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その三

二日後、梢は単行本の返却を口実に笑理のマンションを訪れた。

この二日間、梢は久子に言われたことが頭から離れず、笑理の真意を確認したかったのだ。

「読み終わるの早かったね。さすが編集者だわ」

「いえ……」

「何かあった?」

突然笑理に尋ねられたので、梢は重い口を開き始めた。

「私、ある作家さんの担当もしてるんですけど、その方、作品のためだったら平気でいろんな人と付き合って、体の関係にもなるんですって。恋愛経験のない私には、その気持ちが理解できなくて。他の作家にも、作品のために恋愛する人もいるって言われて……笑理先輩は、どういう気持ちで私に告白したのかなと思って……」

梢はそう言うと、寂しそうにうつむいた。

笑理はしばらく梢を見つめると、突然ケラケラと笑い出した。

「梢ちゃん、そんなこと気にしてたの?」

「だって……」

「誰が言ったか知らないけど、少なくとも私は、作品のために梢ちゃんと付き合ってるわけじゃないってことは、はっきり言っとく」

梢は笑理を見つめ、嘘をついている目ではないと思った。すると笑理は、梢の隣に来てそのまま肩を抱き寄せると、諭すように、

「私は、むしろ逆。梢ちゃんがいてくれるから、作品が書けるんだよ」

「笑理先輩……」

「梢ちゃんがそばにいてくれると、頑張って作品を書こうって思えるんだもん。この間言ったでしょ、梢ちゃんのこと愛してるって。あの言葉に嘘はないよ」

梢は少しでも自分への愛を疑ったことを情けなく思った。久子に言われたことを気にして、笑理に不信感を募らせたことを心底申し訳なく感じていた。

「ごめんなさい……、私……」

「『ひかり書房』から本を出してる作家で、そんなデリカシーのないこと言う人なんて、どうせ西園寺久子でしょ」

図星を指され、梢は黙り込んでしまった。

「やっぱりね。朝の情報番組の発言と言い、あの人はどうも好きになれない」

「西園寺先生に言わないでくださいね」

「言うわけないでしょ。それに向こうは、私の顔知らないんだから」

「あ、そうですよね……」

「ねえ、梢ちゃん。何も考えずに、感情を無にして、目を閉じてごらん」

梢は言われるがまま、瞼を閉じる。すると、唇に柔らかい感触が当たった。もう一度瞼を開くと、笑理の顔が目の前にあった。

「笑理先輩……」

「これでも、私の愛が嘘だと思う?」

梢は勢いよく首を横に振ると、笑理から強く抱きしめられた。笑理の愛が本物であることを、梢はひしひしと感じていた。

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