部屋を出てメリアさんのアトリエヘ行く。
「なにここ……」
周囲の魔法素材に目を奪われる気持ちはわかるが、今は大人しく待たなければならない。
「しっ……」
たかしに沈黙を促したところで、コツコツとヒールの音が近づいてくる。
「たかしくんね……」
軋む音を立てながらアトリエの扉が開かれる。
「うおっ……」
メリアさんを見て声を上げたたかしは何度かララとメリアさんを見比べる。……わかるぞぉその気持ちは……。
「……なんですか」
ララがじっとりとした目でたかしを見る。
「い、いや特に……」
「ふふ、緊張しなくていいのよ」
メリアさんが髪をかきあげながらたかしに近づく。
「転生する覚悟が決まったのよね……?カッコイイ」
耳許で囁くようにそう言うと、たかしの顔がりんごのように真っ赤になる。
「い、いえいえいえ!そんな!当然のことといいますか……!」
「謙遜しないでいいのよ。ふふ。それであなたは報奨に何を望むのかしら?」
「え、なんかもらえるんですか?」
「……ララ」
メリアさんがじろりとララを見る。
「あ……いってなかった?」
「そ、そうだよ。なんのために戦うんだよ俺は」
「……まぁ今説明すれば良いわ。もしあなたが使命を果たせたら、なんでも願いを叶えてあげる」
「な……なんでも?」
「基本的にはね。あなたの世界でのことだけれど」
「……す、すげぇ!」
一瞬の硬直の後、その偉大さを思い知ったのかたかしは飛び上がる。
「じゃあ! 億万長者になったりそこらへんのやつら全員服従させられたりできんの!?」
「……あなたはそんな邪悪な心の持ち主なんですか?」
メリアさんが溜息を吐きながらたかしに冷たい目線を送る。
「あ、いや……例えというか、ね」
必死で便名するがその様子は見苦しいものだった。俺も軽蔑の視線をひとつ送る。
……普通のやつだと思っていたのに……。
あ、いや普通故の安直な欲望なのか?
「きも〜い」
ララはたかしを指さして呟く。
「シンプルだけどその罵倒はかなり効くだろうな……」
案の定たかしは膝を抱えてうずくまってしまう。
流石に少し可哀想だったので助け舟を出してやる。
「たかし。気持ちはわかるよ。俺もお前と同じだからさ」
「え?」
たかしが顔を上げて不思議そうに俺を見る。
「逆にさぁ、あっちで異世界転生モノみたいな能力使えたらカッコよくね?」
それを聞いた瞬間たかしが立ち上がる。
「それだっ!」
「ノーマライゼーションをあちらでも使えるようにするのかしら?」
「いやいやお姉さん! 流石にそれは地味すぎるので……なんかこう魔法みたいなのが使えればいいんですよ! なんでもって言いましたよね!?」
調子に乗ったたかしはメリアさんに詰め寄る。
「……不可能ではないけれど、そっちの世界には魔素が無いのよ。だから原理的には不可能に近いわ」
「どういうことだよ! なんでもって言ったじゃんか!」
たかしはしつこく食い下がる。
「興奮しないで。簡単に説明してあげるわね」
まるで子どもの相手をするようにそれをいなしながらメリアさんは説明を始める。
「例えば、あなたが魔法を使えるようになったとするわね。これは要するにあなたにその機構が備わっただけ。燃料が無いのよ」
「……?」
首を捻るたかしに耳打ちする。
「MP……」
「あー!」
俺たちの共通言語でたかしは一瞬にして理解したようだ。
「そうか……魔法使いになってもMPやその回復手段がないと何も出来ないな……。折角魔法を覚えてもフォークを振り回すしかないんじゃあ意味ないし……」
どこのサタンの話だ。
「わかったかしら?」
「んー、じゃあ俺は一体何の為に……」
「それを探すのも冒険じゃないか?」
たかしの肩を叩いて歯を見せる。
「……何言ってんすか」
しかしその反応は微妙なものだった。
決まったと思ったのに……。
「でもまぁ、今すぐ決めろって話でもないってことだよな?」
「そうそう。それに異世界での冒険者生活なんてもとの世界じゃ絶対ありえなかったことだろ?」
