夕食は広間で他の宿泊客と同時に取った。仲居が運んできた料理は、飛騨牛の陶板焼や山菜の天ぷらなど、板長が腕によりをかけて名物や旬の食材を調理した彩り豊かなものばかりであった。
幼少期から変わらぬ味で笑理にとっては懐かしい味だが、梢は初めて食べるものばかりでどれも美味しそうに食べていた。
「どうしたの?」
不思議そうに梢が見つめた。
「ううん。やっぱり、美味しそうにご飯食べる梢って可愛いなと思って」
笑理はうっとりと、梢を見つめながら箸を進めた。
九時を回り、客室に戻っていた梢と笑理は、缶チューハイを飲みながらのんびりとしたひと時を過ごしていた。
「失礼いたします」
「どうぞ」
廊下から女性の声が聞こえて梢が答えると、朱理と共に、井桁模様をあしらった藍色着物の老女が一緒に入ってきた。所作の美しさから、品格の良さがにじみ出ている。
「本日は、湯の宿むらた旅館にお越しいただきありがとうございます。大女将の村田房代と申します」
丁寧に三つ指を立てて挨拶をした笑理の祖母房代に対し、梢も改まったように、
「『ひかり書房』で編集者をしています、山辺梢です」
笑理は微笑みながら房代を見て、
「おばあちゃん、久しぶり」
「笑理、ようおんさった」
梢にとっては聴き慣れない岐阜弁だった。
「山辺さんは、笑理の高校時代の後輩でもあると、若女将から聞きました。当時から本当にお世話になったそうで」
「いえ、お世話になってるのは私の方です」
すると笑理は、険しい顔でボソッと一言、
「お父さんが、よろしくお伝えくださいって」
笑理のその言葉で朱理が険しい顔になり、房代も明らかに不機嫌な顔になったのを梢は見逃さなかった。
「お父さんに会ってるの? 母子家庭だって……」
梢は不思議そうに尋ねると、笑理は一瞬うつむいたが、
「私、梢に黙ってたことがあるの」
「……?」
「親が離婚する前までの私の名前はね、高梨笑理って言うの」
「高梨って……え、噓でしょ……」
梢の中で大きな衝撃が走った。
「嘘じゃない。あの高梨部長が、私たちのお父さんなの」
「山辺さんが笑理の担当編集者と聞いたとき、おそらく接点はあるのではと思っておりました」
房代の後ろで正座していた朱理が重い口を開いた。
「恥をお話しますが、この子たちの母親は旅館を継ぐのが嫌で家を出ていき、勤めていたクラブで出会った常連客と結婚しました。ただ、その相手が女性にだらしのない人で……」
梢は黙って房代の話を聞き続けた。