笑理と会う時は仕事モードになろうと言い聞かせた梢は、一晩ゆっくりと眠り、翌日には三田村理絵の編集担当者の顔になって仕事に臨んだ。笑理の執筆した新作は高校を舞台にした恋愛もので、梢はミーティングルームでノートパソコンを立ち上げると、イラストレーターやデザイナーをリモートで繋げて、装丁デザインについてのディスカッションを始めた。
「私にとって、三田村理絵先生と初めてご一緒する作品なので、皆さんのお力添えをお願いします」
仕事でありながらも、やはり心から愛している笑理に喜んでもらいたい一心で、梢は画面越しにイラストレーターとデザイナーに頭を下げた。
それから梢は、笑理の執筆した初稿をじっくりと読みながら、作品における矛盾点や、登場人物の一人称や二人称の呼び方の整合性などを確認した。
あくまで恋人の笑理ではなく、担当作家の三田村理絵として接することを決めた梢は、初稿の気になった点を赤ペンでチェックし、それをスキャンしたデータを笑理にメールで送った。同時に、DTB部のオペレーターのもとへ行き、体裁などの打ち合わせを行い、本を作るための工程を少しずつ踏んでいった。
一方、梢からの原稿チェックを確認した笑理は、梢の指摘した部分を含めた二校の執筆を進めていた。本が完成するまでプライベートで会わないと自分で決めたものの、やはり内心、梢に寂しい思いをさせてしまっていることを笑理は痛感していた。
笑理のデスクには、初デートの際に自撮りをした梢とのツーショット写真が、写真立てに飾られている。原稿執筆の合間、梢のことを思う笑理は、写真立てを手にすると、そこに笑顔で映っている梢をじっと見つめていることも多々あった。
「ごめんね、梢……」
自分が原稿を書き終え、梢が無事に編集者として本を作り終えるまでの工程が終わったら、ちゃんと梢と向き合う時間を作ろうと、笑理は心に決めていた。
数週間が経ち、一足先に原稿を進めていた久子の新作小説のゲラが完成した。印刷会社から届いたゲラを見た梢は、完成を目前にしたことでひと段落。
「何とか、ここまでできたな」
高梨も同じように確認すると、胸をなでおろしていた。
「高梨部長のバックアップのおかげで、トラブルも特になく、無事にここまでできました」
「西園寺先生は執筆には手を抜かないから、作業がスムーズなんだよ。あれで性格が良けりゃなぁ」
しょっぱい顔で呟く高梨を、梢は苦笑して見ていた。