「なんであんたにそんなことわかるんすか」
「……メリアさん、言ってもいいですか?」
たかしと話をするにあたっては俺の事を少し話しておいた方が良いだろう。
メリアさんに許可を仰ぐ。
「……まぁこの子に言っても関係ないし、いいわよ」
「よし、たかし。実は俺はお前と同じ世界から来たんだよ」
「え、うそでしょ?だって羽根生えてるし人間じゃないじゃん」
たかしは一瞬驚いたがすぐに翼を指摘してくる。
「俺も転生したんだよ」
「えーっ!じゃあ先輩ってことっすか?」
「先輩……?かわかんないけどまぁ転生は俺の方が先だな、うん」
「すっげぇ!ほんとにこんな変わるんだぁ」
ようやく理解が追いついたようで、たかしは俺の周りを何周も回りながら身体を見ている。
「お前は人間になるから羽根は生えないけどメリアさんに頼めばある程度は融通が効くかもしれないぞ」
「えっほんとですか!?」
「まぁ、多少はね……」
「かわいい女の子とかにしてもらえるんですか!?」
「……」
ララはもうすっかり不審者を見るような目つきでたかしを見ていた。
「ま、まぁまぁ。男の夢なんだ。わかってやってくれ……」
「別にしてあげてもいいけどラクなもんじゃないわよ」
冷たく言い捨てるとメリアさんはたかしに手をかざす。
「うぐ……?」
その瞬間たかしが硬直する。
どこか遠くを見つめたままぴくりともしなくなった。
「ああぁぁぁああぁぁあ!」
そして数秒後、動き出すのと同時に絶叫した。
「うるさいっ」
ララが耳を抑える。
「……はっ!あ、俺……だ……」
たかしは自分の身体を確認して胸を撫で下ろしている。
「……わかったかしら?」
「は、はい……」
……なにがあったんだよ……。
「さ、それじゃあ準備はいいかしら?」
メリアさんはぱちりと音を鳴らして手を合わせる。
「え、もう……?」
「当たり前じゃない。私たちも暇じゃないのよ」
「きょうはもうこれやったらかえるんだから!」
暇って言ってるようなもんじゃん。
「わかりました……やります」
何を言ったとしても結局は行かなければならない。たかしもそれはよくわかっただろう。
「それじゃあ行きましょう。あなたたち、後は私に任せて」
「はい!よろしくお願いします!たかしも元気でな」
「あ、はい!色々ありがとうございました」
たかしに声をかけるとそれに呼応してお礼を言われた。
「なんもしてねぇけどな」
「いやいや!あなたがいなかったら俺は知らぬ間にイヌにされてるとこでしたし……」
それは確かに……。
「ふふ」
「お前は笑うな!」
たかしは後ろでニヤついてたララに怒鳴りつける。
「ま、ともかくこれから大変だろうよ。記憶が戻るまでにも時間はあるだろうし」
「それでもやっぱりもう一度俺でいられるってのは嬉しいですよ。あんなトラックなんかに……」
たかしは死んだ時のことをよく憶えているようだ。高校生活の真っ只中で死んだんじゃあ未練も多かっただろうしな……。
「さ、もう行きますよ」
待ちかねたメリアさんがたかしをひっぱる。
「あぁ、すみません! じゃあ先輩! また会いましょう!」
俺に手を振りながらたかしはアトリエの奥へと消えていった。
「はは……流石にまた会うことはないだろうけどな」
「ん〜〜〜!」
ララが大きな声とともに身体を思いっきり伸ばす。
「……おわったね!」
伸びを終えたララはこちらに顔を向けてにかっと笑う。
「おう!」
俺も笑ってそれに応える。
「あたしもなかなかだったでしょ?」
「どの口が言うんだよ。おこりんぼさん」
調子に乗ってるララにデコピンする。
「むむぅ〜!」
頬を膨らませながら何か言いたげにしているが、俺はその頭にそっと手を添える。
「でもま、頑張ったよな」
「にへへ〜」
表情を一転させてララは嬉しそうに笑う。
「よし、帰るか!」
「うん!」
たかしのその後も気になるが、なんとか初仕事を終えた俺たちは家へと帰ることにした。