床に横たわった状態になっている梢の顔は笑理の両腕に挟まれており、笑理の顔が至近距離にあった。
漫画でしか見たことのない床ドンをされて、梢の心拍は急上昇している。
「今、私にキスしたよね?」
首を傾げた笑理に尋ねられた梢は、恐る恐る返答をした。
「だって、好きな人にキスするのに、理由なんていりますか?」
すると笑理はフッと微笑んだ。
「確かに、梢ちゃんの言う通りだね。じゃあお返しに」
と、笑理の顔がまた近づいた途端、インターホンが鳴った。
「もう、タイミング悪いんだから」
笑理がインターホンに出ると、相手は一時間前に笑理が注文をしたデリバリーピザ屋の店員だった。
テーブルに置かれたシーフードピザを食べている時間も、梢にとっては楽しいものだった。されど自分からのキスかもしれないが、自分の中では大きな一歩であり、より笑理を近い存在に感じたのだ。
自信がついたのか、梢はふと笑理に対して、
「あの……先輩にこんなこと言うのは何なんですけど」
「どうしたの?」
「恋人なので、そろそろ敬語を辞めたいんですけど」
「ああ、確かにそうだね」
笑理は納得するように頷いた。
「私は梢って呼ぶから、梢も私のこと笑理って呼んでよ」
「うん……笑理」
慣れない口調で、梢は初めて笑理を呼び捨てで読んだ。
「何、梢?」
こちらを見つめる笑理の微笑みに耐え抜けず、梢は顔と耳を真っ赤にしてうつむいた。
「いい加減慣れてよ」
「ごめん」
「ほら、よく私の顔見てごらん」
前のめりになった笑理に顎クイをされた梢は、まじまじと笑理の顔を見つめた。
ナチュラルな化粧、大きく澄んだ瞳、きりっとした鼻立ち、程よくグロスが輝く桃色の唇……笑理の完璧とも言える顔立ちは、やはり梢を照れさせる要因となっている。
「ダメ……やっぱり、恥ずかしい」
笑理に見つめられ、梢はまたしても目を背けてしまった。
「テニス部の時、散々私の顔見てたでしょ」
「でもあの時以上に綺麗になってるから」
「梢も綺麗になったよ。メイクもちゃんとノリが良いし」
意図的な人たらしなのか、天然な人たらしなのか、笑理がどっちのタイプなのか分からないが、梢にとってはこの笑理のちょっとした仕草や言動に、心がくすぐられていた。
「化粧品変えたもん。笑理の恋人として、もっとふさわしくなれるように」
「そこまで考えてくれたんだ。ありがとう、梢」
顎に手を当ててささやく笑理に、梢はまたしてもハートを撃ち抜かれたような気がしていた。