翌朝、房代と朱理に見送られ、梢と笑理は奥飛騨を去っていった。
高速バスの中で仮眠をし、二日ぶりにマンションへ戻ってきたときには、日の入りが早くなったこともあり辺りはすっかり薄暗くなっていた。
旅行の余韻浸りながら、梢は翌日いつも通りに出社をし、奥飛騨のお土産のクッキーを同僚たちに配った。そこへ高梨も出社してきたのでクッキーを渡すと、何かを悟ったような顔になった高梨から、後でミーティングルームに来るように言われた。
「失礼します」
しばらくしてミーティングルームに梢が入ってくると、既に高梨が来ていた。
「奥飛騨に行ったってことは、全部知ったんじゃないのか?」
高梨に唐突に言われたが、梢は冷静に頷いた。
「正直、びっくりしました。高梨部長が、笑理のお父さんだったなんて」
「娘たちには、今でも申し訳ないことしたと思ってるよ。もちろん、離婚した女房にもな」
「西園寺先生とのことも、笑理から聞きました。笑理がやたらと西園寺先生のことを嫌っていた理由も、ようやく分かりました」
「あの女とは、とっくに終わった。それだけは言っておく」
「笑理、言ってましたよ……」
高梨が訝しそうな顔をすると、梢は奥飛騨で笑理が祖母や姉と話した一件を伝えた。
「笑理が、そんなこと言ってたのか……」
「私にとっても笑理にとっても、今回の奥飛騨の旅行は良い機会になりました。敷居は高いかもしれませんが、必ず笑理と一緒に、いつかお墓参りに行ってあげてください」
「ああ……」
高梨は小さく頷いた。
「こんなことのために呼び出してすまなかったな」
と、高梨は申し訳なさそうに出ていこうとすると、立ち止まってもう一度梢のほうを振り向いた。
「今更父親面なんかできない俺が言うのもなんだが、笑理のこと、よろしく頼む」
深々と頭を下げた上司を見て、梢は優しく微笑んで、
「笑理は幸せ者です。家族みんなから祝福されて」
「山辺君……」
「離婚しても、高梨部長が笑理の父親ということに変わりはありません。これからも父親として、娘の幸せをずっと見守っててください。私は、笑理と一緒に幸せになりますから」
涙ぐんだように鼻をすすった高梨は大きく頷いて去っていった。
これで、笑理と高梨はもう一度父娘としてやり直せるだろうと梢は感じていた。
その頃笑理も、小説家三田村理絵として執筆活動を再開。年始から始まる週刊誌の連載の第一話の原稿を書き終えて、嬉しそうに原稿データを梢のメール宛へ送った。