笑理のマンションに向かう途中で、梢はコンビニに立ち寄り、何本もの缶チューハイや、カルパスや柿の種などのおつまみを購入した。決してアルコールが強いわけではない梢だったが、久子の件もあり、今日は飲みたい気分だった。
「いらっしゃい」
ドアを開けて迎えた笑理を見るなり、梢は笑理に抱き着いた。
「会いたかった、笑理」
「はいはい。さ、上がって」
笑理に促され、梢はそのまま中へ入った。
「今日は随分飲むつもりなんだ。まあ、無理もないか。あのババアのこともあるんだから」
梢の持っているコンビニの袋を見て、笑理は苦笑して言った。
「だって、飲まなきゃやってられないんだもん」
梢は膨れっ面で呟く。
「今日は私も付き合ってあげる。さ、飲もう」
テーブルに缶チューハイとおつまみを並べ、梢と笑理は二人だけの飲み会を始めることになった。
一方、駅前にある個室居酒屋には、仕事終わりの高梨が来店していた。店員に席を案内されると既に久子が来ており、掘りごたつに足を延ばしながら、焼き鳥をつまみにして、中ジョッキのビールを飲んでいた。
「和彦、待ってたわよ」
高梨は呆れたように、向かい合うように座ると、
「だから、下の名前で呼ぶなって言ってるだろ。今日は、仕事のことで君に言いたいことがあって時間作ってもらったんだから」
店員に芋焼酎のソーダ割を注文すると、高梨は仕事の顔になった。
「今日、うちの山辺君宛に、最新作の原稿送っただろ?」
「あら、見てくれたの」
「相変わらずのクオリティで感心するよ、悔しいけどな」
「そりゃ、あなたのおかげで、私はここまで来れたんですもの」
久子は呑気そうに言っていたが、高梨は不機嫌そうに煙草を吸い始めた。
「作品のことは評価するさ。だが、まだ出版会議の承認も得てないのに、フライングで執筆するのはやめてもらえないか。作品ありきで企画を進めるようなことはしたくない」
「私たち、もう二十年近い長い付き合いなのよ。それぐらいのこと良いじゃない。あなただって、今や『ひかり書房』の文芸部長なんですから」
軽くあしらう久子に対して、高梨は続けて、
「でもな、お互いの立場を考えたうえで、もっとフェアに行かないと」
「あなたも変わったわね。昔は、置きに行くようなタイプじゃなかったのに」
お互い還暦を間近に控えて少しは落ち着いたかと思ったが、二十年近く経ってもかつての愛人の性格は全く変わっていなかったと、高梨は呆れ顔で久子を見つめていた。