昼前になって、辺りでは雪がしんしんと降り始めた。
朱理から傘を一つ借りて、梢と笑理は相合傘をして徒歩五分ほどのところにある霊園を訪れた。ここに、笑理の母も眠る村田家の墓がある。
墓石には既に花が供えられていることに梢は気がついた。
「これ、おばあちゃんが毎朝来てるんだって」
笑理は小さく呟くとしゃがみこみ、線香を立てて合掌をした。笑理に雪がかからないように、後ろから梢が傘を差している。
「お母さん、久しぶり」
傘を笑理に渡すと、梢も線香を立てて合掌をする。
「初めまして、山辺梢です」
梢はじっと墓石を見つめて言った。
笑理が傘を持ったまま隣にしゃがみ、
「お母さん、私、梢と付き合ってるの。不思議な縁でさ、梢、お父さんの会社の部下なの。梢を紹介してくれたのも、お父さん。お母さんとあんなに喧嘩して、私も嫌いだったお父さんに、感謝する日が来るなんて思ってもみなかったよ」
梢はじっと、笑理が語りかけているのを聞いている。
「お母さんは、亡くなる前にごめんねって言ったけど、お母さんが私に謝るようなことをしたなんて思ってない。私はお母さんの分まで幸せになる。だから私たちのこと、ずっと見守ってて。それから、おばあちゃんやお姉ちゃんのことも」
やがて雪は更に降り出し、墓石に少しずつ積もり始めた。笑理はしばらくそこから離れようとせず、ずっと墓石を眺めていたが、梢は何も言わずに付き添っていた。
「そういえばさ、梢の家族は、今どうしてるの?」
「両親も兄ちゃんも、みんな元気にしてるよ。去年、兄ちゃん夫婦に息子が生まれてさ、とっくに定年迎えた父さんも母さんも、今は孫の面倒を見るのが生きがいなんだって」
「同居してるの?」
「うん、三世代で」
「楽しそうだね……」
梢はふと、自分たちのような平凡な家族への暮らしに憧れを抱いているのかもしれないと、憂いを帯びた笑理の表情を見て思った。
「お母さん、きっとまた来るから」
最後にそう言うと、笑理はゆっくりと立ち上がった。
「もう大丈夫?」
梢が優しく尋ねると、笑理は大きく頷いた。
笑理が傘を持ち、密着するように梢が肩を寄せて、二人は霊園を後にした。
「ねえ」
霊園を出てすぐの道で、梢が呼び止めた。
「どうした?」
梢は笑理にそっと口づけをした。笑理が傘を下げたので、反対側からこちらを歩いてくる人たちには、その瞬間がちょうど隠れた状態になった。
「笑理は一人じゃないからね」
言い聞かせるように梢はささやいた。