ。口が裂ける。喉が焼ける。声が出ている?出ていない?わからないわからないわからない

目の前が揺れる。光が走る。赤い。青い。黒い。白い。紫。オレンジ? 

おかしい。なにこれ。なにこれ。なにこれ。

笑ってる。誰かが笑ってる。

「アハハハハハハハハハ!!!!!!」

──誰だ。

──俺だ。

──俺じゃない。

──俺じゃない俺じゃない俺じゃない俺じゃない俺じゃない俺じゃない

イタイイタイイタイイタイいたいイタイイタイイタイイタイイタイ痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ

ダレカダレカダレカダレカダレカダレカダレカ

助けて。助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて

喉の奥が焼ける。胃が反転する。手足がちぎれる。皮膚が剥がれる。

どうして俺がこんな目に。

いや、最初から決まっていたのか。

こうなることは初めから。

あの親の元に生まれてきた時から。

俺はあの親の元に生まれた瞬間から、何かが狂っていた。

生まれてすぐ、変な注射を打たれた。何のためだったのか、今はもう覚えていない。ただ、毎日暴れて苦しんで、家の中の物を壊し続けた。三歳の時だ。そのころには、すでに俺の周りには暴力しかなかった。殴られて、蹴られて。あの親の手で。それが当たり前だと思っていた。

孤児院に入れられたのは、それからだ。親が警察に捕まった。近所の人が我慢できず、警察に通報したんだ。俺にはどうでもいいことだが、あの瞬間に、何もかもが変わった。

孤児院では、暴力を受けることはなかった。ただ、暴れるたびに、注射を打たれた。それだけだった。最初は暴れて、そして注射を打たれることに恐れを抱いた。やがて、幼い脳みそがそれを理解し、計算し始めた。暴れることをやめれば、痛みが少しでも和らぐんだと。

でも、そんな日常も、あっけなく壊された。

また、毎日殴られ、蹴られ、何度も何度も血を流した。どれだけ流したか、もうわからない。全身は、真っ赤な結晶で覆われ、痛みが全身に広がった。ここで、俺は死ぬのだろうか。

「コウタ!」

──声が聞こえた。

耳の奥にこびりついた痛みの波にかき消されそうなほど、遠くて、頼りない声。誰の声だ?頭が働かない。思考が泥のように鈍く、体は鉛の塊みたいに動かない。

ゆっくりと顔を上げる。

視界がぼやけている。目にこびりついた血と汗のせいで、輪郭がにじむ。けれど、そこにいるのがヒロトとアキラだと理解するのに時間はかからなかった。二人の後ろに、見知らぬ男と女が立っている。

(……誰だ?)

思考がまとまらない。痛みのせいか、意識が遠のいているのか。そんな俺の疑問をかき消すように、怒声が飛んだ。

「あ、何逃げてんだてめぇらっ!」

びくっと二人の肩が跳ねる。

男の手には拳銃が握られていた。黒光りする鉄の塊が俺たちに向けられる。その瞬間、全身が氷のように固まった。逃げろと叫びたいのに──そう思うのに、体は動かない。喉が張りついたように乾ききって、声すら出ない。

(逃げろ──)

シュッ──

空気を裂く音がした。目の前にいた男の体が、一瞬で、斜めに割れた。

「……え?」

理解が追いつかない。

男はのけぞるようにして、そのまま膝をついた。斬られた箇所から、真っ赤な血が滝のように流れ出す。ドクン、ドクン、と肉が脈打つ音すら聞こえてきそうだった。

「ぐえええええっ!!」

男の絶叫が響く。

今のは……日本刀か?誰が斬った?そう思って視線を動かすと、見知らぬ男が無造作に刀を構えていた。刀身にはべったりと鮮血がこびりついている。

「まだ一匹残っていたのか」

低く、淡々とした声が響いた。

一匹?まるで、"人間" じゃないみたいな言い方だった。

「お見事。」

隣の女がそう呟く。男は笑いながら刀を払った。血飛沫が地面に散る。

その間にも、ヒロトとアキラが俺に駆け寄る。

冷えた手が鎖を外し、俺の体を支えた。

「大丈夫か?」

その言葉に、俺はようやく自分の状態を意識した。

(……大丈夫?)

いや、そんなはずがない。

体中が痛い。焼けるような痛みが走る。喉はからからで、肺はまともに空気を吸えていない。力が入らない。全身が血と汗で濡れている。指先は震えていて、足は地面に根が生えたみたいに動かせなかった。

なのに──俺は、生きている。

殺されなかった。まだ、息ができる。

……それが、現実味を持たなかった。

「この結晶は一体……」

女が俺の体に触れ、俺の体に生えた結晶をまじまじと見つめる。

「これも奇病の一つなんじゃない?」

こいつらは俺たちのおかしな病気について知らないのか。それはとても都合がいい。

「三人とも早く車に乗って。病院へ行こう。」

「……あなたも、俺たちを傷つけるの?」

ヒロトは女にそう聞いた。

「ひどいことはしないよ。病院に行って君たちの傷を見てもらわなきゃ。あとその病気もね。」

女は男と共に俺たちを外へ運び出し車に乗せると急速でどこかへ向かった。もうどこへだっていい。この地獄が終わるならどこでも。

そう思っていたら着いた場所は病院だった。

「え……?」

 俺たちはその病院の先生に色々調べられた。痛いことや苦しいことはほとんどなかった。注射で血を取られたくらい。ヒロトもアキラも怪我が少なくてよかった。あんな想いをするのは俺だけで十分だ。いくつか質問もされていたが俺はあまり答えられなかった。その代わり、ヒロトとアキラが答えてくれた。

会話の内容を聞く限り、先生の名前は上原美紀というらしい。おかしな病を専門に研究している人でいまだに治療方法が見つからない病気も見ているのだという。

「痛かっただろ、しばらく休んでいくかい?」

休まなくてもいい。俺は首を横に振った。早くどこかへ三人で逃げてしまいたい。その気持ちの方が強かった。

「終わったよ。」

彼女が出ていくのと同時に俺たちも部屋を出る。部屋の外には二人の男と一人の女が待っていた。二人はさっき俺たちを連れだしてくれた人だった。

「こいつは薔薇咲病、こいつは宝石病、こいつは狂獣病だ。」

三つとも聞いたことがない言葉だ。この人は何を言っているのだろう。なんかいろいろと説明をしているみたいだけれども、何を話しているのかはさっぱりだった。

「玲子みたいに何年で死ぬとかは?」

「ないよ。三人共治らないけど人と同じように死んでいく。」

「よかったなー坊主たち。」

連れ出してくれた男は俺たちの頭をわしゃわしゃと撫でてきた。優しくて、大きな手で、その手からは温もりが感じられた。女の人はどこかへ電話をかけていた。

「もしもし、優香?……うん、終わったよ。それで一つ相談なんだけどさ……今日保護した三人、私名義で養子にしてもしていいかな。」

聞き間違いだろうか。この人、今俺たちを養子にするって言ったような。彼女が電話を切ると車を運転していた男が驚いた表情をしていた。

「玲子、お前正気か!?」

「えぇ。」

「養育費はどうするの?」

「それなら私の星屑を使えばいい。有り余っているし。高値で売れるし。」

「君たち、私の家に来ない?」

俺たちはきょとんとした顔をした。こんな孤児院の先生よりも若い人が俺たちを引き取って親になってくれるというのか。いや、騙されてはいけない。きっとこの人も俺たちになにかするつもりなんだ。俺はこの人をじっと見つめながらそんなことを考えていた。

 玲子と名乗ったその女は自分の事務所があるビルに俺たちを案内すると優香という玲子の姉に会わせてくれた。彼女は

「いい子たちじゃないか。」

そう言って俺たちの頭をなで、玲子に雨宮家の所有する一軒家があるからそこを使えと話していた。

 その一軒家に向かう途中、俺たちは改めて自己紹介をしあった。玲子は

「新しい家は凪街から電車で三十分程かかる田舎街。そう簡単にほいほい行けるような場所ではないし三人を守れるよう警備システムも張り巡らせた。」

と、話してくれた。実際に見るまでは信用しないようにしようとは考えていた。

「見えてきたぜ。」

「わあ……っ!」

新しい家はなんとも大きく立派な二階建てだった。住宅街の中でもひときわ目立っている。

「これは……目立つのでは。」

「大丈夫だろ、警備システムもあるし、交番も近いし。」

玲子は歩いて十分くらいのところに交番があるのを確認し、車から荷物を取り出した。

「広い広ーい!」

俺たちのうち二人はまだ幼いからかはしゃいでいる。俺はそれに入っていないが。

「見て見て! ふかふかのベッド! すごいよ、ヒロト!」

「ほんとだ! ここ、めっちゃいい匂いする!」

アキラとヒロトがベッドの上で跳ねてはしゃいでいる。

俺は部屋の隅に立ったまま、それを静かに見ていた。

……ここがどんなに居心地のいい場所でも、俺はまだ信用しない。

でも……。

こんな風に楽しそうな二人を見ると、少しだけ「ここで暮らすのも悪くない」と思ってしまう自分がいる。その様子を見ていた運転手の男が話しかけてくる。

「コウタ君の精神年齢は大人だねぇ。」

「ふん。」

俺はそっけなく返事を返した。あまり信用しすぎると何が起こるか分かったものではない。

「ほら、荷物入れるから手伝って。」

「はーい!!」

二人は元気のいい判事をすると車から荷物を取り出すべく走っていった。

「おい、ここは本当に安全なんだろうな?」

俺は玲子にそう聞いた。

「そうだけど、どうして?」

「別に…あの二人が危害にあわないかそれだけだ。」

俺は二人を守りたいだけだ。その思いが伝わったのか玲子は俺の頭をなで、もう一度、ここなら大丈夫と言った。俺は「それならいい」と一言残し車に戻っていった。そしてすべての荷物を運び終わり優香たちと別れると、近くのホームセンターで必要なものを買い、スーパーで夕食の買い物を済ませて家に帰った。

