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その三

梢が目を覚ましたとき、スマホが表示する時計は朝の九時を過ぎていた。熟睡していた梢は、ゆっくりと体を起こして、ダイニングへ足を運んだ。

笑理のマンションは二DKで、洋室の片方が書斎兼作業部屋、もう片方が寝室となっている。ダイニングキッチンも、一人暮らしのためか物に溢れてはおらず、随所に飾られている木製の小型動物のオブジェや、エメラルドグリーン色のカーテンや、花柄のレースカーテンにも、笑理のセンスの良さが出ていた。

笑理の姿がなく、訝しそうに周囲を見渡した梢だったが、そこへダイニングキッチンに続く脱衣所のドアが開き、笑理が出てきた。

「あ、起きた」

「はい」

梢は慌てて笑理に背中を向けて答えた。風呂上がりの笑理は、バスタオル姿で、髪もまだ拭いている最中だった。笑理の濡れた長い髪やデコルテが妙に色っぽく、寝起き早々、梢の心拍が乱れている。

「結構熟睡してたね」

「ベッドと枕が良かったのかもしれません」

もう一度梢は振り返り、そんな妖艶なオーラを漂わせる笑理を見つめていた。

「どうしたの?」

笑理が微笑みながら尋ねるが、明らかにその顔は誘惑している。

「いえ……」

「この格好見て、ドキドキしちゃった? ちょっと刺激が強かったかな」

そう言いながら、笑理は梢に近づいてくる。

梢は二歩、後ずさりをした。

「大丈夫。襲ったりしないから」

笑理に転がされている自分が、恥ずかしくなってくる梢。同じ女性同士なのだから、何も多少露出があったにせよ、裸を見たところでどうしたと言うのか。もし仮に、銭湯の脱衣所で同じ状況に遭遇しても、これほどドキドキすることはないだろう。

笑理が元々妖艶だというのもあるが、やはり好きな人の普段見ることのない姿を見ると、緊張してしまうものなのかもしれない。だが昨晩の積極的なキスの通り、自分は今、間違いなく先輩である笑理を愛していることに変わりはなかった。

「ねえ、朝ご飯食べる?」

「はい」

「待ってて、すぐ作るから」

「あの……私も手伝います」

「ありがとう。じゃあ、一緒に作ろ」

ジャージに着替えた笑理は、台所に立ち、慣れた手つきで卵を菜箸で溶いている。そして、バターを乗せたフライパンの上に流し、スクランブルエッグを作り始めた。一方の梢は、きゅうりやハムを薄く切って、簡単なサラダを作っている。

好きな人と台所に立ち、一緒に朝食を作るこの時間がまるで同棲生活のように感じ、梢の顔には思わず笑みがこぼれていた。

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