シングルベッドの上で、梢と笑理は密着していた。笑理の視線は、指で撫でている梢の唇に向けられていたが、梢の視線はそんな笑理の目に向けられていた。
やがて二人は、しばらく無言で見つめ合った。そして、どちらかともなく顔を近づけ、唇を重ねていく。つい数時間前に笑理からキスをされたことが嘘のように、梢はもはや抵抗もせず、むしろ笑理に合わせるように積極的に何度も唇を重ねていった。
「笑理先輩、好きです……」
「私は、梢ちゃんのこと愛してるよ」
「私もです」
笑理に優しく抱きしめられた梢は、笑理の腕の中でそのまま眠りについた。
小鳥のさえずりと、カーテンから降り注ぐ日差しによって、最初に目を覚ましたのは笑理だった。ゆっくりと目を開けると、笑理の腕の中でスヤスヤと眠る梢の寝顔が見えた。
「可愛い寝顔してる……」
ボソッと呟いた笑理は、枕元に置いてあるスマホを手に取ると、梢の寝顔を写真に収めた。そして、カメラを自撮りモードにすると、梢の寝顔に自らの顔を近づけて、そのままシャッターボタンを押した。
梢の寝顔を見た笑理は、より一層梢のことを愛おしく思えるようになった。
「あ……」
笑理の脳裏に、十年前に梢の寝顔を見た出来事が蘇った。
高校時代、共にテニス部だった梢と笑理。直近に控えた夏の大会は、笑理にとって引退前最後の大会で、逆に一年生の梢にとっては高校生活最初の大会だった。
朝練と授業後、そして休日と、この頃のテニス部は、連日熱中症対策をしながら練習を重ね、まさに佳境を迎えていた。笑理は部活内のエースで、技術力だけでなく、後輩への育成や指導にも定評があり、顧問や部員たちから絶大な信頼を得ていた。
笑理が指導していた後輩の中に、梢の姿もあった。ある日笑理が部室に顔を出すと、壁にもたれて休んでいる梢を見かけたのだ。疲れ切ったのか、スヤスヤと眠る梢の寝顔にうっとりしてしまった笑理は、しばらく立ちすくんで梢を見つめていた。
これが、笑理が梢に好意を抱いた瞬間であった。笑理が梢を意識し始めたことに当然梢は気づいておらず、笑理の片想いは卒業式を迎える日まで長く続くことになる。
笑理自身、男子生徒に告白をされたのは数多知れないが、その都度笑理は断り続けていた。梢の存在が決定打となり、この時から異性への意識が全くなく、自分は同性しか好きになれないことを察していた。
そのことに気づかせてくれたことに、少なからず笑理は梢に感謝していた。