 夕食づくりは手伝った。慣れない包丁を使うことは許されなかったが野菜の皮むきくらいは手伝わせてもらえた。ヒロトは孤児院でも手伝いをしていたため包丁を使い食材を切り、アキラはお風呂掃除に行った。玲子が俺たちをほほえましく見ていたのも気が付いていた。なぜこの人はこんなにも笑顔なのだろう。俺たちがいることはそんなにうれしい事なのだろうか。

「なんだよ」

「んーん?なんでもない。」

やっぱりこの人は変だ。

夕飯を作り終わり、お風呂を沸かしている間に早く食べてしまうことになった。

「いただきまーす!」

アキラが元気よく手を合わせる。

「……これ、本当に食べていいの?」

俺は目の前の食卓を見て驚いた。

大きなハンバーグ、ふわふわのオムレツ、野菜たっぷりのスープ。

どれも温かくて、いい匂いがする。

「もちろん。君たちがたくさん食べられるように作ったんだから。」

玲子が優しく微笑む。

「すっげー! うまい!!」

ヒロトは早速ハンバーグにかぶりついた。

アキラも嬉しそうにオムレツを頬張っている。

俺はそっとスープを口に運ぶ。

……あったかい。

「おかわり、ある?」

気がつけば、俺はそう口にしていた。

玲子は驚いた顔をした後、優しく笑ってうなずいた。

「もちろん。たくさん食べてね。」

ヒロトもアキラも久しぶりの温かい食事に笑顔になっていた。捕まっていたころは冷たくて硬くなったパンしか食べさせてくれなかったから。自然と涙がこぼれる。

「大丈夫。誰もこの空間は邪魔させないからね。」

彼女はそう言って俺たちを抱きしめてくれた。

「ねぇ、三人共。私ね、あと一年もしないうちに死ぬんだ。」

「えっ。」

「そういう病気でね。」

ヒロトとアキラは動揺していたが俺は冷静に聞いていた。

「じゃあなんで俺たちを引き取ったんだよ。いくらなんでも無責任すぎるだろ。」

「うん、ごもっともだね。でもね、三人に私のすべてをささげたいって思ったんだ。私は死ぬと星屑になって散る。その星屑は高く売れるからそのお金で今後も生活していけるし、君たちを大学まで行かせることもできる。」

「そんな……っ。」

「私が死んだあとは優香に任せてあるから安心して。」

「それならいいけどよ……」

するとヒロトがすっと立ち上がる。

「じゃあ、それまでいっぱい思い出作らなきゃ!」

「そうだよ!新しい遊園地とか水族館とか行こうよ!」

「ふふ、そうだね。」

俺はしばらく彼女を見つめた。俺は本当にこの人を信用してもいいのか。いや。考えるのは後だ。俺は二人を守る。つらい思いを二人がしないように。それが俺の生きる目的だから。

 夢を見ていた。俺は獣になっていて、暗く深い森の中を走っていて、どこに向かっているのかもわからなくなって、自分が何者かすらも忘れていて。

あぁ、心地いい。こんなに自由に走ったのはいつぶりだろう。誰にも縛られず、何にも邪魔されず、ただ本能のままに走る。何も考えなくていい。苦しみも、痛みも、すべて忘れられる。

俺はもう、自由なんだ。

そう思った瞬間、崖から落ちて。

「化物」

「気持ち悪い」

そんな言葉が聞こえてきて。

そこで目を覚ました。

もう嫌だ、あんな地獄に落ちるのはもう嫌なんだ。俺は……俺は……オれは……オレは……オレハ……。

イッタイナニモノナンダ。

「あなたは間違いなく人間だよ。それ以上でも、以下でもない。」

優しく抱かれ、ゆらゆらと揺れている。その言葉が脳内でこだまする。

「大丈夫。大丈夫だからね。」

「本当に……?」

「えぇ。本当よ。」

「俺……眠ってもいい?」

「もちろん。」

俺は……人間だ。獣なんかじゃない。化物なんかじゃない。気持ち悪くなんてない。この病気だって、俺の一部なんだ。

俺は、怖いんだ。一人になるのが。一人になった瞬間、心までもが化物になる気がして。

でも、もう恐れなくていい。俺には、ヒロトが、アキラが、この人がいる。

安心して眠りに落ちる瞬間……。

「一体誰が……」

声が震えている。

俺を抱く腕に、ぐっと力が込められるのがわかった。

「一体誰がこんなひどいことを……っ」

玲子の歯を食いしばる音が聞こえた。

俺の髪に顔をうずめ、ぎゅっと抱きしめてくる。

こんな風に、誰かが俺のために怒ってくれたことなんて、あっただろうか。

じんわりと胸の奥が温かくなる。

俺は、その温もりに身を委ねるように、深く息を吐いた。

「……おやすみ。」

玲子がそう囁く。

俺は、安心して眠りに落ちていった。

 次の日曜日、浜浦駅の近くにできたというテーマパークにやってきていた。春川組?の人が気を利かせ護衛として運転手の男、獅子合をつかせてくれた。

「三人共、よろしくな。」

「よろしく、兄ちゃん!」

ヒロトとアキラはすぐに打ち解けたようだ。

「コウタ、このお兄さんは大丈夫だよ。」

「……あぁ。」

俺はじっと彼のことをにらみつけた。

「ほう、俺をにらみつけてくるとはな。なかなか肝の座ったガキじゃねぇか。」

獅子合は俺の頭をわしゃっと撫でた。

「なでんなっ」

そう言って俺は抵抗する。その間に玲子さんとヒロトとアキラはもう最初に乗る乗り物を決めていた。

「どこから行く?」

「俺ジェットコースターに乗りたい!」

ということで三人はジェットコースターから順に乗っていくことにした。俺は乗りたくないので獅子合と一緒にベンチで休憩していた。

「なぁ、あんたって玲子さんのなんなんだ?」

「あんたって……可愛げがねぇなぁ。」

彼はコーヒーを一口飲み、空を見上げる。

「幼馴染だよ、ただの。」

「ふーん……」

俺もコーラを一口飲むと、今走っているジェットコースターのほうを見た。

「玲子さん、昨日あんたの話をしていたけど、とてもそんな風には聞こえなかった。」

「そうなのか?」

「うん。」

彼は考えるとこう切り出した。

「きっと幼いころからずっと一緒にいるからだろうな。」

「そういうもんか?」

「そうだろ。俺は極道だ。あいつに俺は釣り合わない。あいつもそう思っているだろうさ。」

彼は自分にそう言い聞かせるようにそう言った。

「それ、玲子さんに聞いたのか?」

「いや……?」

「そこは聞けよ……」

俺はあきれたようにため息をついた。こいつ絶対玲子さんのこと好きだろ。小学生の俺から見てもそれは明らかだった。

「気持ちくらい聞いてやればいいんじゃねぇの。そうじゃねぇと俺たちが奪っちまうぜ。」

「はっ。生意気言いやがって。」

彼はまた俺の頭をわしゃっと撫でた。その時だった。

「きゃああああああああああ!?」

玲子さんの悲鳴が聞こえた。

「いや、あいつ叫びすぎじゃね?」

 その後帰ってきた玲子さんは青い顔をしていた。

「死ぬかと思った……」

「どうやら玲子にも怖いものはあるらしい」

一方、ヒロトとアキラは俺を連れてもう一度乗る気満々だ。

「今度は三人でいってこい。俺たちはここで待っているからよ。」

「はーい!!」

そう返事をすると三人はジェットコースターのほうへ行った。

ジェットコースターはなんというか、特に感想もなく終えた気がする。戻ってくると獅子合は顔を真っ赤にしていた。

「玲子さん、大丈夫?」

「大丈夫。もう平気だよ。」

「あんたは何やってんだ?」

「なんでもねぇよ!」

そしてまたほかのアトラクションにも乗るべく俺たちは動き始めた。お化け屋敷やコーヒーカップ、メリーゴーランドを周り、最後に観覧車へ乗った。

「よかったね、買ってもらって。」

「うん!」

獅子合に買ってもらった恐竜のぬいぐるみをかかえ俺は夕日を眺めていた。

「きれいだね。」

「あぁ……」

ヒロトとアキラは玲子さんたちの方を向くと玲子さんの顔をまじまじと見つめた。

「なんだか玲子お姉さんがきれいに見える!」

「えーそう?」

「見えるって!な、獅子合お兄さん!」

「ん?あぁ、そうだな。」

獅子合もヒロトとアキラの言葉に同意した。玲子さんは照れくさそうにヒロトの頬をぐりぐりする。

「もーやめてよ、三人とも!」

俺は獅子合の顔が赤く染まっていることに気が付いた。ほかの人なら夕焼けと間違えるほどほんのりとした赤色だ。

(あとでからかってやろう)

