奥飛騨旅行をきっかけに梢との距離が一層縮まったことを、笑理は実感していた。旅行以降、梢との休日デートの回数も情事の回数も日を追うごとに増えていった。
今晩もまた体を重ね合わせ、事後の梢は真っ暗な寝室のダブルベッドの中で、笑理に寄り添うように深い眠りについている。
自分と付き合い始めてから、梢には何とも言えない色気が出始めたことに笑理は気づき、今もくっつくように眠る梢の寝顔をじっと見つめながら、胸が苦しくなるほどの愛おしい感情を抱いていた。梢の透き通るような肌もまた、笑理の多幸感をあふれさす要素になっている。
笑理はふと、先月のパーティーの翌日、父である高梨と会ったときのことを思い出した。
マンションから十分ほどの喫茶店に、笑理は父親を呼び寄せた。高梨は笑理を見るなり、梢のことを気にかけてくれていた。
「俺がついていながら、申し訳なかった」
高梨は頭を下げた。
「そのことは、私がついてるから大丈夫。今日は、梢とのことをちゃんと伝えておこうと思って」
「いつから、付き合い始めてるんだ?」
笑理は正直に、梢が編集者として挨拶に来た時に告白をしてその日から付き合い始めたことも、十年前の卒業式の時に梢にキスをしたことも、梢の誕生日にマンションの合鍵をプレゼントして同棲を始めたことも、全て包み隠さず伝えた。
「そうだったのか……」
「お父さんに、反対する資格なんてないからね」
笑理ははっきりと父親に伝えた。
「お父さんが、西園寺久子と不倫関係だったことは知ってる。ちょうどお母さんと離婚したとき、お父さんの不倫相手だったこともね。私、ずっとあの女のこと恨んでた。テレビに映るのも不快でね。とうとう梢にまで、あんなこと……。法律なかったら抹殺してるから」
久子のことを考えるほど、その憎悪の念は大きくなっていた。
「『ひかり書房』から追放してよ、あの女。次期執行役員になる人なら、それぐらいのことできるでしょ。お父さんだって業界じゃ有名人だもん、今朝のネットニュースに役員就任の記事載ってたよ」
高梨は黙って笑理の話を聞いている。
「それと、もし梢が私とのことを言いだしても、何も言わないでよ。私も梢も本気で愛し合ってるから」
「もちろん、社員のプライベートのことまで口出しはしないさ」
「良かった。これからも、会社では梢のこと、ちゃんと守ってあげてよ」
笑理は安堵の笑みを浮かべながらも、念を押すように父親の目をまっすぐに見つめた。