『ひかり書房』は今年で設立六十周年を迎え、十一月末開催に向けて、記念パーティーの準備が総務部を中心にして行われていた。当日は経営陣や幹部クラスの役員だけでなく、梢たち社員も出席することになっており、また任意ではあるが笑理や久子を始め『ひかり書房』の契約作家や、取引のあるデザイナーやイラストレーターといったクリエイターなども出席をする予定である。
「ねえ、今回の六十周年記念パーティー、結構大がかりなものになるみたいだよ。いろいろ発表することもあるみたいだし」
出勤した梢は、エレベーター前で会った真由美からそう聞かされた。恐らくは、久子の原作小説の映画化の発表と、高梨の執行役員就任の発表だろうと、内心見当がついていた。
文芸部の自分のデスクにいつものように出勤してくると、同じタイミングでやってきた高梨に声をかけられた。
「山辺君」
「はい?」
「今度の設立記念パーティーのことなんだけど、三田村先生にもぜひ出席してもらうように、君からお願いしてくれないか」
高梨の話では、五年前の五十五周年パーティーは世間の状況を鑑みて中止となり、リモートで式典のみを開催したが、笑理は画面越しでも顔を出したくないという理由で欠席したそうである。それもあり、ぜひ笑理には出席をしてほしいというのが、高梨の想いであった。
「分かりました。一度、相談してみます」
上司からの頼みともあれば断わるわけにもいかず、梢はとりあえずの対応をすることにした。
「パーティーねぇ。ごめんけど、やめとくよ、私は」
その夜帰宅した梢は、夕食後にソファーに座って笑理と一緒にコーヒーを飲んだ際、パーティー出席の件を相談したが、案の定断られてしまった。
「どうして? やっぱり、顔出したくない?」
「まあね。どうも私は、ああいう場には合わなくて」
「そっか……来てほしかったけどな……」
梢は残念そうにうつむいた。
「梢からお願いされたら断りたくないんだけどね。こればっかりは、ごめん」
「しょうがないよね。三田村理絵先生の意向だもん」
「高梨部長には、私から直接連絡入れとくよ。梢からだと言いづらいでしょ」
「ありがとう」
すると笑理から手を握られた梢は、ハッと笑理を振り向いた。
「パーティーするぐらいだったら、私は梢と二人で祝いたい。知らない人たちに頭下げたり、ミーハーみたいに興味本位で私の顔見られても嬉しくないし」
笑理の本音を聞き、梢は思わず納得してしまっていた。