 次の日、玲子さんは知人の葬式に出かけた。速水というやつと三人でサッカーをして遊んでいると、玄関のチャイムが鳴った。速水がでると玄関には慌てた様子の獅子合がいた。

「病院に行くぞ!玲子が銃で撃たれて怪我したそうだ!」

俺たちはすぐ獅子合の車に乗り込み玲子がいる病院へ向かった。

「玲子!大丈夫か!?」

「お姉さん!」

「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう。」

美紀さんから話を聞くと星散病のおかげで傷の治りは早いのだそう。だが、一日検査入院するそうだ。

「まったく…無茶しやがって……!」

「ごめんごめん」

「優香さん、彼女の血は!?」

「血に混ざって流れ出た星屑は全部回収してきたよ。もう残っていないはずだ。」

「そんな神経質にならなくても大丈夫だよ。」

「馬鹿!言ったはずだ!汚いことに使われるのは嫌だって!」

獅子合がすごい大声で叫ぶものだから二人が怖がってしまった。俺も少しだけびっくりした。

「大丈夫?痛くない?」

「大丈夫。安心して。」

二人はほっとした様子でこちらを見つめていた。

「速水、子供たちを別室に。優香もついていて。」

「了解。」

そうして俺たちは五人で別室に向かった。その途中優香さんから小瓶をもらった。中には血と星屑が入っている。

「これは?」

「玲子の血だ。そこに星屑が入っているのがわかるだろう?玲子はずっとこれと戦っているんだ。」

星散病だと言っていた。美紀さんが言うには体内に星屑がたまり、それがだんだん外に排出される。しかし、二十五歳になると体は星屑に変わりはじけて消えてしまう。もうここまで玲子さんの体内には星屑がたまっているのか。

「吐いた時の星屑の量も多くなっているはずだよ。なにせ、あと九か月だからね。」

俺は、死が近い玲子さんになにをしてあげられるだろう。自分を人間だと言ってくれたあの人に。

そして俺は今後の奇病を持つ人間に対してなにができるのだろう。

玲子さんは「大丈夫」と笑っていたけど、それが強がりなのは誰の目にも明らかだった。

あと九か月。

それが彼女に残された時間。

「……俺たちに、何ができるんだ?」

不意に呟いた俺の言葉に、みんなが黙る。

このまま何もできずに、玲子さんが消えていくのを見ているしかないのか?

そんなの、あまりにも無力すぎる。

「治療法を探す?」

ヒロトが言った。

「でも、星散病は今まで治った人はいないんだろ?」

「そうね……少なくとも、公式にはね」

美紀さんが腕を組んで考え込む。

「でも、治る可能性がゼロとは言い切れない。今まで誰も見つけられなかっただけかもしれない」

「治療法がないなら、せめて玲子が後悔しないようにしてやりたい」

優香さんが静かに言った。

「俺たちで何かできることがあるんじゃねえか?」

玲子さんが後悔しないように——

「……やりたいこと、全部やらせてやるとか?バケットリストみたいな?」

「バケットリスト?」

俺が聞き返すと、速水はスマホをいじりながら説明した。

「死ぬまでにやりたいことをリストアップして、それを全部やるんだよ。映画とかでよくあるだろ?」

「でも、それって……玲子さんが死ぬことを前提にしてるってことだよな」

俺は胸の奥が痛むのを感じながら言った。

「……コウタ、お前だってわかってるだろ?」

美紀さんが俺の肩を叩く。

「星散病の人間が二十五歳を超えたことはない。奇跡でも起こらない限り、玲子は——」

「わかってるよ!!」

俺は思わず叫んでしまった。

病院のロビーに俺の声が響き、周りの人たちがこちらを見る。

「……わかってるけど、認めたくねえんだよ」

俺は悔しさに拳を握りしめた。

「それでも、玲子さんは生きてるんだ。残された時間が少ないからって、もう終わりみたいに扱うのは嫌だ。俺たちにできることは、玲子さんに『生きててよかった』って思ってもらうことなんじゃないか?」

みんな、俺の言葉を黙って聞いていた。

「……なるほどね」

優香さんが小さく笑う。

「じゃあ、やることは決まりね」

「まずは、玲子さんに『やりたいこと』を聞いてみようぜ」

アキラが頷く。

「もし、玲子が、本当にやりたいことがあるのなら……私たちでなんとかして叶えてやろう」

優香さんも力強く言った。

玲子さんの命の期限は決まっている。

でも、その時間が「ただのカウントダウン」になるのか、「輝く瞬間」になるのかは、俺たち次第だ。

「よし……やるか!」

俺たちは、玲子さんのやりたいことを叶えるために動き出すことにした。

 その後、俺たちは玲子さんにいろいろなことをした。花を送ったり、いつもより手伝いを多くしたり、一緒にいられるように学校から早く帰ったり。俺たちにとって玲子さんや孤児院の先生は、俺たちに居場所を与えてくれた唯一の人でもある。だからこそ、俺たちは玲子さんのために何かしたかった。何もできない無力さを埋めるように、ただ必死に。

そんなある日のことだった。夕飯の準備を終えても玲子さんの姿が見えない。呼んでも返事がない。胸騒ぎがして探し回ると、風呂場の前で異様な静けさを感じた。扉越しに微かに聞こえる、何かを堪えるような息遣い。俺は、嫌な予感に突き動かされるように、ゆっくりと扉を叩いた。

「玲子さん?」

返事はない。けれど、内側から微かにすすり泣く声が聞こえた。

「玲子さん、大丈夫か?」

少し強めに扉を叩いた。その瞬間、中から微かなうめき声と、何かを吐く音が聞こえた。

「玲子さん!」

俺は咄嗟に扉を開けた。そして、目に飛び込んできた光景に息をのんだ。玲子さんは、浴室の床に崩れるように座り込み、震える手で口元を押さえていた。指の隙間から、きらきらと光るものが零れ落ちている。星屑——まるで夜空からこぼれたような、美しくも儚い光の粒が、タイルの上に散らばっていた。

「ごめん、心配かけて。」

玲子さんはかすれた声でそう言い、作り笑いを浮かべた。だが、その奥には隠しきれない苦痛が滲んでいた。その笑顔が、俺の胸に鋭い棘のように刺さる。

「……なんだよ、それ。」

胸の奥が熱くなる。抑えろ。ここで怒っても意味がない。玲子さんはもう、自分の死を受け入れている。それはわかっている。それでも、俺は言わなければならなかった。

「こんなところで、無理に笑顔を作ったって意味ないだろ。」

「でも、コウタ——」

玲子さんは何かを言いかけて、喉の奥に言葉を飲み込んだ。

「俺たちだって、お前の本当の笑顔を見たいんだよ。」

俺は泣きそうになりながら、それでも必死に言葉を絞り出した。玲子さんの苦しみを全部理解することなんてできないかもしれない。でも、それでも伝えたかった。俺たちにとって、玲子さんの存在がどれほど大きいのかを。

「ありがとう……少しだけ、頑張ってみる。」

玲子さんは微かに目を細めた。作り笑いではない、本当に微かな、けれど確かにそこにある笑顔だった。

「別に頑張らなくてもいい。無理する必要なんてないからな。」

玲子さんの命は、もう長くないかもしれない。俺はそれをどうしようもない現実として受け入れなければならない。だけど、俺は——。

いや、玲子さんは無理でも、他の患者だったら助けられるかもしれない。俺たちにはまだ、やれることがある。玲子さんがくれたこの居場所で、俺たちはきっと、何かを変えられるはずだ。

 その夜、玲子さんが眠った後、俺たちは勉強部屋に集まり、今日の出来事について話し合った。

「そっか……玲子さん、本当にいなくなっちゃうんだね。」

ヒロトが静かに呟く。その声には、悲しみを押し殺そうとするような響きがあった。

「嫌だよヒロト!俺、もっと玲子さんと一緒にいたい!」

アキラは目に涙を溜めながら、拳を握りしめて駄々をこね始める。玲子さんのことを思うと、どうしても感情が抑えられないのだろう。そんなアキラとは対照的に、ヒロトは落ち着いた表情をしていた。

