走り出そうとするララを必死で抑えながら見取り図にあった図書館へ赴いた。
「よぉーっし!」
ララは中に入って早々にバカでかい声を上げる。
「うるせェよバカ……!」
図書館内にララの声が響き渡ると、入口付近の机で読書している数人の利用者たちがジロリとこちらを睨んだ。
「あ……すみません」
「ごめんなさぁい」
あまり音を立てないように近くの椅子を引く。
「……で?なにから始めればいいんだ?」
小声でララに耳打ちするように訊く。
「よいしょ」
ララが懐からあの分厚い本を出す。
……これもエトンみたいに魔法で出してんのかな?
「いっしょに読も」
ララは机の上でその本を広げて大きく息を吸った。
……まさか。
「てんせいのきまり!」
周囲に大きな声が響く。
「おい! 音読はやめろ!」
案の定あたりの利用者からの白い目が突き刺さる。
「へへ、すいやせん……」
俺が周囲に平謝りしてララから目を離したのが悪かった。
「ひとつ! てんせいしゃはていちょうにあつかうべし!」
「わーっ! うるさい! やめろって!」
ララは音読を続け、さらに大きな声で転生管理の基本を読み始める。
俺は必死でララの口を抑えた。
「ちょっとあなた……ここを利用するならもう少し静かにしてもらえますか」
背後から係員の札をつけた女性が来て俺に呼びかける。
とうとう声掛けされてしまった……。
「あの……ほんと……申し訳ないです」
「へへへ、おこられてる」
俺が冷や汗を流しながら謝罪していると、ララがけたけたと笑う。
「お前のせいだっつの!」
「ちいさい子どもを連れてくるのは構いませんが、もう少し静かにお願いします」
軽く嘆息するとその係員は受付のカウンターへと戻っていった。
「ララ、いいか?図書館はな、喋ったらいけないんだ」
「ぜったいに?」
「う、ううん……まぁ、基本的には」
「わかった……!しぃ〜……ね!」
ようやくわかってくれたのか、人差し指を鼻の前で立てて沈黙のジェスチャーをする。
ひとまずはメリアさんの用意してくれたこの本を読んで色々と覚えなくてはな……。
しばらく本を読み進めていた。
意外なことにララは全く邪魔をしてこない。
沈黙の掟を守り続けているのだ。
それとも寝ちゃったのかな?
気になってきたので俺は本から目を離してララの方を見る。
「ぶはっ!?」
俺が上げた声を聞いて周囲が迷惑そうに顔を顰める。
「す、すみません……げほんげほん」
咳でごまかしたが、俺が声を上げた原因は突然の咳なんかではない。
「にし……」
いたずらっぽく笑うこの女神のせいだ。
「……いっけないんだ〜」
小声で煽ってくるが、俺をとんでもない変顔で笑わせたのはこいつなのだ。
「おいやめろ……」
「なにがぁ〜?」
にやにやしながら俺を見つめている。
飽くまでシラを切るつもりらしい。
「ふん……」
仕方が無いので無視して本を読むことにした。
「……」
そしてまた沈黙。
何かを企んでいるに違いないのでもうあいつの方は見ないぞ。
「……うぃ」
なんか言ってら。
多分また変顔でもして俺に見てもらいたいに違いない。
でも見ないよ。残念でした。
「……ちぇ」
お、あきらめたかな?
