梢に発熱の症状が出始めたのは、外出をした日の晩のことだった。
購入したばかりの、全身リボンの模様をあしらった水色のパジャマを着た梢は、熱さまシートを額に貼ってベッドに休んでおり、同じ柄の色違いでピンク色のパジャマを着た笑理が、付きっ切りで看病をしている。
「三十八度か……」
梢は体温計を見て、小さく呟いた。
「外で風邪菌でももらったかな。やっぱり、西園寺久子と遭遇したのが悪かったかな」
眉間に皺を寄せた笑理がぼやく。
「そうかもしれないね」
「おかゆ作るから、ちょっと待っててね」
「ありがと」
しばらくして、梅干しを乗せたおかゆを笑理が運んできた。笑理に介助をしてもらいながら、梢はゆっくりと体を起こした。
「食べさせてあげるね。はい、あーんして」
と、笑理から促され、梢はおかゆを口にした。梅干しの酸味と、おかゆの塩分が良いバランスを保っている。
「美味しい?」
「うん。笑理って、本当に料理上手だね。どこで覚えたの?」
「家庭環境かな。うち、母子家庭でね。母親がずっと働きに出てたから、家にいる間、お姉ちゃんと一緒にご飯作ったりして。自炊しなきゃいけない状態がずっと続いてたの」
これまで笑理の家庭のことを聞いていなかった梢は、少し驚いた。
「そっか。でも、そういう環境の中で育っても、笑理が小説家として活動してるのを見たら、お母さんだって嬉しいんじゃないかな」
笑理はそのまま黙り込んでしまった。
「どうしたの?」
「……もっと喜ばせてあげたいんだけど、もう無理なの」
「何で?」
「二年前に、癌で亡くなったの。今年の冬で、ちょうど三回忌」
「ごめん……」
梢は小さくうつむいた。
「気にしないで。私も言ってなかったもんね、お母さんのこと」
「お姉さんは、今どうしてるの?」
「母方の実家、岐阜で温泉旅館やっててね。お母さんは旅館を継ぐのが嫌で家を出たけど、お姉ちゃんは後を継ぎたいからって、今おばあちゃんと一緒に旅館経営頑張ってるの」
「じゃあ、いずれは旅館を舞台にした小説を書くのも良いかもね。お姉さんをモデルにして」
熱がありながらも仕事のことを考えてしまう自分は、やはり編集者なんだということを、梢は改めて実感していた。
「そしたら、みんな喜ぶかもね」
苦笑しながらも笑理は頷いた。
「今日、私はソファーで寝るから。梢は、ゆっくりと休んでね」
「ごめんね。お揃いのパジャマで、一緒に寝れなくて」
梢はじっと笑理を見つめ、優しく頭を撫でられた。