「俺だって玲子さんがいなくなるのは嫌だ。でも、玲子さんはもう死を受け入れてる。それならせめて、玲子さんが天国で喜んでくれるようにするべきだろう?」

ヒロトの言葉は冷静だった。でも、その声には優しさが滲んでいた。

「そう思って二人を呼んだんだよ。玲子さんになにかできずとも、同じように苦しむ人たちに何かできることはあるだろうしな。」

俺は静かにそう告げた。

「そういうことなら、僕は喜んで協力するよ。」

ヒロトが微笑みながら言う。

「お、俺も!」

アキラも涙を拭いながら、力強く頷いた。

俺は二人の顔を見渡しながら、心の奥からこみ上げる感謝の気持ちを噛みしめた。

「ありがとうな、二人とも。」

俺たちはまだ何をすべきかわからない。それでも、玲子さんがくれたこの時間を無駄にはしない。俺たちにできることを探していく。それが、玲子さんへの恩返しになると信じて——。

 それから八カ月の時が経った。俺たちは新しい学校でサッカークラブに入り、昔のようにサッカーをしていた。玲子さんが「せめてクラブ活動には入っておいた方がいい」と言ってくれたからだ。それならと、俺たちは迷わずサッカークラブを選んだ。練習後の汗を拭いながら、俺たちは笑い合い、ほんの少しだけ過去の自分たちに戻れた気がしていた。

 クラブ活動の帰り道、玲子さんが迎えに来てくれた。彼女は買い物を済ませていて、大きな買い物袋を両手に抱えている。

「みんな、お疲れさま。今日はカレーよ」

玲子さんの穏やかな笑顔に、俺たちは自然と顔をほころばせた。そんなささやかな幸せを感じながら、俺たちは家路につく。

だが、その平穏は唐突に崩れ去った。

曲がり角を曲がった瞬間、左から猛スピードで車が突っ込んできた。

「うわぁっ!」

「コウタ、大丈夫!?」

尻もちをついた俺は、膝に走る鋭い痛みに顔をしかめた。血が滲んだが、それはすぐに結晶化し、皮膚を覆うように固まる。その瞬間だった。

「……奇病持ちだ!捕まえろ!!」

男たちの怒声が響いた。

全身に冷たい恐怖が駆け巡る。視線を上げると、車に乗っていた数人の男たちがこちらを睨みつけていた。俺たちを狙っていたのか? それとも偶然なのか? 考える時間はなかった。

「みんな、今すぐ走って!!」

玲子さんの叫びと同時に、俺たちは一目散に走り出した。

息が切れるのも構わず、全速力で家へと駆け込む。そして玄関に飛び込むと、セキュリティシステムを作動させた。

「お姉さんも早く!」

シャッターが閉まりかけたその瞬間、外で鋭い銃声が響いた。

「……っ!」

「玲子さん!!」

駆け寄りたい衝動を必死に抑える。玲子さんの姿がまだ見えない。外では、男の声が響いていた。妙に冷静な口調だった。俺たちを最初から狙っていた――そう確信するには十分な雰囲気だった。

「早く、警察に連絡しなきゃ!」

ヒロトが家の電話へと駆け出す。その間も、俺たちは万が一奴らが侵入してきたときに備え、隠れる場所を探した。

しかし次の瞬間、驚くべきことが起こった。

玲子さんが、壁をよじ登って窓から家の中へ飛び込んできたのだ。

「お姉さん、大丈夫!?」

アキラが駆け寄る。玲子さんの顔色は青白いが、苦笑を浮かべている。

「え、えぇ、大丈夫。すぐに警察が来るから……」

だが、アキラが言いたいのはそこじゃない。玲子さんが撃たれるのは、これで二度目だった。

一度目は、誰かをかばって。二度目は、明確な殺意を向けられて。それなのに、なぜ彼女は気にしていないように振る舞えるんだ?

警察が来るまでの間、俺は玲子さんのそばを離れずにいることしかできなかった。

 警察が到着し、いろいろ事情を聴かれた後、俺たちは優香さんの事務所へ向かった。奴らは俺たちの家を知っているのであの家にはいられない。しばらくの間、あの家にはいないほうがいいだろうということで優香さんがビルの三階を俺たちが住めるように手配してくれたのだ。優香さんの事務所の扉をたたくと優香さんが快く出迎えてくれた。

「大丈夫だったかい?」

「えぇ、子供たちは何とか。私も腕をかすめただけ。」

銃撃をぎりぎりで避けたのか?なんにせよ、思ったより軽症でよかった。

「そうか。命があるだけ十分だよ。寒かったろう、中へお入り。」

「お邪魔します。」

中は必要な家具等が置かれていた。勉強道具や大事なものはある程度車に乗せて運んできた。部屋を見て回っていると獅子合が勢いよく扉を開けて入ってくる。

「お前たち、大丈夫か!?」

「獅子合お兄さん!」

獅子合は俺たちに怪我がないことを確かめると深いため息をついた。そして玲子さんに事情を聴き始める。途中、どこかへ電話をかけていたが二人が話していることは俺たちにはさっぱりわからなかった。しかし、玲子さんは戦う気だ。今日襲ってきたやつらを許すわけにはいかないと。そしてこれが玲子さんのやりたいことなのだと。

あぁ、この人はいつもそうだ。人を守るためにいつも命を投げ出す。俺は玲子さんのそういうところが大嫌いだった。いくら病気の影響で二十五歳の誕生日を迎えるまで死ぬことはないとしても、もっと平穏に暮らすことだってできたはずなのに。なんでこの人は誰かのヒーローであろうとするのだろう。誰かを助けたとしても、それがいつも自分に返ってくるとは限らない。

「人にやさしくすれば見返りがある」そう誰かに教わった気がする。そんなのはきれいごとで嘘っぱちだ。そんなことあるはずがない。あれはただの妄想だ。それならもっと自分のために行動して、自分のために生きてていいはずなのに。どうして、この人は……。

「これ以上傷ついてほしくない」そんなことを考えていたら、俺は玲子さんの裾をつかんでいた。本人は気づいていないようだが、少しでも俺はこの人の信念や思いに抵抗したかった。そんなことをしたって、この人は止まるわけがない。そうわかってはいるけれど、それでも……。

 最後の日が来るまで、俺たちは玲子さんと共に過ごした。玲子さんともっと長く一緒にいたい。そう思った俺たちは学校を休み、朝も昼も夜もずっと玲子さんのそばにいた。どんなに時間が過ぎても、それは足りないと感じていた。

玲子さんの誕生日の前日、深夜。俺たちは静まり返った寝室の中で目を覚ました。部屋の空気がいつもと違う気がして、妙な胸騒ぎがした。布団を抜け出し、辺りを見渡すが、玲子さんの姿がない。ヒロトもアキラも気づいたようで、三人で顔を見合わせる。

「玲子お姉さん……?」

俺たちは静かに部屋を出て、家の中を探した。そして、リビングの一角で灯る小さな明かりの下に、玲子さんの後ろ姿を見つけた。彼女は古びたアルバムを開き、一枚一枚、写真に指を滑らせるようにして眺めていた。思い出を辿るように、静かに微笑んでいる。

「玲子お姉さん。」

ヒロトが小さな声で呼ぶ。玲子さんは驚いたように顔を上げ、そして優しく微笑んだ。

「ん? どうしたの、みんな。もう寝る時間でしょ?」

玲子さんの声は穏やかだった。でも、その奥にあるかすかな寂しさを、俺たちは感じ取っていた。

「本当に……明日死んじゃうの?」

アキラが震える声で尋ねた。その言葉が夜の静寂に沈み込むように響く。玲子さんは少しの間、言葉を探すように沈黙し、それからゆっくりとうなずいた。

「……うん。」

アキラは顔を背けた。肩が震え、大粒の涙が頬を伝う。そして次の瞬間、ポロポロとこぼれ落ちた涙が宝石に変わっていった。ヒロトも拳を握りしめ、こらえきれずに肩を震わせている。俺もまた、何も言えずに立ち尽くしていた。

「そんな……そんなの嫌だよぉ……!」

アキラが声を上げて泣きじゃくった。玲子さんはそっとアルバムを閉じ、俺たちのもとへ歩み寄る。その動作はゆっくりで、少しぎこちなかった。

「皆、泣かないで。」

優しく微笑む玲子さん。でも、その顔を見れば見るほど、俺たちの涙は止まらなかった。

最後の日が来るまで、俺たちは玲子さんと共に過ごした。玲子さんともっと長く一緒にいたい。そう思った俺たちは学校を休み、朝も昼も夜もずっと玲子さんのそばにいた。どんなに時間が過ぎても、それは足りないと感じていた。

玲子さんの誕生日の前日、深夜。俺たちは静まり返った寝室の中で目を覚ました。部屋の空気がいつもと違う気がして、妙な胸騒ぎがした。布団を抜け出し、辺りを見渡すが、玲子さんの姿がない。ヒロトもアキラも気づいたようで、三人で顔を見合わせる。