「……あ!」
何かを閃いたような声が聞こえた。
……イヤな予感がするな。
「んしょ……んしょ……」
ごそごそと妙な音が聞こえてくる。
ララは椅子から降りて近くの本棚に移動しているらしい。
少ししたら、隣でどさりと音がした。
「ねぇねぇ」
遂に話しかけてきちゃった。
もうさっきの遊びはやめたのかもしれない。
「なに?」
呼びかけられたからには応えないわけにもいかない。
俺はララの方を向いた。
「ぶははははっ!」
周囲の視線が再び俺に殺到する。
「あぁすみません!すみません!」
ララをキッと睨みつける。
至近距離でとんでもない変顔を見せつけやがったのだ。
「…………!!」
こいつはこいつで人を指さしながら声を出さずに笑っている。
「もういい知らん!」
「あ、まってまって」
ララは本に視線を移そうとした俺を引き止める。
「これ、よんで」
さっき運んで来てた本たちのことだろうか。
どうせまた絵本かなんかだろう。
「あのなぁ……ここじゃあ読み聞かせなんてできねぇ……」
文句を言いながらちらりと本を見ると、それは絵本なんかではなく立派な参考書だった。
「え……」
「どしたの?」
「あぁ、いや……ありがとう」
唐突に正解を持ってこられて驚いてしまった。
「えらい?」
褒めてもらいたそうにきいてくる。
「あぁ、えらいぞ」
「にへへ」
一言なのにそれをきいただけでやけに嬉しそうだ。
「でもなんで……」
言いかけて理解した。ララの後ろから先程の係員が現れる。
「お姉さんが用意してくれたんですか?」
「ええ。あなたが読んでいる本、転生者に関する本ですものね」
何か知っているようだが、こちらとしてもあまり聞かれてはいけないらしいことをやんわりとララから示唆されている以上深く語るわけにいかない。
「あぁ、ご安心を。守秘義務に関しても心得ておりますので」
そう言ってにこりと笑う。
……でもこれに答えたら認めたようなもんじゃないか?
「勘ぐらないでもいいですってば。先程はただうるさい輩が入ってきたかと思ったら一緒におられるのは女神様ではありませんか」
そう言って係員は静かに手を合わせる。
さっきはララの顔まで見えてなかったらしい。
「えっと……ララはなんでそんなに崇められているんだ?」
「ご存知ないのなら、やはりその参考書をよく読むべきです」
すぐに答えを教えるつもりもないらしい。
「では、あまりうるさくしては私も立つ瀬がないので」
彼女は一礼すると再びカウンターの方へと戻って行った。
「役には立ちそうだが……」
その数冊の参考書の分厚さを見て辟易する。
「よかったね」
ララはにこにこしているが、俺は無駄に宿題を増やされたみたいな気分で少し萎える……。
「ま、仕方ない。やりますか」
そう言って勉強に取り掛かる。
今度こそララは俺の邪魔をすることなく大人しくしていてくれた。
どれだけ時間が経ったか全く意識もしてなかった。
気がつけばもう日が西に傾きつつあり、図書館内は橙色に染まり本棚が影を伸ばしていた。
「はっ!今何時だ!」
覚えることが多いせいで時間に気を遣うことができていなかった。
昼も食べていなかったから少しで切り上げるつもりだったがずっと読み続けてしまっていたようだ。
気になることがひとつ。
ララがあれから一度も声をかけてきていないのだ。
「ラ……」
「すぅ〜ふぃ……すぬ〜……ぴひゅぅ……」
ララは小さな寝息を立ててぐっすりと眠っていた。
大人しくしていてくれたのはありがたいが……昼ごはんも食べさせずにいてしまったことには若干の罪悪感を感じる。
「ララ……起きろ」
「んん……」
ようやくお目覚めの女神様は、目を擦りながら軽く唸る。
「悪い。気づいたら夕方になってた」
俺の言葉を聞いてララは窓の方を見る。
「きれいだね」
それはそう……。
「おなかすいただろ」
「ん〜」
ララが答えるよりも先に、腹から大きな音が鳴り俺に返事をする。
「……だってさ」
「はは、帰るか」
参考書を本棚に戻して図書館を出る。
「おべんきょう、できた?」
「おう、おかげさまでな」
俺がらララの頭を撫でると嬉しそうに目を細めた。
「おしごと、できそう?」
「それはまぁ……初仕事次第かな」
実際にやるまではわからない。
でも今日の学びは必ず力になるに違いない。
「はやくしごとはじまるといいね」
「そうだな」
校舎を出ると、目の前が真っ赤に染まっていた。
上にあるはずの空にいるのだから、上も下も見渡す限りがゆうやけに染まっている。
「本当に、きれいだな」
「ね」
手を繋いで家路につく。
朝からバタバタ続きの一日だったが……退屈はしそうにないな。
「何食べたい?」
「クリプポルト!」
「……あぁ、そうか聞いてもわかんないんだった」
この堺のことも、まだまだ知らなくてはな。