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おやすみね

風呂と言うにはまだ満足のいかないシャワーのみのものではあったが、きれい水とかいうなんか魔法みたいな体験のおかげで俺の心はかなり満たされていた。

寝巻きもあったので湯冷めをすることもなく、寝室にあるふかふかのベッドの上で背もたれに身を預け寛いでいた。

「ふぃ〜っ」

身体から湯気を立ち上らせて、ララが部屋に入ってくる。

「お、出た?」

「あったまる〜!」

モコモコのパジャマで身を包んだララは、風呂上がりの熱気も相まって実に暖かそうだった。

「あ、おにいちゃん!そのベッドあたしんだよ」

ベッドに入っている俺を見て、ララがはっとしたように指摘する。

「え、デカいしこれしかないから俺も寝ていいかと思ってた」

思えば女の子に対してデリカシーが欠けていたかもしれない……。

「あ、そっか」

でも彼女はそういう意図で言ったわけじゃなさそうだった。

多分いつも自分だけが寝ているものだから、自分だけのものであるという所有物的な視点であろう。

「じゃあいいよ!」

にぱりと笑うとそのままララもベッドに飛び込んでくる。

「ぐえっ!」

俺の腹の上でバウンドされたものだから、ドンドンニが出口を求めて溢れ出してしまいそうだった。

「お、おい。気をつけろよな」

「へへ」

ちょっと笑ったかと思うとララはその場で何度もバウンドを始めた。

「うっ……いっ……ぐへ……っ!」

小柄ではあるがララの身体が弾む度に俺の腹にはそれなりの衝撃が加えられ続ける。

「こ、こら!ぶっ……!なにしてん……っ!だよっ!」

「えへへへ、ふふふ〜」

跳ねる度に俺が変な声を上げるのが面白くて仕方ないらしい。

だがこっちはたまったもんじゃない! ドンドンニがもうすぐそこまで迫ってきているんだ!!

「おら!」

ララが跳躍した瞬間、両脇腹をがっしりと掴んでやった。

「あ……」

じたばたと手足を動かしても抜け出すことはできない。

「ララ……」

俺はにこりと笑う。

ララはがくがくと震え出す。

「おらああぁぁぁあぁぁあ!!」

「わああぁぁぁああぁぁあ!!」

俺はララを両手で掴んだまま何度も上下にシェイクした。

髪を振り乱しながら首や手足を振って抵抗しているが、脇腹を押さえて浮かせている以上こいつには逃げ出すことができない。

「ゆぅるぅしぃてぇ!」

いたずらっ子はぶるんぶるん揺れながら解放を懇願する。

「バウンドが好きそうだったからよぉ!」

ちょっと楽しくなってきて俺はもうしばらくララを揺さぶることにした。

「ど、ドンドンニがぁ……」

しかし、ララが苦しそうに零した言葉を聞いてぴたりと手を止める。

そ……そうだ。こいつは俺以上に激しくドンドンニをかきこんでいた……。

「うぷぇ……」

ララの口許からピンク色のよだれが……。

「うわわっ!悪ィララ!」

慌ててララの口にタオルをあてがう。

「ゆ、ゆるさない……」

すぐによだれを拭いてベッドの上に解放したが、ララは乱れた髪を前方にのれんのように下ろしており、その顔は窺えなかった。

「ララさん……?」

髪の隙間から薄紫色の眼光がこちらを見据えている。

「ほぉりぃ……」

ララが片手を上げて呟く。

…………今、ほぉりぃって言ったよな?

「うおぉおい!ララ!家ン中だぞ!」

こんな室内で極大ビームを打とうとしているので、大慌てでララを制止しに行く。

「だって……だってだっでだっでぇぇえ!」

ララは詠唱を完遂しなかったものの泣き出してしまった。

「も〜ほんとこいつは……」

寝る前だってのにめんどくさいことこの上ない……。

「はいはい、悪かったから」

「やあだぁ!」

慰めようとした俺の手はぺしりと払い除けられる。

「どうしたもんかね……ん?」

ちらりと目に入ったのはベッドの傍らに置いてある絵本だった。

「よし……」

俺はその本を手に取るとララに向き直る。

「はぁいララちゃん、たのしいたのしい絵本だよ〜?」

「……にぇ?」

いじけていたララがぴくりと顔を上げる。

「あー!だいすきシリーズだー!」

涙の拭き跡は残るものの、ララの表情は途端に明るいものへと変わる。

……なんとかなったか。

「よっんで!よっんで!」

途端に俺の膝に乗ってやんやと囃し立てる。

「仕方ねぇなぁ……」

ま、絵本くらいならなんぼだって読んでやりますよ。

そう思ってその絵本の表紙をよく見ると……。

『だいすきシリーズ8  おんなのこだいすき』

……マジか。

いや、いやいや。知育絵本だろ?別に普通だって。よくあるでしょあの……老若男女がおトイレするやつとか、むしろその排泄物自身が歩いたりするのとか。それよりいいって絶対。

頭の中で予防線を張ってひとまずページをめくってみる。

"おんなのこだいすき! やわらかいはだと つやつやのかみのけ たべちゃいたいくらいにかわいいの"

「おいこれ……別の本ない?」

ララに訊くも、ダメだと言わんばかりに黙って首を振る。

「ぐ……」

なんとか……ならなかったか……。



しばらくの間恥ずかしいポエムのような絵本を朗読させられることになってしまったが、ララは読み聞かせの間は終始満足げだった。

こっちは恥ずかしくてもララにとっては面白い話だったのかもしれない。

「たのしかったぁ」

こいつの笑う顔を見るだけでも、なぜかこのはちゃめちゃだった一日が悪くないものだったように感じられてしまう。

「頑張ろうな……明日から」

それはララにかけた言葉でもあるが、俺自身への気付けの言葉でもあった。

「うんっ!」

その先に待つであろう大きな困難や苦労なんか気にする素振りもなく、ララは大きく首を振る。

……これくらいのメンタルの方が色々と楽かもしれないな。

「よし!頑張ろうぜ!」

「おーっ!」

ふたりで決意を固めたところで部屋の灯りを消す。

さっきまで楽しそうにしていたララも、すぐに寝付いてしまいそうな様子だった。

「おやすみ、ララ」

「おやすみね……」

むにゃむにゃと眠たそうにそう言うと、すぐに寝息を立て始める。

こいつがいなかったら、きっと俺は過酷な戦いの中に放り込まれていたのかもしれない。

明日からの生活がどれほど大変かなんてこともわからないけれど、戦争するよりは楽なんじゃないか。

まだ不安は残るが、考えていても仕方ない。

今はただ明日に備えて眠るだけだ。

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