「玲子お姉さん……?」

俺たちは静かに部屋を出て、家の中を探した。そして、リビングの一角で灯る小さな明かりの下に、玲子さんの後ろ姿を見つけた。彼女は古びたアルバムを開き、一枚一枚、写真に指を滑らせるようにして眺めていた。思い出を辿るように、静かに微笑んでいる。

「玲子お姉さん。」

ヒロトが小さな声で呼ぶ。玲子さんは驚いたように顔を上げ、そして優しく微笑んだ。

「ん? どうしたの、みんな。」

玲子さんの声は穏やかだった。でも、その奥にあるかすかな寂しさを、俺たちは感じ取っていた。

「本当に……明日死んじゃうの?」

アキラが震える声で尋ねた。その言葉が夜の静寂に沈み込むように響く。玲子さんは少しの間、言葉を探すように沈黙し、それからゆっくりとうなずいた。

「……うん。」

アキラは顔を背けた。肩が震え、大粒の涙が頬を伝う。そして次の瞬間、ポロポロとこぼれ落ちた涙が宝石に変わっていった。ヒロトも拳を握りしめ、こらえきれずに肩を震わせている。俺もまた、何も言えずに立ち尽くしていた。

「そんな……そんなの嫌だよぉ……!」

アキラが声を上げて泣きじゃくった。玲子さんはそっとアルバムを閉じ、俺たちのもとへ歩み寄る。その動作はゆっくりで、少しぎこちなかった。

「皆、泣かないで。」

優しく微笑む玲子さん。でも、その顔を見れば見るほど、俺たちの涙は止まらなかった。

「どうしてお姉さんが死ななきゃいけないの……! こんなに元気なのに……!」

アキラの叫びが胸に刺さる。玲子さんは、アキラの頬を撫でながら小さく笑った。俺は知っていた。玲子さんが隠れて星屑を吐いていることを。その量は日に日に増え、明らかに以前見た時とは違うほどだった。あんなに吐いておいて、体が元気であるわけがない。

「最後に、私の願いを聞いてもらってもいい?」

玲子さんがそっと言った。俺たちは必死にうなずく。玲子さんは、震える俺たちをそっと抱きしめた。

「あなたたちも、自分の人生を悔いのないように生きて。何をしてもいい。そのためのお金はちゃんと残すから。だから、好きなことをして、やりたいことをして。どんなに小さなことでもいいから、夢中になれるものを見つけて、それを大事にしなさい。いいわね?」

玲子さんの言葉に、俺たちは涙をこぼしながら大きくうなずいた。

「必ず、悔いなく生きなさい。いつでもあなたたちのことを愛しているから。」

玲子さんはそう言うと、俺たちをより強く抱きしめた。その温もりを感じるたび、涙が溢れて止まらなかった。

でも、俺は気づいていた。玲子さんの体が少し硬いことを。その肌の下に、星屑が溜まり、体を蝕んでいるのを。それでも玲子さんは、最後まで俺たちの前で笑おうとしてくれていた。玲子さんは戦いに行く。それが彼女の最後の時だ。

 朝、玲子さんは獅子合さんと出かけて行った。笑って、涙をこぼしながら「いってきます」と最後に残して。俺たちは見送るしかなった。

次の日、午前零時を回った頃。外の静寂を破るように、一台の車がビルの前に止まった。

俺たちは玄関に駆け寄る。ドアが開き、車から降りてきたのは獅子合だった。そして、その腕には大きく、美しい箱が抱えられていた。

「……玲子さん……?」

俺は震える声で呟いた。俺たちの前には優香さんがいて、優香さんも涙を流し

「早すぎるぞ、馬鹿……」

と、そうつぶやいていた。その瞬間、全てを理解した。あの箱の中にあるのは、玲子さんの遺体……いや、散ってしまった星屑。

獅子合は、玲子さんの全てを拾い集めてくれたのだ。

「……っ……!」

ヒロトとアキラもそれを理解し、声にならない嗚咽を漏らしながら泣き崩れた。俺は震える手で、星屑の入った箱を受け取る。

「……玲子……さん……。」

箱を思い切り抱きしめた瞬間、全てが崩れ落ちたような気がした。

死ぬことは知っていた。それなのに、まだ受け止めきれない。胸が苦しくて、息が詰まって、うまく呼吸ができているのかもわからない。こんな感情は初めてだった。大事な人がいなくなるというのは、こんなにも苦しいものなのか。

俺たちのヒーローは、夜空に散っていった。

 その夜、俺たち三人は話し合いのため、リビングに集まっていた。玲子さんの最後の願いを叶えるために。俺たちのやりたいことを見つけるために。

「僕ね、医者になろうと思うんだ。」

ヒロトがそう切り出した。

「僕はこれ以上奇病で苦しむ人を見たくない。もう、大事な人に苦しい顔をさせないために。僕は戦うよ。」

アキラはうなずいた。

「俺たち頭は良くないけれど、必死に勉強しようと思うんだ!」

ヒロトとアキラはすでにその覚悟を持っているようだった。しかし俺は迷っていた。人を救ったとしても、いずれ裏切られる可能性に俺はおびえていただけかもしれない。

「大丈夫だよ。お前は俺たちが守る。」

「今まで守られてばかりだったからな!今度は俺たちが守る番だ!」

ヒロトとアキラはそう言って笑ってくれた。

「だから、一緒に医者になろう。玲子さんのように苦しむ人が一人でも減るように。」

「あぁ……!」

それから、俺たちは必死に勉強した。目指すは上原さんのような奇病専門医だ。医学専攻の大学に入るため、それはもう必死に。俺たちは頭がよくないからそれなりに苦労したけれど、優香さんが塾にも通わせてくれたし、美紀さんが診療後に勉強を見てくれた。その結果、美紀さんと優香さんが行ったロンドンの大学に入学することになった。

 ロンドンに出発する日、春川組の人達や優香さん、美紀さんが見送ってくれた。

「頑張れよ、三人とも」

「はい!」

俺たちは寂しさで泣き叫ぶ春川組の人達を背に飛行機の搭乗口へ向かった。その時だった。獅子合が俺たちの前に立つ。

「なにか?」

「お前たちにこれを渡しておく。」

そう言って取り出したのは写真が入ったペンダントだった。

「これは……」

中に入っている写真は俺たちが遊園地に行った時の写真だ。

「お前たちにはいつでも玲子がついている。」

「ありがとうございます……獅子合さん。」

「いってこい。」

俺たちは決意を胸に飛行機に乗った。

 ロンドンに着くと、美紀さんの友人であるキャサリンさんが待っていた。

「ハロー!初めまして三人共!」

「はじめまして、キャサリンさん。」

美紀さんと同期である彼女だが見た目よりも若々しく見えた。

「美紀から話は聞いているよ!君たちもStar Life Instituteに入りたくて受験したんでしょう?」

「はい、そうです。」

「卒業生として、そして教授として歓迎するよ!君たちは優秀だと聞いたからね。医学を学んでいる間も研究所に足を運んでいいよ!」

彼女はそう言って明るく話してくれた。

Star Life Institute――それは美しい奇病について研究し、治療法を見つけるために活動する研究所。この学校は三年間医学の基礎をみっちり勉強してその後各々で専攻するものを選んでいく。その時に研究所から声がかかることもあるのだとか。その中でもこの研究所は美しい奇病と呼ばれた奇病について研究し、治療法やその人にあった生き方を見つけている。この研究室に入るためには医学の知識はもちろんのこと奇病についてもある程度知っておかねばならず、ただでさえ医学の勉強が大変なところにさらに積み重なるように勉強することが増えるため入るのが難しい。美紀さんはこの研究所で三年間研究し、日本に戻ってきてからあのクリニックを開いたのだとか。

「美紀と優香は元気にやっているかい?大学にいたころから妹がかわいいかわいいと言って自慢していたんだが。」

妹というのは玲子さんのことだろう。

「美紀さんも優香さんも元気ですよ。でも優香さんの妹、玲子さんは……」

「……すまない、嫌なことを聞いたね。」

「いえ。」

「もしかして、君たちがStar Life Instituteに入る理由は彼女の死と何か関係があるのかい?」

俺たちは顔を見合わせ、うなずいた。

「彼女は星散病を患っていました。俺たちは治療法を見つけたいのです。」

アキラが彼女にそう言う。彼女は少し考えた後、深くうなずいた。

「なるほど。確かに星散病の治療法は今のところはない。その病気がなぜあるかもわかっていないからね。」

そんな話をしていると空港の駐車場にある一台の車にたどりいた。

「さぁ、乗って。詳しい話は研究所でしよう。」

俺たちは彼女の車に乗り込むとロンドンの街並みを走った。ロンドンの大きな時計塔。賑やかな街並み。そのすべてが俺たちの心を震わせる。俺たちはここで生活をしていくのだと心が躍った。

