背格好に大差がないことから、梢は笑理のパジャマを借りて、そのまま泊まることになった。寝室のベッドはシングルサイズで、必然的に笑理とは至近距離で寝ることになる。笑理の手で転がされ、俗にいう沼にはまった状態になっていることは梢自身自覚をしていた。
ベッドの端に体を寄せて笑理に背を向けるように眠っていた梢と、その隣で同じように背を向けている笑理との間には、妙な隙間ができていた。
「もう寝た?」
背後から笑理の声が聞こえた。
「いえ、まだ起きてます」
「もっとこっちおいでよ」
笑理も隙間に違和感があったらしく、それを埋めてほしいようだった。
「私、寝相悪いんで。これぐらいスペースあった方が」
梢はごまかした。すると笑理が、
「じゃあ、私がそっち行っちゃおう」
と、言い出したのだ。梢が何かを言おうとする前に、もう梢の背後には体を密着させた笑理がいた。
十年前、キスをした後に抱き合ったときと同じぬくもりを梢は感じていた。更に笑理は、梢の腕の隙間から手を入れてきたので、バックハグをされている状態になっている。
身動きがとれない梢の心拍数が上昇していく。トクトクという胸の高鳴りは、そのまま笑理にも伝わっていた。
「あったかいね、梢ちゃんの体」
「……」
「心臓、バクバクしてない?」
「いや、そんなことありません……」
「ドキドキしてるね」
笑理のささやく声が、まるで動画サイトのasmrのように梢の鼓膜に突き刺さった。せっかく収まった梢の顔と耳が、再び真っ赤に染まる。
「耳赤いよ」
声と同時に、笑理の細長く白い指が梢の耳を撫でた。
変な声を出さないよう、梢はグッと布団を握りしめていた。
「笑理先輩……」
寝返りを打った梢の目の前には、こちらを優しく見つめる笑理の顔があった。
「可愛くなったね……いや、綺麗になった」
笑理に頭を撫でられ、梢は照れを隠すためにうつむいた。
「そんなこと……。笑理先輩も、変わらず美しいです。小説家なんてもったいない、女優にでもなれば良かったのに」
梢の言葉の通り、笑理は女優のような美しさがあった。目の前に映る笑理の美貌は、高校時代から全く変わっていない。
「お世辞が上手くなったね」
「お世辞じゃありません、本心です」
「梢ちゃんったら」
頬に触れた笑理の手は、やがて梢の唇を撫でた。
今は仕事のことを忘れよう、目の前にいるのは小説家の三田村理絵ではなく、高校時代の先輩である村田笑理である、と梢は己の心の中に言い聞かせた。