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か、かんぱぁい……?

転生面談を終えて帰路に着くところだったが、開始時刻も早いものだったのでまだ太陽は高い位置にあった。

しかし初めての緊張もあり、身体の疲労はもう夕方くらいまで動いているかのように感じられる。

「いや疲れた……知らん人と話すのって結構疲れるんだな。相手が知らんおっさんだったら尚更だったろうから高校生が相手でよかったぜ」

「あたしももうつかれちゃった。ごはんでもたべいく?」

そういえばここに来てから飲食店には行ってなかったな。

「いいねぇ!仕事も終えたことだしぱーっといきましょうか!」

テンションが上がったところで、ふとあることに気づく。

「あ、そういえば金持ってねぇや」

「おかね?」

ララが反応する。

「そう。ここじゃあなんていうのか知らんが……」

「ニーディだよ」

「ニーディってんだ。でもそれがなきゃなぁ」

「あるよ」

「いやいや、流石にララから奢ってもらうわけには……」

こんな子どもからの奢りは流石に大人気ないので拒否しようとすると、ララは俺を指さす。

「エトン、だして」

「え、エトン?」

言われるがままにエトンを出す。

「ニーディっていってみて」

「……?ニーディ」

俺がそう言うとエトンがぱらぱらと自動でページを開く。

そこにはニーディと書かれたページがあり、500ニーディと書かれていた。

「500ニーディって……なんかしょぼいな」

その数値がどれほど大きいものかわからないがなんかあんまり桁数が多くないので疑ってしまう。

「ジュース数本分くらい?」

ララにきくと、渋い顔をしながら首を振った。

「そんなんじゃないよ」

「どんなんだよ」

「こんなん!」

そう言ってララは手を大きく広げる。

「わからんけどもっと多いってことね。まぁとりあえずどっか行くか」

「うん!」

「なんか食いたいのある?俺わかんないから任せるわ」

「えーいいのー!?」

ララは目をキラキラさせている。……が、ニーディがどれほどの価値かわからん以上はあんまり高いのはやめてほしいところだ。

「じゃあホルパ!ぜったいホルパ!」

「んだそり……ホル……何度かきいたぞ。おそらく牛を意味する言葉……そんでこういう時に人にねだるもの……まさか!?」

導き出される結論は……。

「焼肉!焼肉だなそれ!」

「おにくやくの、あってるね」

「そりゃあ俺だって食いたい!みんなのあこがれ!でもなぁ、三桁のお金で食べられるほど安い食いもんじゃないだろー!」

残念だがそんな豪華な食事を奢ってやれるほどの金はない。初仕事だったしほんとなら食わせてやりたいんだが……。

「よゆーだよ」

「え?」

ララがあっさりと言う。

「なに、ほんと?」

「いってみればいいじゃん!」

「まぁ……そこまで言うなら……」

ララの押しが強いものだからひとまずそのホルパの店とやらに案内してもらうことにした。



しばらく歩くと角の生えた形をした屋根の飲食店が目に入ってくる。

「あー……これ! このにおい!!」

その店外まで匂ってくるのは焼肉屋特有の嗅ぐだけでヨダレが出て腹が減るあの香りだった。

この香りを嗅ぐともう"炭火で焼肉が食べたい!"に頭が支配されてしまう危険な香りだ。

こんな香りを嗅がせておいてニーディが足りなかったらうらむぞ……。

「ここ、メニュー」

ララがとてとてと看板の方へと近づく。そこには食べ放題で焼肉を食べられるプランが並んでいた。

霜降りの美しいホル肉が部位ごとに所狭しと並べられている。食欲をそそるメニューだが、肝心の値段は……ひとり30ニーディ!

「ほら高……は?」

30?

「えっと……マジ?」

「そういってるでしょ!」

500ニーディって……大金じゃねぇか!

