目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

灰色の日常

誰かに誇れるものなんて、何一つなかった。

漠然と日常を過ごしてきて、いつかは何者かになるんじゃないかって思ってた。

でもそのための努力なんてしてないし、全部が終わってしまえばいい……村が魔法生物に襲われようともそれはそれで構わない、だなんて思ったこともあった。

でもそれはこの世界じゃいつでも起こり得ること。どこかの村や町が壊されてしまった噂は年に数回は耳にする。

その度に次はここかもしれないなんて思いもするけれど、何も持たない俺には抵抗する力も護るべき物もない。護られるだけだ。

助けられている分際で破滅願望を抱くこと自体烏滸がましいことだとはわかっている。しかし何も無いことが、本当に、心底嫌だった。



ジュダストロの辺境の村、マロン。

俺が生まれてからここを出られないのは単に成人していないからではない。

この世界には魔法生物という恐ろしい生物が存在している。

時折人里を襲いに来るが、そいつらに対抗出来る手段を持つ者は少ない。

特に俺のようなただの村人が何かを為せるはずもなく……周りの村が地図から消える度に次はこの村が餌食になるのではとただ震えることしかできない。

まだ15の俺だが、誰だって、俺より若いやつだろうともきっと皆同じことを思っている。

それほどまでに世界は厳しく残酷だ。

この町にいる限りはまだ安全に暮らすことはできるが、安全を確保するために陽の光すらも浴びることの出来る場所は限られている。

薄暗く、窮屈で、息苦しい。

それがこの、殻に覆われた村マロンなのだ。



今日もまた灰色の日常がやってくる。

大人たちは生気を失った顔で家から出ようとしないので、いつも村は静まり返っている。

学校があるので最低限の知識は得ているが、教師は年々やる気を失っている。

家族や親戚を失い後を追った者たちがどれだけいただろう。

教師も、生徒も、気がつけば半分くらいに減っていた。

だがこれが俺の日常。

町のどこにも同じ境遇の人間がいて、その誰もが経験している日常。

普通で平凡な毎日だ。



「マーク。いるか」

学校から帰ってきて家で過ごしていると、俺を呼ぶ声が聞こえる。

「レベッカか」

俺を呼んだ声は、幼なじみのレベッカのものだった。

待たせる訳にもいかないのですぐに迎えに行く。

「どうした一体」

「来たか」

レベッカはいつものボーイッシュな格好とは少しだけ違う華やかなスカートを履いていた。

「へぇ、レベッカもこういう服着るんだな」

「わ、悪ィかよ」

恥ずかしそうに目を逸らすが、その様子を含めて目に優しい。

「悪いとは言ってないだろ。……ていうか、俺は結構好きだぜ」

「……そ、そうかよ」

顔を赤くしているところ悪いが、この服を見せるために来たわけでもないだろう。

ひとまず要件をきかなくては。

「で、何か用があったんだろ?」

「あ、あぁ……。ちょっと、出ないか?」

レベッカは外を指してそう言う。しかしあまり家から出るのは……。

「どうしてもか?」

「どうしてもってほどじゃ……ないが」

煮え切らない言い方だ。何か言えないような事情があるのだろうか。

「……わかった。行こうか」

「礼を言う。さ、行こう」

レベッカに導かれるままに村に繰り出した。



「ここらへんだったか……」

レベッカはしばらく歩いたところにある空き地に俺を連れてきた。

「なになに?想像もつかないんだけど」

「それはだな……」

レベッカが言い終わらないうちに周囲から大きな音が響く。

「うわっ!」

直後に空き地にあった廃材の裏から数人の人影が飛び出して来た。

「ハッピーバースデー!」

レベッカを含めた3人の見知った顔が大きな声で叫ぶ。

……もしかして、俺にか?

「あれ、反応うすくねェ?」

のっぽのトォルが頭を掻きながら呟く。

「ちょっとちょっと、マークってば!」

騒がしいフレイが俺に絡みつくように押しかけてくる。

「ハッピーバースデーなんだよ。わかってる?」

質問されてようやく理解する。

どうやら俺は誕生日のことなんてすっかり忘れていたようだ。

「悪い、俺、誕生日か?」

「そうだよっ!ね、レベッカ?」

フレイは俺の質問に肯定したあとさらにレベッカにまで確認を入れる。

「……まちがいないはずだが?」

レベッカは少し得意そうにそういうが……。

「なぁ……明日だわ」

「……は?」

違和感があったわけだ。思い返してみても今日の日付と誕生日は明確に一日違う。

「だから、俺の誕生日。明日なんだって」

一瞬場に沈黙が訪れる

「かいさああぁぁぁぁあぁあん!」

フレイは大きな声で解散通告する。

「おいぃ!サプライズだったのに全部バレちまったじゃねぇか!」

「しょうがないじゃん忘れてたんだから」

「なぁにをぉ!?」

「みんなやめろよォ」

見かねたトォルが仲裁に入る。

この騒がしい連中は俺の幼なじみ。

こんな終わりかけた村でも楽しく過ごせているのはこいつらとの交流があるからかもしれない。

「何やってんだか」

俺が嘆息すると全員がそれを聞きつけてこちらを向く。

「主役はお前になるんだ。もう少し責任感を持ってくれないか」

レベッカが俺をじっと見つめてそう言う。

「いや知らねぇし!気づいたら勝手に祝われてるんじゃねぇか」

「サプライズだからな」

そう言ってレベッカは笑う。そこじゃねぇって言ってるのに。

「とりあえず……帰っていいのか?」

「ダメだよ」

ダメ元だったとはいえそうそう簡単にはいかなさそうだ。

「……結局俺を呼んで何するつもりなの?」

「薄情なやつだなぁ。もっと祝うんだよ!」

フレイが俺の肩を抱く。

素直に嬉しくはあるのだが……。間違えられてる時点でなんか複雑な気分だな。

「でももう俺も16ってことか。早いような遅いような……」

「この中じゃ1番年上だもんね。数ヶ月の差だから別に気にしないけどさァ」

「ぱっとしなくて悪いな。俺はどうにもそういうのには……」

話してる最中に何か妙な感じがした。

「どうした?」

「あれ……なんか、ぼやける」

「ぼやける?何が?」

俺の視界が狭まっていく。モヤがかるように視野が縮まっていき、立っていられなくなる。

「ちょ、ちょっと! マーク!? 一体何が……!」

レベッカは慌てたような声を上げる。

その声を遠くに聴きながら、朦朧とした意識に何かが浮かんでくる。

それは徐々に鮮明になって行き、俺の脳に流れ込んでくる。

「……なん……だ、これ……」

頭が痛い。割れるように痛い。

無理やり頭の中に大量のなにかを流し込まれているかのようだ。

「俺……は……」 

意識を保っていられず、俺はその場に倒れてしまった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?