「う……」
目が覚めて一番に目の前にあったのは、俺を覗き込むレベッカの顔だった。
「わ!な、なんだよ……レベッカか」
「目覚めたか……良かった」
レベッカは胸に手を当てて息を吐く。心做しか鼻が赤い。随分心配をかけたようだ……。
俺が寝ていたのは自分の部屋のベッドで、周囲には幼なじみ3人が揃っていた。
みんなで俺を運んで来てくれたのかもしれない。
「なにが起きたんだ?」
「それはこっちのセリフだ」
俺が質問すると布団の上から俺の身体を抑えるくらいにレベッカが詰め寄る。
「なぜ急に倒れた? 体調が悪かったのか? どこか痛むのか? 何か前兆はあったか? 心当たりがあれば教えてくれないか?」
「お、おいそこら辺にしておけよ。マークも困ってる……」
いつもならばぐいぐい来る方のフレイが引くほどの剣幕でレベッカが質問を浴びせかけてくる。
「だ、だが……」
フレイに制されたレベッカは困ったような顔をして視線を下げる。
「俺にもわかんねぇよ。ただ、何かが俺の中に……」
「中っ!?」
俺の言葉の途中でレベッカが声を上げる。
「おう……っておわっ!」
いきなりレベッカが俺の服を掴んでくる。
「ここか! この中か!」
「や、やめろよ! 落ち着け!」
興奮した様子のレベッカを押さえて退ける。
「す、すまない……だが何か手がかりがあればと思って……」
「気持ちはありがたいが今は痛くもなんともない。服を脱いだところでなにも……」
そう言いながら服をあえてはだけてみると、見慣れないアザがあることに気づいた。
「どうした?」
「い、いや……はは、なんかちょっとぶつけたかもしれないな」
レベッカは俺の視線の先にあるアザに気づいたようで、無言で俺の服を荒く捲りそのアザをまじまじと見つめる。
「……これは!」
驚いたような顔をしてレベッカが目を見開く。
「な、なにか知ってるのか……?」
「アザになっちゃってるっ……!」
そんなことはわかってんだよこっちは……。
「レベッカは過保護でいけないねェ」
そう言ってトォルが笑う。
「う、うるさいっ! 万が一化膿でもしたらどうするんだ!」
そう言ってレベッカは、氷を取りに行くと言い残し急いで部屋を出ていった。
「一番静かなようで一番うるさいのよねぇあいつ」
フレイが苦笑する。
しばらくしてレベッカが氷を持って帰ってくる。
「おまたせマーク……少ししかなかったんだけど、いいかな?」
「全然……って全然少しじゃねぇし!」
レベッカの持つ洗面器には、こんもりと氷が盛られていた。
「ほら、冷たいよ?」
そう言いながら俺のアザに直に氷の塊を擦り付けてくる。
「つっ冷たいから! わかってるならいきなりあてるなよ! ばかなのか!?」
俺が怒鳴るとレベッカはしゅんとしたように氷を下げる。
「せっかくレベッカが氷をつけてくれてるのに……」
周囲のみんなもため息をつく。
これ、俺が悪いの?
「……わかったよ、ありがとうレベッカ」
そう言って氷を手に取ると、冷たいのを我慢してアザに押し付ける。
「あ〜気持ちいい。よかったよかった」
わざとらしくそう言うと、レベッカの顔は見る見るうちに明るくなる。
「ふふ、そうだろう?」
レベッカは得意気に笑った。
「じゃあ、大丈夫そうなのか?」
「うん。大丈夫」
もう夜になっていたのでそろそろ皆は帰り支度をし始めた。
「あたしら帰るけどなんかあったらレベッカに言いなよ?」
フレイが当然のようにそう言う。
「は?」
「私は……泊まってくから」
少し恥ずかしそうにレベッカが言う。
「いや聞いてないし!」
「ひとりじゃまた倒れた時に大変だろ?だからあたしらで決めたんだ」
「俺は決めてないんだけど!?」
「マークに言ったってどうせすぐ却下するだろ?」
フレイには何を言っても無駄なようだ……。
「じゃ、じゃあトォル!お前男だしいいだろ?」
そこら辺でぼけっとしてるトォルに声をかける。
「え?うぅん……ぼくお腹空いたしなァ」
「飯ならやる! やるから!」
「……マークは、私と一緒じゃイヤなんだね」
必死でトォルに懇願している途中で、レベッカが涙ぐみながら呟く。
「あ、いや……その……」
「あ、泣かした〜」
「ひどいなマーク。ぼくもこれじゃあ一緒にいるわけにはいかないなァ」
「なんっでだよ!」
周りが嘘らしい非難を投げる中で、レベッカがちらりと俺の方を見る。
「……だめ?」
「……はぁ。そこまで言うならいいけどさ」
「よっし! じゃ解散! はい帰るよトォル!」
「う〜い」
俺の肯定を合図に、待ってましたとばかりに2人は手荷物をまとめ出す。
「んじゃ、仲良くね〜」
そう言ってすぐさまに部屋を出て、2人は本当に帰ってしまった。
「な……なんだよあいつら……」
俺が呟くと、レベッカがギシリと音を立ててベッドに腰掛けてくる。
「だ、大丈夫か?身体は……」
俺の身体を気にしているようだが……その顔つきはやけに艶っぽいものだった。
「もっとよく……見せてくれないか?その、さっきのアザみたいに何かあると困るし……」
そう言いながら俺の服を脱がせようとしてくる。
「お、おい……」
俺がそれを阻止しようとしたら、手を跳ね除けられた。
「ま、マーク……」
え、ちょ……何この子は……なんか様子がおかしくない?
「……わ、私は、お前のことが……」
ドオン!
……!?
いきなり轟音が鳴り響き家が震える。
体勢を崩したレベッカが俺に覆いかぶさってくる。
「ぐあっ……!」
「大丈夫かレベッカ!」
強い衝撃が家を揺らし続ける。
ベッドはがたがたと音を立て、周囲の家具も弦を弾いたように揺れている。
「な、なにが起こった……」
窓の方を見ると、夜なのにやけに明るかった。
昼間でも薄暗いはずの灰色の村が……橙色に光っていた。
「あ、あぁ……」
村が、燃えている。
どうでもいい日常が、少しだけ色づきそうな……そんな予感がしたのに。
ぱちぱちと焼けた木の弾ける音が、噎せ返るような黒煙が、汗の噴き出そうな熱気が、その全てが悪い夢でも見ているかのようだった。
唐突な出来事にまごついていた意識が強烈な恐怖とともに帰ってくる。
「に、逃げなきゃ!」
隣で呆然と燃える村を見ていたレベッカに呼びかける。
「え……なに?」
「ボケてんじゃねぇっ!行くぞ!」
未だに現実を飲み込めていないレベッカの手を引き家を出る。
既に家の周囲にまで火は燃え広がっていた。
俺の家も直に火に包まれるだろう。
「くそっ! 何があったんだよ!」
単なる火事であってくれ、と。そう思い続けていた。
村の誰かが火元の処理を怠って起こった、連鎖的な火災だと。
しかし、黒煙に霞む景色の中に揺らめく影は、それをあっさりと否定した。
「なんだよ……ありゃ……」
俺は今まで村を出たことがない。だからその影についても知っている訳はない。
だが一目見てわかった。
それこそが周囲の村々を滅ぼしてきた忌々しい邪悪なのだと。