「お昼は食べたかい?もしまだならカフェで何か買ってくるよ。」

「いいのですか?」

「もちろん!少し待っていてね。」

そういうと彼女は建物の前に車を止めておしゃれなカフェに入っていった。五分もしないうちに帰ってくる。

「お待たせ。コーヒーと、サンドイッチだよ。」

「ありがとうございます。」

俺たちはそれを受け取り、サンドイッチをほおばった。焼きたてのベーコンの香ばしい香りと野菜の甘さが口いっぱいに広がる。イギリスの食事はおいしくないと聞いていたがそんなのは嘘だ。

「ここのカフェはサンドイッチだけじゃなくてスコーンも美味いんだ。時間があるときに食べにいきな。」

「はい、このお店は通うと思います。」

口に詰め込んだものをコーヒーで流し込みながら過ぎ去っていく景色を見ていた。

 そして学校に到着すると、俺たちは車を降り、研究所へ案内された。

「さぁ、着いたよ、ここだ。」

中に入ると薬などの独特な香りがした。

「皆、集まって!」

「はーい!!!」

彼女が研究員たちを集める。集まった研究生たちは全部で四人。

「はじめまして、副教授のエリーです!わからないところがあったら聞いてね!」

「私は六年のオリビアといいます!よろしくね!」

「僕は五年のイーサン。よろしく。」

「同じく五年のジュリアン!よろしくな!」

全員白衣を羽織っていてかなりかっこよく、頼もしく見えた。

「ヒロトといいます。」

「アキラです。」

「コウタです。」

俺たちは先輩たちにお辞儀をし、握手を交わした。

「いやー。この研究所に日本人が入ってくるなんて思わなかったよ!」

「教授からいろいろ話は聞いているよ!君たちの病気のこともね!」

そうか、美紀さんがあらかじめキャサリンさんに俺たちのこと話していてくれたのか。

「この国では美しい奇病を持つ人を守る法律があるんだ。安心して過ごすといいよ。」

「この国はかなり進んでいるのですね……」

「当然さ!代々この研究所の教授と、学校の理事長が大統領と皇室に掛け合ってきたからね!法律ができてからというもの、この国では美しい奇病を持つ人を狙うことは少なくなったんだ!お金持ちが彼らを買ったりすればすぐにバレるから買うことはできないし、買い手がいなくなれば売るやつだって自然といなくなる!」

ジュリアンの熱弁に圧倒されてしまったが、この国は本当にいいところだなと思い知らされた。

「まぁ、先進国ではこういう法律ができはじめてきているからね。アジアの国々が遅いだけだよ。」

イーサンは少しあきれながらそう言った。確かに、今でも日本や中国、韓国ではこの法律はないし、俺のような狂獣病をもつ者達は軍隊に入れられることが多い。俺もきっとそのために親から薬を打たれていたと思う。軍隊に買ってもらえればそれなりにお金が入るということは春川組の人から聞かされていたのでそういう推論が出来上がった。

「はいはい、熱弁は後にしましょ。彼らはこの国に到着したばかりなんだから。イーサン、彼らを寮へ案内してあげて。」

「わかりました。」

俺たちはイーサンに連れられて学生寮へ向かった。

 学生寮の前に着くと寮夫が掃除をしていた。

「やぁ、もしかして新入生かい?」

「あぁ、日本から来たヒロト、アキラ、コウタだ。」

「寮夫のダニエルだ。この寮の管理を任されている。この寮はStar Life Instituteの者や美しい奇病をもつ者が住んでいる。」

普通の人と美しい奇病をもつ者達は寮が分かれているのかと疑問に思っているとイーサンが説明してくれた。

「法律ができたとはいえ、差別をする人はまだまだ多い。この寮はそんな人たちを守るために学校側が作ってくれたんだ。」

「そうなんですね」

そこは仕方がないだろう。人間はそういう生き物だ。

イーサンは俺たちを部屋まで案内してくれた。部屋には二階建てベッドが二つ置いてあり、中央にダイニングテーブルが置いてある。

「四人部屋だけど、今のところ君たちだけの部屋になっているから好きに使っていいよ。」

「ありがとうございます。」

「今日は疲れただろうから、ゆっくり休むといい。」

そう言ってイーサンは出ていった。疲れているのは確かだ。一刻も早く寝たい。

「まだ昼だけど、もう休んじまうか?」

「そうだな、俺も眠いし。コウタはどうする?」

「俺はもう少し勉強してる。」

医学の基礎はある程度叩き込んできたとはいえまだまだ荒削りな部分がある。それに医学が進んでいる国の学校の授業だ。日本人が理解できないところもあるだろう。授業に遅れることのないようにもう少し叩き込んでおかなくてはならなかった。ヒロトとアキラが先に寝ている中、俺は美紀さんがくれた医学書とノートを比べ合わせていた。

 夜中、一区切りついたのはいいが少しお腹がすいた。こんな夜中にどこかへ出かけることも出来ないし、せめて水分だけは摂っておこうと下へ降りる。キッチンではダニエルさんが料理の支度をしていた。

「おや、どうした」

彼がこちらに気づいたのか手を止めてくれた。

「すみません、水が欲しくて。」

「座っていなさい。持っていこう」

「ありがとうございます。」

椅子に座り、ラジカセから流れるジャズ風の音楽に耳を傾ける。日本ではあまり聞かないジャンルの音楽で新鮮だった。しばらく聞いているとダニエルさんが水と一緒に食事を持ってきてくれた。

「あまりものだがね。おにぎりを作ってみた。」

「あ、ありがとうございます。」

まさかロンドンに来て日本食が出てくるとは思わなかった。ひと口頬張ると中から出てきたのはツナマヨだった。正直お腹が減っていたから助かった。

「美味いか?」

俺は頬張りながら頷いた。ダニエルさんはキッチンでにこにこしながら料理の支度をしていた。美味しそうな匂いが漂ってくる。

「その昔、日本にいたことがあってね。そこで食べたおにぎりがとても美味しかったんだよ。あの時の具はなんだったか……確か梅干しといったかな。」

梅干し、日本では人気のおにぎりの具だ。

「初めて食べた時はとても酸っぱくてねぇ。でも美味しくて日本に行くたびに食べていたよ。」

彼は懐かしそうに語る。その姿はとても微笑ましかった。しかし、彼が急に咳き込み始める。

「大丈夫ですか」

「あぁ、大丈夫。歳のせいかなぁ」

咳き込んだと同時に口から出てきたものは花びらだった。

「これは……」

「花吐病だよ。歳をとると次第に花が体を蝕んでいく。死んだ体や遺灰を地中に埋めると永遠に枯れない大輪の花が咲くんだそうだ。」

美紀さんのカルテを見せて貰ったことがある。そこにも花吐病の症例があった。その人は遺灰となった後どこかに埋められ大輪の花を咲かせているそうだ。その場所は誰も知らない森の奥深くだと言っていた。

「薬のおかげでこうして生きられているがね。でももう時間の問題だよ」

確か日本ではまだ承認されていない薬だが、海外ではもう薬が使われている病だ。花が体を蝕むのを完全では無いが抑える効果がある。この薬もStar Life Instituteが作った薬だ。近いうちに日本でも承認して貰えるよう日本政府に申し出るだろうと美紀さんが言っていた。

「だから僕はこの寮の寮夫になったんだ。Star Life Instituteや奇病を持つ子達に希望があるということを示すためにね。そのためになら何でもするつもりだよ」

「ダニエルさん……」

「さぁ、もう夜も遅い。それを食べたらもう寝なさい」

俺はすぐにおにぎりを食べ終え部屋へ戻った。

 次の日、学園の入学式を終えた俺たちは初めての授業を受けるべく教室へ向かっていた。俺たちにも白衣が配られ、それに袖を通すとここでは俺たちは医師の卵なのだと感じさせられる。

「お、ヒロト、アキラ、コウタ。少しこっちへ来てくれ」

「なんでしょうか?」

教師に呼び止められ廊下の邪魔にならない所へ行く。教師はプリントを俺たちに手渡した。そのプリントには俺たち三人をStar Life Instituteに推薦すること、一年から研究に属させることが書かれていた。そして、サインの欄にはキャサリンさんの名前が書かれている。

「お前たちすごいな。キャサリン先生からの推薦状だなんて。あの人滅多に推薦なんかしないからな」

先生はそう笑っていた。そして今日の放課後から研究室へ行くように言うと去っていった。

「まじか」

「俺たちだけ特別扱いされてるとかじゃないよな?」

「だと思うけど……」

この会話を聞いていた生徒たちが俺たちを見て口々と噂話を始める。

「早く行こう」

俺はあの時のように二人の腕を引っ張って教室へ向かった。人々の噂話などこの二人には聞かせるべゃない。俺たちはなにも学生たちとなれ合うためではなく勉強と研究をしにこの国へ来た。友達など必要じゃない。

