十一月の下旬のある日、『ひかり書房』設立六十周年記念パーティーは、都心の大きなホテルの大広間で開催された。
『株式会社ひかり書房 設立六十周年記念パーティー』という白看板が天井から掲げられ、木箱を並べて上から絨毯を敷いた簡易ステージには、スタンドマイクが中央に設置され、背後には大きな金屏風が立てかけられている。会場は立食パーティーのビュッフェスタイルとなっており、壁側のテーブルには和洋中、様々な料理が彩りよく器に並べられている。
ドレスコードをした梢や真由美は食事をしながら談笑しているが、次期役員就任が決まっている高梨はネクタイを締めてスラッとした背広姿で、幹部役員たちと共にウエイターが時折運んでくる白ワインを飲みながら何やら真面目そうな話をしている。
「パーティーは十年ぶりの開催だから、結構賑やかにやってるね」
料理に目がない真由美は、呑気そうに食べながらそう言ったが、梢の視線は役員たちと話をしている高梨に向けられていた。
「多分、今日の役員就任発表の最終確認でもしてるんじゃない」
梢の視線に気づいた真由美が、横から小さく呟いた。
「まあ、ご無沙汰」
どこからか、耳に残る高い声が聞こえてきた。振り向くと、見るからに高級な反物で設えたであろう留袖を着た久子が出席者と談笑をしていた。
「出たぁ、西園寺久子」
真由美が険しい顔で、久子のほうを見た。
「真由美も知ってるんだ」
「こないだ、何か炎上してたじゃん。平然とこういう場に来るなんて、やっぱり図々しいのかな、あの人」
「まあ、否定はしないでおくよ」
久子はやがて、高梨のもとへ近づいていき、会話を始めた様子が見えた。こちらもおそらく、久子の原作小説の映画化の発表についての相談をしているのだろうと、梢は思っていた。
発表が公になれば、もう後戻りはできず、映画公開に向けて様々な準備が始まることは梢も覚悟しており、ふと久子の姿を見て大きな溜息をついた。
同じ頃、笑理は書斎兼作業部屋にこもって、相変わらずパソコンに向かって原稿執筆をしていた。休憩をしようと思った笑理は、スマホを手にして、写真フォルダを開いた。
一番新しい写真は、パーティーに出かける前の梢を撮影したものだが、紺のレースのワンピース姿でピースサインをする梢の姿が可愛らしく見え、しばらく笑理はその写真をじっと見つめていた。
すると何か思いついたように、笑理は勢いよくその場に立ち上がった。