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ドンドンニ!

気がつけばもう日は完全に沈み窓からは月が見えていた。どうやらララを寝かせた後ベッドに腰かけたまま眠ってしまったらしい。

しかし寝息を立てていたあいつの姿は見当たらない。

「どこ行った……?」

廊下の方から灯りが漏れているのに気づく。

「そこか?」

ぎしりと音を立ててベッドから立ち上がり廊下の方へ向かった。

「ん?」

鼻に何やら美味そうな香りが届く。空きっ腹を刺激するスパイスの香り。

……俺はこの香りをよく知っている……ッ!

「カレーだ!カレーの匂いだ!」

まさかこの世界にもカレーがあるとは!

天使もカレーには逆らえないということか!

俺は急いで匂いのする居間の方へ向かう。

「おい! これはカレーか!? カレーなんだな!?」

そう言って居間の扉を開いた。

「んぉ?」

遠くから返事のような声が上がる。居間の奥にあるキッチンスペースから聞こえたようだ。

「そこにいるのか?」

キッチンからは湯気が上がっており今まさに料理が行われているところだった。

「あ、おきた?」

エプロンをつけたララが踏み台の上に乗り鍋をかき混ぜていた。

「へぇ、お前料理なんてできるんだな」

「えへへ。おてつだいしてたらできるようになったの」

そう言ってにぱりと笑う。

「どれ、見せてもらおうか」

そう言って鍋をのぞきこむと……。

「な……なんだこれ……」

鍋の中にはピンク色の液体が煮詰まっていた。

カレーじゃない。これは……こんなのは…………。

「お、おい。カレー……だろ?流石にカレーはあるんだろ?」

「かれぇ?なにそれ?」

ぐにゃりと視界が歪むような錯覚に襲われた。

この世界にはカレーがない……?あの至高の味わいをこれから100年くらい味わえないというのか!?

「ぐ……うぅ…………」

「ど、どうしたの?」

ララがおたまを手離して心配そうにこちらに駆け寄る。

「いや……なんでもない。なんでもないんだ……」

俺は悲しみに打ちひしがれながらも平静を装った。

「ごはん、たべられる?」

「もちろん!」

食い気味に返事をする。カレーはなくともこの刺激的な香りと空腹感に勝てるわけがない。

「よかった!たくさんたべてね!」

そう言うとララは食器棚から皿を取り出してきて台の上に置く。

「どのくらいたべる?」

正直、この色の料理はイけるものなのかわからない以上多く盛り付けられても困るな……。

「なぁ、これは一体どういう料理なんだ?」

「あ、しらないの?」

「うん。見たこともない色だ」

「これはね、ドンドンニだよ」

「ドン……ドンニ」

「そう!ポジャやホルにくをいろんなこうしんりょうでにこんだおりょうりだよ!」

見た感じジャガイモや牛肉がゴロリとしている。

あ、これカレーだ!

「なるほど! そいつはうまそうだな!」

「でしょっ!」

……ん?でもこのピンクは?

「ララ、このピンクのは何から出た色なの?」

「これ。シュリパ」

そう言ってララが桃色の粉末の入った瓶を見せる。

香辛料だな。おそらく色は違うがターメリックのようなものだろう。こいつがこのドンドンニとカレーを大きく分けるものなんだろうな。

「よし、じゃあとりあえずふつうに盛ってもらえるか」

「よろこんで!」

店員か……。

「おまち!」

ララは小気味よくドンドンニを盛った皿を差し出す。

「お、ありがとう」

ドンドンニは香ばしい香りを放ち、初めは驚いた鮮やかな色味も野菜や肉を混じえて華やかに煌めいている。それに何よりこの艷めく米とのコントラストが……。

「えっ!? これ、米じゃん!」

「うぇっ、な、なに?」

俺が急にデカい声を出したからララはびくんと 身体を跳ねさせる。

「あ、いや……俺の故郷で主食だったものがここにもあったから……」

「そうなんだ」

どうせ言ってもわからないとは思うのでまぁそこまで詳しくは語らないことにしよう。

「やっぱりこめがないとね」

「うんうん。やっぱ米だよな」

……え?

「ちょっと待て!お前米を知ってるのか!?」

「わっ!うるさぁい……」

俺がまた派手に反応したせいでララは顔をしかめた。

「ああ、悪い……。だがなぜ他のものは別の名前なのに米は存在するんだ?」

「しらないよぉ。たまたまおなじなまえなんじゃないの?」

そんなわけあるか……明らかに異質だぞ。

「まぁ細かいことは置いといてもカレーライスが食べられるならどうでもいいか!」

「かれぇらいす?」

「ドンドンニでしたね」

「ドンドンニ!」

俺とララは食卓につき手を合わせる。

「いただきます!」

食前の挨拶も共通でよかった。

「はふはぶはぶ」

ララは早速ドンドンニを頬張っていた。

色はともかくあんだけ美味そうに食ってるわけだ。俺の腹も鳴っている。

「よし……」

スプーンに手をかけピンク色のルーとライスを絡める。ゴロリとした肉のカケラとそれを混じえたひと匙を口に運んだ。

……最初に感じたのは湯気立つドンドンニから想像できた熱さ。そしてなにより……強烈な甘さだ…!

 「甘っ!」

 「はぐふがはぐ……」

俺の言葉など気にせずララは狂ったようにドンドンニをかきこんでいる……。

「ん……?辛……旨…………っ!」

数回咀嚼した後舌の上に起きた変化に気づく。

「なんだこのコクは!」

「もぐふぐはぶ」

ララはなおも答える様子はない。

「おいララ!」

「んぐっ……ぐ…………うぅ……」

どうやら喉に詰まったらしい。

「ばかか……おい大丈夫か」

俺は慌ててララの背をさすりに行ってやる。

「うぅ……けほっ……ぐぇ…………ごくん。はぶはぶはぶ!」

詰まらせていたものを飲み込んだかと思ったら再びララはドンドンニをかきこみ始めた!

「く、狂ってる……」

「きゃむきゃむきゃむ……ん……ふぅ…………」

そうして一息に皿のドンドンニを全て腹に収めてしまった。

「はぁおいしかった。……ん?どしたの?」

腹をぽんぽんと叩きながらララは何事も無かったかのようにやっと俺の方を見た。

「え?俺が声掛けてたの何にも気づいてなかった?」

「……?」

ララは本気で首を傾げている。

……ドンドンニは危険な食べ物だ。

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