そう思っていたのに。

「よーし!今日は新入生歓迎会だー!!」

なんだこの状況は。授業が終わったあと俺たちはキャサリンさんに連れられパブへやってきていた。もちろん俺たち三兄弟は未成年のためお酒は飲めないがノンアルコールのカクテルが入ったグラスを片手に気付けば立ち尽くしていた。研究室の先輩たちは皆楽しそうにしている。

「なんでこんなことに……」

「まぁまぁいいじゃないか!せっかくだし楽しもうぜ!」

「そうだぞコウタ!もっと飲め飲め!」

ジュリアンはすでに出来上がっている。ビールの泡を鼻下につけて笑い転げていた。反対を見るとイーサンが静かに飲んでいた。

「ごめんね、ジュリアンはいつもこうなんだ。うるさいだろ。」

「……えぇ。」

肯定するしかない。お酒の場なんて行ったことがないからこういう場は慣れないだけかもしれないが間違いなくジュリアンは俺とは合わないだろう。

「でもね、あぁ見えて外科医の卵の中で一番優秀なんだよ。」

「そうなんですか。」

「あぁ、手元なんて狂わせたことがないし観察力も高いからね。」

「照れくさいこと言うなよイーサン!お前だって心理の授業いつも高得点のくせによぉ!」

なるほど、キャサリンさんが滅多に推薦を書かない理由と、研究所に人が少ない理由がわかった気がする。

「やぁ、楽しんでいるかい三人共。」

「えぇ、それなりには。」

キャサリンさんは俺たちに近づくとにこにこ笑ってこちらを見つめてきた。

「君たちがどうして奇病専門医を目指しているのか、改めてみんなと共有したくてこの会を開いたんだ。聞かせてくれるかい?」

「……もちろんです」

俺たちは今までのことをすべて話した。この病のせいで誘拐され拷問を受けたこと。そこに助けに来てくれた一人のヒーローのこと。そのヒーローとどのように過ごし、どのように散っていったかを。

全員俺たちの話を真剣に聞いていた。オリビアとジュリアンは泣いていた。

「うー……そんな過去があったなんて……!」

「いいお姉さんがいたんだなぁ!!」

反対にイーサンは冷静だ。

「きっと、彼女は君たちを守るために必死だったんだね。君たちも最後を迎える彼女のために最善の選択をしたと思っているよ。」

「ありがとうございます。」

エリーが俺たちを抱きしめてくる。

「そういう過去があるならなおさらこの研究所に入ってきてくれてよかったよ!奇病に対する差別、偏見の解決、そして星散病の原因解明と治療薬の開発は私たちの研究テーマだからね!」

「人身売買が横行している国もまだたくさんある。そういう人から守る活動も今後していきたいね。」

俺たちが入ったことにより研究はさらに進み、そして世界中に広がるかもしれない。俺たちはそんな期待を胸にこの学校生活を送ることになったのだった。

 次の日、授業が終わった後、俺たちはStar Life Instituteでそれぞれどのような研究をしていくのかを話し合うことになった。医学の道とは言ってもいろんな道がある。俺たちの夢のため、そして研究室の課題を解決するため、どのようにこの国での時間を過ごすか考えていた。

「俺はやっぱり、星散病の治療薬の開発かな。」

「ヒロトは絶対そう言うと思ったぜ。」

ヒロトはもうすでに決まっていたことのように話していた。玲子さんが生きていた時から治療法についてずっと考え、美紀さんと話し込んでいたのを聞いたことがある。

「ごめんな、二人とも。俺はこの研究に専念したい。」

「いいよ。それはお前の悲願だろ。」

ヒロトはありがとうとうなずいた。

「じゃあ、俺は心理的、社会的に奇病を持つ人たちの支援ができないか研究してみるよ。」

「それならオリビアが専攻しているから一緒についていったらいい。」

「ありがとうございます、ジュリアンさん。」

そして視線は一気に俺の方へ集まる。

「コウタはどうする?」

「俺は……お前らがやらないことで大事なものがあるからそれをやる。」

「え?」

俺は一冊の本を手に取った。

「俺たち三人で病院を開業するんだろ?それなら経営方法や入院患者の食事管理、看護師への指示方法。この辺をやっておく。」

「コウタ……!」

まぁ、俺は昔から二人の前に出て先導するのではなく、裏でサポートするタイプだったから、こういう役回りは都合がいい。

「ありがとう!!」

「頼りにしているよ!」

ヒロトとアキラは俺に飛びついてきた。

「ちょ、苦しいって。」

キャサリンさんたちは俺たちのことをほほえましく見守っていた。

 次の日から俺たちは授業と並行しそれぞれの研究をしていくことになった。ヒロトは改めて星散病の原因、メカニズムを徹底的に調べ上げていた。それによりわかったことをここにまとめておく。

・星散病は遺伝性の疾患であり、特定の遺伝子の突然変異によって引き起こされる。親から子供に遺伝することが確認されている。

・生まれたときから頬に星形のほくろがあり、これは星散病の初期症状として知られている。

・特定の遺伝子は、体内の細胞が異常なタンパク質を産生する原因となる。この異常なタンパク質が星屑の生成を引き起こす。

・二十五歳に近づくにつれ、体内の特定の細胞が異常なタンパク質を大量に産生し始める。このタンパク質は、体内で星屑と呼ばれる結晶状の物質を形成する。

・星屑は細胞内に蓄積し、細胞の機能を阻害する。これにより、全身に様々な症状が現れる。

・体内で作られた星屑は、体外に排出されるために嘔吐や出血を引き起こす。これにより、患者は次第に衰弱していく。

・最終的に、星屑が体内に大量に蓄積されると、二十五歳の誕生日を迎えると同時に体がすべて星屑に変わり、はじけ飛ぶ。この現象は「星散」と呼ばれる。

以上七点だ。これらをふまえヒロトは異常なタンパク質の産生を抑える薬と、体内から効率的に星屑を排出する方法の研究を進めることになった。

ヒロトはStar Life Instituteの研究室で、星散病の原因解明と治療法の研究に没頭していた。彼の机には、玲子姉さんの写真と共に、研究資料や実験ノートが広げられている。日々の実験やデータ収集を通じて、少しずつ星散病の謎を解き明かしていく。

「先生、この細胞サンプルを見てください。星散病患者の細胞内で特定のタンパク質が異常に増えていることがわかりました。」

ヒロトはキャサリンさんに最新の研究結果を見せながら説明した。キャサリンさんはデータを確認しながら頷く。

「素晴らしい発見よ、ヒロト。このタンパク質が病気の原因になっている可能性が高いわね。次はこのタンパク質を抑制する方法を見つけなければならないわ。」

ヒロトは研究室の仲間たちと協力し、新しい治療法の開発に向けてさらに研究を進めていった。

まずは、タンパク質の異常を抑える薬剤の探索から始めることにした。彼は文献を調査し、既存の薬剤がどのような効果を持つのかを調べるため、多くの時間を費やした。

「この薬剤は細胞内のタンパク質の産生を抑えることが期待できるかもしれません。」

ヒロトは仲間たちに説明しながら、新しい薬剤の試験を行う準備を進めていた。

実験は慎重に進められた。ヒロトは細胞培養の技術を駆使し、異常なタンパク質を持つ細胞に薬剤を投与してその効果を観察した。数日後、結果が出た。

「先生、このデータを見てください。薬剤を投与した細胞で、異常なタンパク質の産生が減少しています。」

ヒロトは興奮気味にキャサリンさんに結果を報告した。

その後ヒロトはキャサリンさんに許可を取り、動物実験の準備に取り掛かった。動物実験はより多くの変数を考慮しなければならないため、実験デザインに細心の注意を払った。彼は動物に薬剤を投与し、その後の健康状態や異常なタンパク質の変化を観察した。

「結果が出ました。動物でも薬剤の効果が確認できました。」

ヒロトは仲間たちと共にデータを解析しながら、次のステップへと進んだ。

次に、ヒロトは薬剤の副作用や長期的な影響についても研究を進めた。彼は文献を調査し、過去の研究と比較することで安全性を確認しようとした。

「副作用についても慎重に調査していますが、今のところ重大な問題は見つかっていません。」

ヒロトはキャサリンさんに報告した。

「よくやったな、ヒロト。次は臨床試験の準備を進めよう。」

キャサリンさんは励ましの言葉を送った。

ヒロトは臨床試験に向けて、被験者の選定や試験デザイン、倫理委員会への申請など、多くの手続きを進めていった。彼の努力は少しずつ実を結び、星散病の治療法が現実のものとなりつつあった。

 アキラは心理学と社会福祉学の授業を受けながら、病気に苦しむ人々を支援するための研究を進めていた。彼はオリビアと共に地域のカウンセリングセンターを訪れ、患者との対話を通じて、心理的支援の方法を学んでいた。

