二日後、梢は単行本の返却を口実に笑理のマンションを訪れた。
この二日間、梢は久子に言われたことが頭から離れず、笑理の真意を確認したかったのだ。
「読み終わるの早かったね。さすが編集者だわ」
「いえ……」
「何かあった?」
突然笑理に尋ねられたので、梢は重い口を開き始めた。
「私、ある作家さんの担当もしてるんですけど、その方、作品のためだったら平気でいろんな人と付き合って、体の関係にもなるんですって。恋愛経験のない私には、その気持ちが理解できなくて。他の作家にも、作品のために恋愛する人もいるって言われて……笑理先輩は、どういう気持ちで私に告白したのかなと思って……」
梢はそう言うと、寂しそうにうつむいた。
笑理はしばらく梢を見つめると、突然ケラケラと笑い出した。
「梢ちゃん、そんなこと気にしてたの?」
「だって……」
「誰が言ったか知らないけど、少なくとも私は、作品のために梢ちゃんと付き合ってるわけじゃないってことは、はっきり言っとく」
梢は笑理を見つめ、嘘をついている目ではないと思った。すると笑理は、梢の隣に来てそのまま肩を抱き寄せると、諭すように、
「私は、むしろ逆。梢ちゃんがいてくれるから、作品が書けるんだよ」
「笑理先輩……」
「梢ちゃんがそばにいてくれると、頑張って作品を書こうって思えるんだもん。この間言ったでしょ、梢ちゃんのこと愛してるって。あの言葉に嘘はないよ」
梢は少しでも自分への愛を疑ったことを情けなく思った。久子に言われたことを気にして、笑理に不信感を募らせたことを心底申し訳なく感じていた。
「ごめんなさい……、私……」
「『ひかり書房』から本を出してる作家で、そんなデリカシーのないこと言う人なんて、どうせ西園寺久子でしょ」
図星を指され、梢は黙り込んでしまった。
「やっぱりね。朝の情報番組の発言と言い、あの人はどうも好きになれない」
「西園寺先生に言わないでくださいね」
「言うわけないでしょ。それに向こうは、私の顔知らないんだから」
「あ、そうですよね……」
「ねえ、梢ちゃん。何も考えずに、感情を無にして、目を閉じてごらん」
梢は言われるがまま、瞼を閉じる。すると、唇に柔らかい感触が当たった。もう一度瞼を開くと、笑理の顔が目の前にあった。
「笑理先輩……」
「これでも、私の愛が嘘だと思う?」
梢は勢いよく首を横に振ると、笑理から強く抱きしめられた。笑理の愛が本物であることを、梢はひしひしと感じていた。