「な、なんでこんな大金がエトンに入ってんだよ!」

「きょうのおしごとのほうしゅうきんなんだって」

答えとしては間違っていないが焼肉十数回いけるなんて日給としては高すぎる。

「なんか間違ってるんじゃ……」

間違って振り込まれた大金を勝手に使って怒られたやつがいたじゃないか。これを使うのはまずいのでは……。

「だいじょぶだよ」

「なにがだよっ!」

「まちがってないもん」

「だって……焼肉なんて目じゃないくらいの額だぜ?」

「だってだってあたしたちちょくめいはたしたんだもん」

ララが言った言葉を聞いてはっとする。

「そ、そうか……! あの仕事は大天使の勅命!

要するに公務員みたいなことなのか!」

「よくわかんないけどそうだよ」

「じゃあ安心だ! よし! 今度こそぱーっと行こうぜ!」

俺はララを抱え上げてホルパのお店へ飛び込む。

「いらっしゃいませー!」

ドアを開けてすぐのところにいた黒いバンダナをつけた店員が挨拶してくる。

「ふたりで!」

「お連れ様はお子様ですね」

「おこさまじゃないよ」

ララが頬を膨らませる。

「いやまて……ちなみにお子様だと安くなったり?」

「お子様は無料です」

「超お子様でーす!」

「あー!」

俺の言葉を聞いてララが驚愕する。

……すまん、お前の面子より真実を優先させた方が明らかにトクなんだ……。

「ではこちらにどうぞ。御新規2名様でーす!」

店員が俺たちを席に案内する。

「楽しみだなぁララ」

「うらぎりもの……」

「はは……」

まだ引きずってるみたいだが気にすることはない……。

「よし、じゃあとりあえずこれとこれと……」

メニューにある肉たちをたくさん注文する。

ホル肉の表記だがこいつは間違いなく牛肉とほぼ相違ない。

トッサ肉やらルゥ肉やら書いてあるがこれもまぁおそらく鶏肉やラム肉だろうな。

あ、でも知らん肉もある。ちょっと怖いが焼肉屋にある以上は食えるものだろう。

これも入れておくか……。

「こんなもんですね」

「それじゃあお待ちください」

店員が厨房へと消えていく。

「微妙な時間だけど食えそうか?」

実際今はまだ午後3時くらいなのだ。

昼飯は食べてないにしても早めの夕食となると少し身体に良くないかもしれない!

「なめてもらってはこまるよ!」

問題無さそうだ。

「お待たせしましたぁ」

「お、はやいな」

数皿の肉を持って店員がやってくる。

「ごゆっくりどうぞ」

「よーし!焼くぞ!」

店員が去るのも待たずに俺は肉を焼き始める。

その様子を見て笑いながら店員は戻っていく。

「ん、いいにおい……!」

肉が焼ける前に次々と注文した別の肉や飲み物も届く。

「これぞ食べ放題!たまらんなーっ!」

まっさかこんなに割の良い仕事だったとは!

笑いが止まりませんなぁ〜!

