「いやほんと、申し訳ない」
管理局を出て早々、俺はララに謝罪する。
「んぇ?」
「寝坊のことだ。どちらにせよ朝イチでメリアさんに指示を仰ぐ必要があったんだ。俺が悪かった」
「んー、いいよ」
特に何も考えてなさそうにララが受け入れる。
「だってあたしもわるいし!」
「だからまぁ……うん」
堂々巡りしてしまいそうだったので俺も素直に受け入れておこう。
「それで、勉強をしたいんだがどこかに図書館みたいなところはないか?」
「あるよ」
ララが俺の手を引く。どうやら案内してくれるらしい。
ララに導かれ、管理局のある小島から商店街の島へと歩いていく。
「そういやぁ昨日はなんにも見てる余裕なかったっけな」
ごきげんマ・マ・マーチのせいだな……。
「なんでだっけ?」
「なんでだろなぁ」
ごきげんマ・マ・マーチのせいだ。
「お、あれ何屋?」
どうにもよくわからない奇抜なものが並んだ店が目に入る。
「メルメルモールだよ」
店頭の至るところに集中線やフキダシを多用したポップが目立つ。同じくらい散見される頭がアイスクリームのペンギンがどうやらこの店のマスコットキャラクターらしい。
ワゴンの並ぶ店頭の奥には、様々なショップが並ぶ店内が垣間見える。
「面白そうだな……」
「見てく?」
「いや……金がない」
今の俺は無一文。綺麗な制服に身を包んでもそのポケットからはホコリしか出てこない。
「みんな見るだけだよ」
天界にも俗な文化はあるんだな……。
「まぁ今は勉強しなきゃだしな。とりあえず図書館に案内してくれ」
「……ぷぅ」
ちょっと膨れている。
「お前が行きたいだけだろ……」
「うぐ……がまんする」
俺に指摘されてララは表情を改める。
「いきましょう!」
少し足を速めたララはぐいぐいと俺を引っ張っていく。
「はいはい」
そのまま誘惑の多い商店街を抜けていった。
数分程歩くと、大きな門が見えてきた。
「お、あれかな」
「そうなの」
その門に書いてあったのは……。
「第5天使アカデミー……え?これ学校じゃん」
門の奥を見ると確かにそれは校庭らしい。
そのさらに向こうに見える建物も西洋風の綺麗な校舎だ。
「勝手に入っていいの?」
「うん」
そう言うとララはずかずかと門の中へ入る。
手を繋がれている俺も強制的に侵入させられてしまった。
「誰だ」
はい来た。
制服を着た女生徒らしき人物が俺に声をかけてくる。
「あー、怪しい者じゃありません」
俺はすぐに両手を挙げる。
「やや、ララ様ではありませんか」
その女生徒はララを見つけると急に態度を変える。
「むん」
ララもなんか偉そうにあごを上げている。
「この方は下僕ですか?」
「おい失礼だな!」
女生徒の発言につい口が出てしまう。
「口を慎め!私は風紀委員だぞ!」
逆ギレしたように声を荒らげた少女は肩につけた腕章を見せつけるように引っ張る。
「く……な、なんか言ってくれララ」
風紀委員だろうがなんだろうが俺には関係ないがつい怯んでララに頼ってしまった。
「あたしの、げぼくだよ」
そう言ってララはにししと笑う。
「はっ!やはりそうでしたか!おい下僕!ララ様に仕えられるだけでもありがたいと思うんだな!」
な、なにこいつ〜!
「おまえ〜!」
「あっ!下僕が私に!」
ついカッとなって風紀委員に怒鳴りかけてしまう。すると即座に彼女は身を守るような姿勢をして顔を顰める。
「ララ様、この男危険です! 排除してもよろしいですか!?」
「いいわけないだろっ!俺の話をきけ!」
「殺すッ!」
その女はめちゃくちゃ物騒なことを言いながら腕を前に出すとその手の先に短刀が顕現する。
「うわっ! マジだこいつ!」
短気が過ぎるっ!このままだと本当に攻撃されかねない。そんな迫力を感じる。
俺は急いでララを抱えて逃げる。
この期に及んでララはけらけらと笑っている。
おぼえておけよこいつ……!