「アキラ、このセンターでは多くの患者が孤立感や不安を抱えているの。彼らが心を開ける場を作ることが大切よ。」

オリビアはアキラに助言しながら、カウンセリングの実践を見守っていた。

アキラは患者との対話を通じて、彼らが抱える悩みや不安を理解し、共感を示すことを心がけていた。彼は優しい口調で患者に話しかけ、彼らの心を少しずつ開いていった。

「今日はどうでしたか?」

アキラはカウンセリングを終えた後、オリビアに質問した。

「とても良かったわ。患者さんたちがあなたを信頼して心を開いてくれるのが分かったわよ。」

オリビアは微笑んで答えた。

アキラはその後、地元のNPOと協力し、病気を抱える人々とその家族を対象としたワークショップを開催することにした。彼はワークショップの参加者たちと交流しながら、彼らが抱える問題やニーズを詳しく聞き出した。

「病気を抱える人々が孤立しないように、コミュニティを作ることが大切です。家族や友人とのつながりを強めることで、支援の輪が広がります。」

アキラはワークショップの参加者たちに語りかけた。

参加者たちはアキラの言葉に耳を傾け、彼の支援プログラムに期待を寄せていた。アキラは彼らのフィードバックを基に、プログラムを改良し、より多くの人々が支援を受けられるように工夫した。

「皆さんの意見を反映させて、より良いプログラムを作り上げましょう。」

アキラは参加者たちと共に、前向きな気持ちで支援活動を進めていった。

アキラは心理学と社会福祉学の研究を通じて、病気に苦しむ人々の心の支えとなる方法を模索し続けた。彼は自分の経験を生かして、多くの人々に希望と安心感を提供することを目指していた。

 俺は病院経営と栄養学を学び、将来的に病院を開業するための研究を進めていた。医療の質を向上させるため、効率的な経営方法と栄養管理の重要性を学んでいた。

まずは、病院経営の基本を学ぶため、大学で経営学の授業に出席していた。教授は医療機関の運営に関する理論や実践を教えてくれた。

実際に病院でのインターンシップに参加し、病院の各部門を見学し、医療スタッフとのインタビューを通じて、現場の課題や改善点を把握していった。

「病院の運営には多くのプロセスが関わっているんだ。診療から事務処理、さらには患者のケアまで、全てが連携している必要がある。」

俺はメモを取りながら、病院の経営者から学んだことをまとめていった。

インターシップに参加しながら栄養学についても知識を深めていった。この国の栄養学は素晴らしい。日本にも取り入れられることがある。さらにいろんな国の栄養学の文献をあさり俺は幅広い知識を身に着けていった。

 この研究の中、一番支えてくれたのは研究所のメンバーたちもだが、ダニエルさんの支えが大きかっただろう。彼は自らも病気で苦しんでいるにもかかわらず、未来ある子供たちを支えるために全力で尽くしてくれた。彼の存在が、私たちが研究に専念できる大きな要因となった。

毎日のようにダニエルさんは寮で私たちを迎えてくれ、優しい笑顔と温かい料理を提供してくれた。私たちが遅くまで研究に没頭しているときも、ダニエルさんは決して文句を言わずに見守っていてくれた。

「頑張っている姿を見ると、私も勇気づけられるんだよ。」

ダニエルさんはいつもそう言って、私たちを励ましてくれた。

そのおかげで五年後、ヒロトはついに星散病の薬の開発に成功した。研究所の仲間たちやキャサリン教授、ダニエルさんも一緒に、私たちはいつものパブで盛大に祝った。ヒロトは感慨深げに語った。

「これで、星散病の患者が二十五歳を超えて生きられるようになるかもしれない。玲子姉さんに早く報告したいよ。」

その言葉に、私たちは全員頷いた。玲子さんの遺志を胸に、私たちはこの瞬間を迎えることができたのだ。

アキラはその間、日本で国を超えて活動するNPO団体を立ち上げた。奇病を抱える人々を守り、支えるための団体であり、その活動に多くの寄付金が集まっていた。アキラは誇りを持って語った。

「この団体は、奇病を抱える人々に希望と支援を提供するために存在するんだ。お姉さんのような苦しみを一人でも減らすために。」

本当に良かった。努力が実を結ぶとはこういうことなのだろう。そう考えていたとき、俺の電話が鳴った。

「やぁ、コウタ。話はキャサリンから聞いたよ。うちのクリニックを大きくして君たちの病院にするといい。」

電話の相手は、日本にいる美紀さんだった。

「それは……本当にいいのですか?」

俺は驚きと喜びを隠せなかった。

「もちろんさ。未来ある若者への投資だよ。」

美紀さんの声には温かみがあった。

この提案により、私たちは全員で夢をかなえた。玲子さんが死んでからもう十三年が経っていたが、私たちは彼女の遺志を継ぎ、病院を開業することができた。

「これからも、奇病を抱える人々に寄り添い、最善のケアを提供し続けていこう。」

俺たちは新たな決意を胸に、未来に向かって歩み続けた。

 そして卒業と日本に帰る日。

「皆さん、本当にお世話になりました。」

ヒロトは研究室のメンバーたちに深く頭を下げた。

「あなたたちの努力と情熱が素晴らしい成果を生み出したわ。これからもその道を進んでね。」

キャサリンさんは温かい言葉で三人を送り出した。

ダニエルさんもまた、心からの感謝を込めて三人に微笑んだ。

「未来に向かって頑張るんだよ。君たちならきっと素晴らしいことを成し遂げられる。」

三人はダニエルさんと研究所のメンバーたちと握手を交わし、最後の別れを惜しんだ。そして、日本への帰国の日がやってきた。

空港では多くの研究室の仲間たちが見送りに来てくれていた。キャサリン教授も、オリビアやイーサン、ジュリアンと一緒に彼らを見送っていた。

「またどこかで会おうな!」

ジュリアンは涙をこらえながら手を振った。

「もちろん、いつでも帰ってきてね。」

オリビアは優しく微笑んだ。

「玲子さんにいい報告ができるみたいでよかったよ。今度は僕が日本へ遊びに行くからね。」

イーサンは笑顔で俺たちの頭をなでてくれた。

三人は感謝の気持ちを胸に、飛行機に乗り込んだ。機内では、これまでの努力と成果が頭を巡り、感慨深い気持ちになった。

「やっとここまで来たんだな。」

ヒロトは窓の外を眺めながらつぶやいた。

「玲子姉さんもきっと喜んでくれてる。」

アキラは頷いた。

「日本でも頑張ろう。これからが本当の始まりだ。」

俺は力強く言った。飛行機は静かに日本へと向かい、彼らの新たな旅立ちを祝福するかのように、青い空の中を進んでいった。

 日本に到着した三人は、美紀さんのクリニックへと向かった。そこでは美紀さんと優香さんが出迎えてくれた。

「おかえり、三人とも。」

美紀さんは温かく迎え入れてくれた。

三人は新たな決意を胸に、日本での新たなスタートを切った。彼らの夢は、ここからさらに大きく広がっていくのだ。

 そして二年後、ヒロトが開発した薬はついに国の審査を通り、星散病の治療が可能となった。これは私たちにとって大きな勝利であり、新たな希望の光となった。

その時にはもう、私たちは奇病専門医「星宮クリニック」を開業していた。ヒロトが院長を務め、アキラはNPO団体を運営しながら入院患者の心のケアを担当し、俺は看護師長と栄養士として二人を支え、看護師たちへの指示を行っていた。毎日が忙しい日々だったが、その分充実感に満ちていた。

そんな中、ある日五人の患者が俺の目に留まった。まだ高校生くらいの女の子たちで、それぞれが奇病を抱えていた。中には俺と同じ狂獣病の患者もいた。彼女たちは差別や偏見、虐待に苦しんでおり、俺はなぜか彼女たちから目を離すことができなかった。

「君たち、大丈夫か?」

「はい……」

彼女たちが傷だらけでやってきたとき、俺はあのヒーローのように声をかけた。彼女たちは怯えたように答えたが、その目には強い意思が宿っていた。

彼女達が入院生活を送る中、俺は彼女たちの話を聞きながら、かつての自分やヒーローのことを思い出していた。ヒーローは俺たちを守り、導いてくれたヒーローだった。今度は俺が、彼女たちを守る番だと感じた。

幸いにも、俺の病は戦闘に特化しており、彼女たちを守るには十分な力がある。Star Life Instituteで身につけた知識も活かせるだろう。俺は彼女たちを支え、勇気づけるために決意を固めた。

ある日、俺は彼女たちが音楽を演奏しているのを見かけた。彼女たちは自分たちの思いを音楽に込めて、奏でていた。俺はその美しいメロディに心を打たれ、彼女たちに声をかけた。

「なぁ、君たち。その音楽を世界に広めてみないか?」

俺の言葉に、彼女たちは驚いた顔をしていたが、次第に希望の光が宿るような目をして、頷いてくれた。

それは新たな始まりの予感だった。俺たちは共に歩み、彼女たちの夢をサポートするために力を尽くすことを誓った。こうして、新たな物語が始まるのだった。


この後の物語は「バンド編」へと続く。彼女たちがどのように音楽を通じて世界に発信していくのか、そして奇病を抱える人々に希望と勇気を与える存在となるのか。その旅路が描かれていくだろう。

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