「よーしララ!今日はおつかれ!ジュースもったか?いくぞ!」

「え、え?」

戸惑うララのコップに俺のコップをぶつける。

「かんぱーいっ!」

「か、かんぱぁい……?」

流石にこの年齢じゃ乾杯なんてしたことなかったろう。ララはよくわからずにその乾杯を一応受け入れる。

あ、俺もまだ未成年なんでジュースですこれ。

「これはな、特別ないただきますだ。お祝いとかおつかれさまって時にやるやつな」

「そうなんだ!」

それを聞いてララは嬉しそうにコップを見つめる。

「もっかいやる?」

「うん!」

俺たちは再びコップをぶつける。

「かんぱーいっ!」

「よし食え! 心ゆくまで!」

その音頭とともにララの皿に肉を持っていく。

「がおーっ!」

そしてララはそれをすごい勢いで平らげていく。

「うおォン」

「いいぞララ!今のお前はまるで天使火力発電所だ……!」

「どーいういみ?」

「……俺もよくわからん」

こいつの食べっぷりを見ているだけでも楽しいがここは食べ放題。俺も食べさせてもらうとしよう。

「よし、次は俺のターン!」

数種類焼いてあった肉を皿にとっていく。

定番のホル肉。こいつは間違いなく美味そうだ。

サシの美しい生肉を炙ると、きめ細やかな網目が肉汁の滴るこんがりとした焼き目へと変わっていく。

焦がしすぎないように見極めながら最高のタイミングで火から上げる。

「上手に焼けたぜ!」

たっぷりのタレにつけてそいつを米とともに頬張る。

口内に広がるジューシーな肉汁とタレの旨み、そして鼻から抜けていく炭火の香りがたまらない。

「う、うますぎる……!」

まさかこんな場所で焼肉を食べることができるなんて……!しかも金の心配をすることもないのだ。

なんか今更ながらにそれを実感して感動してきた。

「次だ……!」

さっぱりしたトッサ肉、柔らかく香りの良いルゥ肉ももちろんいただく。言うまでもなく美味しいからここはまぁ良しとして……あとはこのよくわからん肉だ。

「なぁ、この肉はなんだ?」

一応ララに聞いておく。

「ロン肉?」

「そうこれ」

「ドラゴンだよ」

「はは、そしたら面白いな。で?何の肉?」

「ドラゴンだよ」

ララはそうとしか言わない。

ほんとにドラゴンなの?

「ドラゴンってあの……え、いるの?」

「うん」

「俺の世界だと物語の中にしか出てこないんだけど」

「たべてみれば?」

一理ある。どっかの誰かも迷ったら食ってみろとか言ってたし……。

「じゃあ……食べてみるか」

多分シッポかなんかだと思うけど大きい塊のお肉を網に乗せる。

大きい割にしっかりと火は通る。向きを変えながらなるべく中心にも火が通り切るようにじっくりと焼き上げる。

「こんなもんかな」

いい具合に焼けた肉を引き上げる。

見た目はドラゴンなんて言われてもわからない。

ただめちゃくちゃ美味そうではある。

「ドラゴンの姿を見る前に肉を食うことになるとはなぁ」

未だに蒸気の立つ肉を1口大に切り分けタレに沈めると、じゅわりという気持ちの良い音が響く。

それをそのまま口に放り込む。

「あっ熱……」

タレを含んで尚も熱いその肉の内からは、噛み締める毎に更なる肉汁が溢れ出す。

鶏肉のように引き締まった肉身と牛肉の脂身のような柔らかくとろける部位が混在していて非常に美味だ。

「これがドラゴンの肉……! いいとこどりみてェな美味さだなちくしょうめ!」

「なんでおこってるの」

「怒ってないけど! テンションは上がってる!」

ドラゴン食いまくりてぇー! ドラゴンバスターになろっかなぁ。

「ふふふ」

その様子を見てかララが笑う。

「なんだよ」

「おにいちゃん、うれしそうだから」

「今更かぁ? もう店来た時から大喜びだよ俺ァ!」

「ふふふふ」

ララも実に楽しそうだ。やはり肉は人を幸せにする……!

その後もふたりで思う存分焼肉を楽しんだ。



「いやぁ食った! 実に食った!」

「ふぐふぅ……」

ふたりしてぱんぱんに膨らんだ腹を抱えながら店を出た。

「焼肉は偉大だな……本当に。もう毎日食ってもいい」

「だめだよ」

「すみません……」

身体に悪いもんな……。

「でもおいしかった!ひさびさにたべたよ」

ララは満足気に笑う。

「お前ひとりで行ったら無料なんの?」

「……おいかえされました」

……既に試してたんだ。

「これからは好きな時に行こうぜ! なにしろ金はある!」

「それもだめだよ」

「すみません……」

お金は大事だもんな……。

「でもさぁ、これお金貯めてなんか買う予定とかあんの?」

「あるよ」

ララが即答する。

「お、何?」

興味があるので一応きいてみる。

「おかあさんをかえしてもらうの」

「…………え?」

「がんばらないと」

ララは走り出してしまった。

「お、おい!どういうことだよ!」

それを追いかけて俺も走るが、腹が重たくて思うように走れない。

「うぐ……く、苦しい……」

ララも相当食ってたはずなのに全然追いつけない。これが若さか……。

「待ってララさーん!まいったからー!」

呼びかけても止まってくれないので仕方ないので諦めて自分のペースで歩くことにした。

「ふぅ……食べ放題の辛いとこね、これ……」

もうララはすっかり見えなくなってしまっていた。

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