その夜、仕事を終えた梢は再び笑理のマンションに足を運んだ。
笑理の手料理を片手に赤ワインを飲みながら、梢と笑理は高校時代のテニス部の大会の話や、お互いに高校卒業後に大学へ進学したことなど、十年の間に積もりに積もった話をしあった。
梢は文学部を経て今の勤務先に就職したことを告げ、笑理は芸術学部在学中に作家デビューをしたことを告げた。高校時代は、特に小説が好きだった話などしたことがなかったが、こうして今『小説』が二人を再会に導いたことは、何とも不思議な縁だった。
懐かしい話に花を咲かせたこともあってか、笑理がワインを飲むペースは速く、梢は心配になった。
「先輩、飲みすぎじゃありませんか?」
「そんなことないよ」
「お水飲んだ方が良いんじゃないですか。コップ借りますね」
梢はキッチンでグラスに水を注ぐと、笑理に渡した。笑理はグラスではなく、梢の手を取った。思わず梢は赤面になった。
「可愛い手。この手も全然変わってないね」
梢の手は子どものように小さいもので、笑理はその手を優しくさすった。梢の心拍は早くなり、慌てて笑理の手を離した。
「どうしたの?」
「いえ……」
「ねえ、梢ちゃん」
突然梢は、笑理に唇を奪われた。一瞬何が起きたか分からない梢は、直立のままびくともしなかった。十年ぶりの笑理とのキスがあまりにも不意打ち過ぎて、心の整理がつかなかった。
交際をスタートしたのだから、キスをするのは至極当然のことかもしれないが、心の準備ができていなかった梢にとって、笑理からのキスは更に梢の心拍が早くなる要因になった。
「あ……」
ふと腕時計を見た梢は、終電を逃したことに気が付いた。
「何かあった?」
「いや……その、終電が無くなったので。カラオケか漫喫にでも泊まります」
すると笑理は突然笑い出し、
「ここに泊まれば良いじゃん。まあ、ベッドはシングルだから、手狭になるかもしれないけど」
十年ぶりに再会したその日に、一つ同じベッドで笑理と眠るなど予想だにしなかった出来事だった。
「え……でも」
梢は気が引けたように、うつむいた。
「大丈夫。そりゃ、狭いからゆっくり疲れは取れないかもしれないけど」
「私、ソファーで寝ますよ。横になって休めれば、どこでも良いんで」
ごまかすように答えた梢だったが、それでもなお、笑理はじっと梢を見つめた。
「一緒に寝ようよ」
笑理に上目遣いで見つめられた梢は、顔面だけでなく耳までもが真っ赤に染まっていた。