至近距離にいる笑理にドキドキしながらも、梢は何とか口を開き、
「ダメだよ、笑理。今は仕事中なんだから」
「けど、梢が私のこと、三田村先生って呼んだことあるの、数え切れるぐらいじゃん。しかもほとんど言い直してるし」
笑理からの指摘に、梢は何も反論できなかった。
「笑理の意地悪……」
「そうやって拗ねる梢、可愛いよ。もっといじめたくなっちゃう」
「やめてよ」
「今日は、会社に戻るの?」
「いや、今日は直帰するって言ってある」
すると笑理はフッと微笑んで、
「じゃあ、私と会ってる間は仕事扱いってことにしようよ」
「え?」
梢が笑理の顔を見た途端、隙もなく唇を奪われた。
「笑理……」
「良いでしょ、梢?」
誘惑するような上目遣いでこちらを見つめてくる笑理を見ると、梢も自身の理性が抑えられなくなっている。
「今日だけだよ」
今度は梢のほうから、笑理に唇を重ねていった。しかも一回ではなく、何度も。強引かもしれないと内心思っていた梢だが、笑理はすんなりとキスを受け入れている。
「こういう、おうちデートも悪くないでしょ」
またしても上目遣いをする笑理に対し、梢は負けたように、
「うん。笑理と一緒にいられるもんね」
「最初からそうやって言えば良いのに」
二人は強い抱擁を交わした後、寝室に向かうと体を重ね合わせ一夜を共にした。
翌日、出勤した梢は高梨から笑理の作品企画書の了承を得た後、真由美の元へ見せに行った。
「すごい! さすがは三田村理絵先生」
真由美は作品企画書を見て、思わず声を上げた。
「そりゃ、文芸部で注目されてる三田村先生の作品だもん」
「これで、少しでも売上部数増えると良いなぁ」
嬉しそうに微笑む同僚の姿を見て、梢自身も、編集者として、そして恋人として笑理のことを全力で支えようと決めた。
「記念すべき最初の連載は、いつから始まるの?」
「順調にいけば多分年明け最初の号からになると思う。正式なスケジュール出たら、また教えるね。三田村先生にも、そうお伝えしていただけると」
「うん、分かった」
梢も真由美も、それぞれの普段の業務に追われながらの準備であったが、しばらくして真由美から正式なスケジュールに関する連絡が届き、年明け最初の号から連載スタートとなり、一回目の原稿締め切りは十二月の上旬となった。
この件を笑理のメール宛に連絡をした梢は、一時間後に了解の返信を受け取った。文末には『追伸 今晩、マンションに来てほしい』と記されていた。