翌朝目を覚まして居間へ行くと、ララはいつも通り俺より早く起きていて、朝ごはんの支度をしていた。
「おはよう、おにいちゃんっ!」
俺を見つけるなりララは笑顔で挨拶する。
昨日のことをすっかり振り切ったかのような、清々しい笑顔だ。
「おはよう、ララ」
俺もこいつに笑って返す。昨日のことは昨日までのことだ。こうして笑顔で朝を迎えられたなら、蒸し返すべきではない。
「今日は反省会ってことだよな」
「うん。あとね……」
ララが突然口ごもる。
「なんだよ」
「……かんしょうかい」
「なんだそりゃ」
鑑賞会……? 映画でも観んのかな。でもこいつなんか嫌がってるような気もするし……。
「なんかイヤそうじゃん」
とりあえずきいてみることにした。
「だってなが〜いもん」
ララは舌を出して苦しげな顔をする。
「はは、研修ビデオとかも長くて退屈だしなぁ。わかるよその気持ち」
「ほんとっ? ながいの、やだよね」
「メリアさんじゃ寝るのも許してくれなさそうだしな……」
恐らく寝たら坐禅体験の時のような強烈な喝が待っているに違いない……。
「ま、昨日はよく寝たし大丈夫だろ。飯食って行こうぜ〜」
「おーう!」
ララは快活に返事をした。
朝食と朝の支度を済ませてから転生管理局へと向かう。
「おはようございまーす」
「あらおはよう」
ロビーにいたメリアさんがにこりと挨拶を返す。
「早かったわね。今日は事後報告会だからあと二時間くらい余裕あるのよ」
ララをちらりと見る。
「……」
目を合わせようとしない……。
「ララ、またあなた……」
メリアさんが眉を顰めるのを見て、俺はすかさずフォローを入れる。
「ま、まぁまぁ!早く来た方が色々と得ですから!」
「それならいいけれど……」
ララがメリアさんに見えないように手を振る。
やれやれ……。
「じゃあ得になるようにあなたたちには掃除でもしてもらおうかしら」
「……ララ」
「……ごめんなさい」
大損だ。
「お疲れ様」
一通り掃除を終えた俺たちにメリアさんが労いの言葉をかける。
「結構大変ですね……俺たち以外に誰もいないのになんでこんなに広いんですか」
俺のぼやきを聞いたメリアさんは一瞬何かを思案したような顔をしたが、すぐに目を逸らす。
「……転生者が訪れて目にする場所だもの。雰囲気が大事でしょう?」
「それはそうですが……」
「さ、もうここまでにしましょ。残りの時間は好きに過ごしなさい」
そう言うとメリアさんは局長室の方へ行った。
「……はぁ。まったくよう、また時間違うじゃんか」
メリアさんが居なくなって開口一番ララに文句を言う。
「えへへ」
照れくさそうに笑うララは、まるで悪びれていない。
「いや褒めてねぇよ?」
「そうじしたらねむけさめたね!」
「それはまぁそうだが……」
結果論というやつだが一理ある……。
「でもちょっと疲れたし休憩室行こうぜ」
「こっちこっち」
ララの案内で職員用の休憩室へ向かった。
廊下を少し歩いた先にある休憩室は、薄暗い廊下とは対照的に温かい色合いのランプで室内が照らされていて、小さな室内用の噴水から聴こえる水音が心地よい印象を作っている。
「ふう……なんか落ち着く場所だな」
部屋の中にいくつかあったソファのひとつに腰掛ける。
「じごほうこくかい、こわいね」
「んー、確かにな。お前初っ端からヤバかったもん」
「えー!」
ララは頬に手を当てて驚く。
自覚ないのね。
「でもさぁ、今日はそういう反省会やるんでしょ?思ったより早く終わりそうだな」
「……おわら……ないよ」
ララは虚ろな目をしている。
「え?」
「かんしょうかいが……ながいの」
またそれか。しかし子どもの体感時間の長いはあてにならん。映画観て一瞬って子もいればすごく長く感じる子もいるしな。得に興味の無いことに対してはそれが顕著だ。
「ま、俺には問題ないことかね」
「ほんとなの〜!」
手をぶんぶんしながら主張するがまぁこの話題は平行線だろうから適当にあしらっておく。
しばらくはそんなふうに無駄話をしたり休憩室内にあった本を読んだりして過ごした。
そしていつの間にかもう始業の時間が差し迫っていた。
「あ、そろそろだ。行くぞ、ララ」
「わかった!」
2人で局長室へ向かった。
「メリアさん、そろそろですかね」
局長室にいるメリアさんに声をかける。
「入りなさい」
許可を得てから室内に入る。
「さ、そこにかけて」
示された通りに設置された席に座る。
3つの机が向かい合うようになった三角形の席は確かにこの少人数で会議をするのには効率的かもしれない。
「じゃあ今から事後報告会を始めるわね」
「お願いします!」
俺とララは揃って頭を下げる。
「今回の面談の流れは……ひどくはなかったわね」
その言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろす。
「たかしくんが最終的に納得して転生できたことは成功したと言えるわね」
「やったー!」
「ただ、ララ。あなたはもう少し自然体でいくべきだったわね」
「んぇ?」
「序盤のキャラ、ありゃ一体誰の真似なんだよ。いきなり喋り方が別人になってたからおどろいたぞ」
「あれは……いげんがほしくて」
「見た目がわかってしまっている以上はもうそれは通用しないぞ。大人ぶってるようにしか見えない。今後はあまり意識しないようにな」
「はぁい」
「あと、かなり感情的になっていた様だけど……?」
「あ、あれは……たかしくんがわるいです」
「そういった時にでも冷静に、それが女神としての務めです。いいですね」
「はい……」
「シエルくんはそんなララの様子を見てうまく立ち回っていたわね」
「ありがとうございます!」
「スキルから利点を見出してたかしくんのやる気を引き出したのは評価に値します」
「おにいちゃんばっかり!」
ララは拗ねたような言い方をするが、こいつのフォローから出たような成果なのでまぁ結果的にだがこいつのおかげでもある。
「ララ、お前がいなきゃこの評価は無かったんだぞ」
「そーなの?」
「うん」
「ならいいかなっ!」
あっさりしてらァ。
「ま、初めてにしては全体的に悪くはなかったわ
ね」
メリアさんは腕を組みながら頷いている。
「よし、じゃあ鑑賞会の方に移行するから」
「……あの、それってなんなんですか?」
「ララにきいていない?」
「きいたんですが、長いってことしか」
「長くないわよ」
やっぱりララの体感的なものだったか。
「数分後には終わってしまうわね」
「そんなに早いんですね!」
「えぇ。そうよ」
「でもこの部屋って映像観られるとこなんてありましたっけ?」
「私が直接転送するから安心して」
直接……?転送……?エトンを使うのかな?
「それじゃあ、行ってらっしゃい」
メリアさんがそう言うと、目の前がまっくらになった。
おそらく映像はここに出るのだろう。
でも、行ってらっしゃいっていうものか?
しかしそう思ったのも束の間、強烈な眠けが俺を襲う。
とても立っていられないような強く、蠱惑的な睡魔。
「あ、無理かも……」
ララに注意した手前情けなく眠る姿はみせられないと思ったが、抵抗も虚しく俺の意識は徐々に目の前の闇の中へと吸い込まれていった。