「今日も泊まっていきなよ」
笑理にそう言われ、梢は断る理由がなかった。が、少しでも疑いの目で笑理を見てしまった後ろめたさもあってか、
「良いんですか?」
と、不安そうに尋ねた。それでも笑理は、気にも留めない様子だった。
「恋人のマンションにお泊まりするのに、良いも悪いもないでしょ」
「笑理先輩……」
「ご飯食べた?」
「いえ、まだです」
「じゃ、デリバリー頼もうか。ピザで良い?」
「はい」
笑理はスマホのアプリで、ピザを注文した。
「お風呂もう沸いてるから、先入っといでよ。パジャマ、また用意しとくから」
笑理に促され、梢はそのまま脱衣所へ向かい、衣服を脱ぐと、湯舟につかった。
立ち込める湯気の中で、梢はもっと恋人として笑理のことを信じてあげなければと自分に言い聞かせていた。もう疑うことなんて絶対にしないと、湯を顔にかけながら梢は誓った。
梢が風呂に入っている間、笑理は眉間に皺を寄せて、ソファーに深く腰掛けた。
梢に変な考えを持たせた、デリカシーのない久子のことが苛立って仕方がなかったのだ。
「あのババア、一体何考えてるんだか……」
朝の情報番組に映っていた久子と言い、打ち合わせで梢に向けて発した発言と言い、笑理にとって久子は同業のライバルというよりも、完全なる敵となっていた。
大きな溜息をついて腕を組みながら、笑理はゆっくりと瞼を閉じた。
パジャマに着替えた梢がダイニングへ戻ってくると、笑理はソファーに座り込んだまま、うたた寝をしていた。
ふと梢は、自分が笑理の寝顔を見ることが初めてであることに気が付いた。ただでさえ、普段は妖艶でキリッとした顔立ちの笑理だが、やはり寝顔までもが美しく見えている。
「笑理先輩の寝顔、綺麗……」
梢は鞄からスマホを取り出すと座り込み、笑理の寝顔の写真を撮影した。そしてもう一度、笑理の寝顔を見つめた。
「たまには、私から行かないと……」
梢は自分に言い聞かせるように呟くと、深く深呼吸をし、笑理を起こさないようにゆっくりと顔を近づける。これまでは笑理からキスをされているばかりだが、今初めて、自分から笑理にキスをしたのだ。顔を近づけてキスをする間、梢の心臓はバクバクだった。キスという一瞬の出来事が、梢には長い時間がかかったような気がした。
梢が笑理から顔を離すと、突然笑理の目が開いた。
「今、キスした?」
「……」
梢は返事を返す間もなく、笑理に勢いよく床ドンをされてしまった。