十年前の二月二十七日、金曜日だったためにこの日が笑理と梢の高校では卒業式が行われた。体育館には外からの冷たい空気が漏れ、設置されたストーブが会場を少しでも暖かくする役目を果たしていた。
三年生の各教室でそれぞれ最後のホームルームを終えた後は、部活ごとに送別会が開催され、テニス部室では笑理を始めとした卒業生が在校生から色紙や花束をもらっていた。
梢が笑理に呼び出されたのは、送別会の後のこと。笑理の教室である三年二組に行くと、既に笑理が待っていた。
「笑理先輩、どうしたんですか?」
不思議そうに梢が尋ねた。
「あのさ……。私、梢ちゃんが好き」
笑理の告白に、一瞬梢は返答に迷った。
「笑理先輩……」
「突然こんなこと言われても困るよね」
梢にとっては複雑な気持ちだった。誰もが憧れる笑理に告白をされたことはある意味では誉であったが、だからと言ってこういう時、恋愛経験のない自分は何と答えるのが正解だったのか、分からなかったのである。
「じゃあ、せめて一回だけ、キスさせて」
笑理にそう言われ、梢はハッとなった。
「分かりました……」
梢は小さくコクリと頷き、その後、笑理からのキスを受け入れたのだった。
「あの時、ちゃんとした返事もできないままになってました。まさか、私のファーストキスを奪ったことを、そんなに気にしてたなんて」
十年前のことを振り返り、梢は苦笑して笑理にそう言った。
「私、てっきり断るのが怖くて、仕方なく受け入れたものだと思ってたの。何だか妙に申し訳ない気がしてさ。だから、私のほうから勝手に距離置いてたの」
「そうだったんですか……」
笑理は申し訳ない気がしたと言ったが、逆に梢のほうが明確な返答をしなかったがために、今の今まで笑理が罪悪感を抱いていたことを申し訳なく感じていた。
「気にしないでください。もう、過去のことです。それにこれからは、あくまで作家と編集者の関係ですから」
「作家と編集者の関係か……」
笑理の残念そうな声を聞いて、梢は弁解するかのように、
「忘れることができなかったのは本当のことです。でも、それは高校時代の話で。今は仕事の関係性をちゃんと築くことのほうが、大事だと思うんです」
「立派になったんだ、梢ちゃん」
ショックを隠そうとしていることが、何となく梢は感じ取っていた。
「けどね、私は今でも梢ちゃんのこと好きだよ」
笑理の目がやけに真剣になっていることは、梢から見ても明らかだった。