「おい!ララ様を離せッ!」
「お前が落ち着いたらな!」
ふうふう言いながら短刀をギラつかせるその女からは風紀のふの字も感じられなかった。
「馬鹿者ッ!」
突然勇ましい声とともに大きな音が響く。
「ぐはっ……」
何者かによる打撃を背後から喰らった風紀委員の女が倒れる。
「全く! 風紀委員が風紀を乱してどうする!」
至極真っ当なことを言いながら現れた女もまた風紀委員の腕章をつけていた。
「申し訳ない。あなたは……ララ様の下僕かな?」
「あんたもか……!」
俺がストレスのあまり怒りを滲ませると、それを察したのか焦ったようにそれを弁解し始める。
「あ、すまない……教えていただけませんか」
「さっきのやつよりは話が通じそうだな……」
嘆息しながらもやっと話ができる者が現れたことに安堵する。
「俺はシエル。ララのお兄ちゃんだ」
「お兄ちゃん!」
途端にその女は驚いたように目を見開く。
「も、申し訳ございませんっ!下僕だなんて……本当に失礼しました!」
いきなり態度を変え跪かれる。
「おい!お前もだッ!」
未だに伸びている狂暴女を引きずり俺の前に出す。
「ふぇ……なんですか先輩……」
「お前が斬りかかろうとしたのはララ様のお兄様だ!」
「お、お兄様!!」
その女もそれを聞いた瞬間、電撃が走ったかのように姿勢を改め跪く。
「も、申し訳ありませんでしたァ!」
「い、いいけど……なに、これ?」
ララの名が通った瞬間にこの変わりよう。こいつ何者?
「あたしはね、めがみだから」
そう言って鼻を高くしている。
「私たち天使は、女神様の恩寵により生きているのです」
「こいつまだなんもしてなくね?」
「いえ!その存在だけでも十分なお価値があるのです!」
盲信的とさえ言える気がするが女神という立場はそれほどまでの影響力があるらしい。
その女神の兄ということは……俺は神か!?
「お前ら! 神に対しての不遜な態度! 許されることではないぞ!」
事態を理解した俺はすぐさま強気に出る。
「も、申し訳ございません! ほら!お前も謝るんだよっ!」
「ひぃ〜ん」
ふふ、いい気味だ。人を下僕呼ばわりして刃を向けたんだ。これくらいしてもバチは当たらないだろう。
「ちがうよ。おにいちゃんはげぼくだから」
「は?」
ララが横槍を入れる。
「では、ララ様。この方は……」
「うん。えらくないよ」
それを聞いた狂暴女はまた俺を射抜くような鋭い目で睨む。
「ちょっと待て!ララさん〜?なんでそんなイジワルするのかな〜?」
「だってほんとのことだもん!」
え、俺って下僕だったの?
「そうかそうか……。ララ様がここまで言うのなら……やはり貴様は下僕なんだなッ!」
跪いていた狂暴女は立ち上がり再び短刀を顕現させる。
「おーい! その剣、どうするつもりー?」
「こうするんだよッ!」
女が腕を前に突き出し、ひゅんと俺の首の横に短刀が掠める。
「ちょっと待てって!下僕だったら殺していいわけでもないだろ!」
「そりゃそうだ。でもお前はムカつくから殺すッ!」
ヤバいこいつ、頭がおかしい。
「馬鹿者ッ!」
「ふげっ!」
再び真面目な方の女にげんこつを喰らい狂暴女は地面に倒れる。
「いやすまない。本当にすまない。こいつは特別気性が荒くてな……」
「もっと早く止めてくださいよ姐さん……」
「まぁとにかく話をしよう。ララ様、こちらへ」
ひとまず大人しくなっている狂暴女を担いでその女は校舎の中へと俺たちを案内した。