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その一

二泊三日の一日目が終わり、翌朝笑理は梢を起こさないようにゆっくりと起き上がると、朝風呂へと向かった。

露天風呂に浸かりながら、笑理はいつから自分が女性しか愛せなくなっていたのかを思い出そうとしていた。少なくとも小学校の時は、そういう考えにはなっていなかったはずである。

高校入学以降、男子生徒に告白をされた際に断ったのは、母の面倒を見なければいけないのが本来の理由であったが、表向きには勉強や部活を理由としていた。だがよく考えてみれば、何人もの男子生徒に告白をされても、一度たりとも嬉しい気持ちにならなかったのは、やはり父親である高梨のことがあるからだろうと考えた。

昨日祖母に梢との交際を打ち明けた際にも、祖母は否定せず、女性しか好きになれない性的指向になるのも無理がないというような考えであった。家族崩壊の元締めとも言うべき高梨や久子のことはずっと恨み続けてきたが、今となっては梢と引き合わせてくれた高梨には、憎悪の気持ちは少なからず減っていた。

湯を顔にかけ、今日は母の墓地の前で梢を紹介しようと、笑理は決めた。


広間での朝食は、川魚を中心とした和定食であった。昨晩は飛騨牛にばかり意識が行っていた梢は、飛騨産コシヒカリを使った白米が甘いことに気が付いた。また、味噌汁は東海地方特有の赤味噌を使った濃い味付けだったが、これも梢にとっては珍しい味で興味津々で口に運んでいた。

他の宿泊客たちは既に食べ終え、笑理がトイレに行くと言って席を立つと、広間にはゆっくり食事をする梢だけが残った。

「失礼いたします」

房代がそこへ入ってきた。昨日の藍色の着物とは違い、今日は萩模様の刺繍が施された薄紫色の着物である。

房代は梢のもとへ来るなり、三つ指を立てて深々と頭を下げると、

「昨晩はとんだ失礼をいたしました。いくら笑理のお連れ様とは言え、日頃のお疲れを癒していただくために当館をご利用いただきましたお客様の前で、あのような振る舞いをしましたことをお詫び申し上げます」

「大女将……」

「あの子たちの父親は、何より私の娘を不幸にした男ですので、つい恨みつらみを申し上げることになってしまいました。あの子が同性を好きになるのも、父親の言動のせいだと思います。それでも笑理は、梢さんと一緒にいることで幸せになってるんです。梢さん、笑理のこと、どうぞよろしくお願いいたします」

もう一度頭を下げる房代を、梢はただじっと見つめていた。

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