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異世界(ココ)まで、幼なじみが迎えにきました。
異世界(ココ)まで、幼なじみが迎えにきました。
アマのiん
異世界恋愛ロマファン
2025年02月16日
公開日
1.1万字
連載中
ある日、ふと気がついたら、「??あれ?ココどこですか?」異世界でのんびり暮らしていました。元の世界に戻るためには「私が私であるための記憶」を取り戻すことらしいんだけど、そもそも無くした記憶って何?全然心当たり無いんですけど、、、

1.Periwinkle(ペリウィンクル)

「…え、な、なんで?…何で海斗かいとくんがココにいるのぉ⁈」


 舗装もされていない石だらけの田舎道。その数メートル先に、幼なじみが立っていた。

 見慣れているはずの姿なのに、なぜか不思議と懐かしい。

 その奇妙な感覚に思わず立ちすくむ。


「……理莉りり?」


 自分の名を呼ぶ耳慣れた声に、ドクンッ…と、ひとつ心臓が跳ねた。

 直後、世界から音が消える。


 キラキラと揺れる薄茶色の髪。すらりと長い手足。背は、なんだか伸びた?…みたい。きっともう180㎝はありそうだ。いつの間にか男っぽさを増した体躯に、白のワイシャツが嫌味なほど似合っている。

 相変わらずの、少しだけ長めの前髪……。

 その隙間から覗く、濃い琥珀色の瞳と目が合った。――瞬間。


 ガンッ‼

「あいたっ!」


 突然、真上から頭を叩かれた。……と思ったけれど、全く痛くない。

 不思議に思って恐る恐る目を開けると、いつの間に移動したのだろう。見下ろすように海斗が目の前に立っていた。

 伸ばし切られた右腕の先で、一本の並木が殴打の余韻に揺れている。

 緑葉がハラハラと、夕日のオレンジ色を反射させながら、ふたりの頭上に降ってきた。


 まるで祝祭日の終わりに舞うコンフェッティ(紙吹雪)のよう。


 その情景をぼんやりと見つめながら、ふと、海斗のこめかみに浮かぶ青筋を発見した時、理莉は条件反射的に悲鳴を上げた。


「きゃぁあああ~~っ!ごっ、ご、ごめんなさいっっっ‼‼」

「このっバカ理莉っ!お前こんな所で何やってんだよっ!」

「あわぁわあわわ…、まっ、待って!まってまって!やだやだっ怖いよっ!海斗くんっ‼」

「何でここにいるのか、聞いてんだよっ‼︎」

「ひぃいいいい~~~っ‼」


 咄嗟に両手で頭を庇うとうずくまる。小学生からの、長い、長ぁ~い付き合いだ。次こそデコピンぐらいは飛んでくる。

 そう確信したにもかかわらず、予想に反して訪れたのは、しばらくの静寂だった。


「あ…、あり⁇」


 腕の隙間からチラリ…様子を伺うと、海斗が自分と同じように頭を抱え、しゃがみ込んでいる。

 こんなに打ちひしがれた姿を見るのは初めてだ。これは只事ではない。理莉は思った。

 天変地異の前触れではなかろうか。


「……あの…、だ、大丈夫?海斗君…」

「……」

「…ぇと…、ねぇってば…」

「……」

「……(黙っちゃった…)」


 海斗はうなだれたまま、顔を上げようとしない。なんだか調子が狂ってしまう。

 いつもなら、理莉の片耳くらい引っ張ったうえで、『この耳は飾りか⁈さっさと聞かれたことに答えろよ!』とでも言いそうなものなのに……。

 とはいえ、これ以上藪をつつく度胸はない。そんなことをしようものなら、蛇どころか何が出てくるかわかったものじゃない。


 理莉は途方に暮れつつ、しばらく二人で座り込む。

 そして、よくよく海斗を見た。


 性格はともかく、外見だけは極上のこの怖い幼なじみは、体中に葉っぱを貼り付けていても、いつも通り、見栄えよくていらっしゃる。

 そう。いつも通りなのだ。

 なのに、ますます強くなる、この違和感は何だろう?


 ――ザワリ…、夕下風が吹き抜けた。


 巻きあがる海斗の髪。

 すぐ横の、広くなった背肩幅。……に、突然。


 ――ザワリ…、焦燥感が沸き上がる。


 そこに、ある。確かな時の流れ。

 理莉が知らない、明らかな空白の時間があった。


 煽られた緑葉が、勢いよく海斗の背後へと連れ去られていく、その様を、理莉は誘われるがまま目で追った。

 視線の先に広がる、見慣れたはずの、でも、なぜかしっくりこない情景。

 突風にたなびき、霧が晴れ渡るように、今、世界が明度を増す。


 ――え……?


 理莉が躊躇いがちに立ち上がる。

 落日に裾を燃やされながら、悠然と広がる焼け空には、遮るビルの影はおろか、送電線の黒いシルエットはない。

 きれぎれの雲が逆光の夕日に輝き、夜の藍色を染み込ませながら、昼を明け渡していく、薄明の刻。


 ポツポツと灯り始める外灯。

 家路を急ぐ人々。

 街の喧騒の遠鳴り。


 ありきたりの日常が、目の前の景色と何一つ重ならない。

 森の奥から響いてきた、日本ではまず耳にしないだろう、狼の遠吠えに愕然としながら、理莉はポツリ…呟いた。


「ココ、どこ……?」


 サーモンピンクのワンピースに重ね着した、農作業用のエプロンを、ぎゅっと、握り締める。

 事ここに至って、理莉はようやく気付いたのだ。

 いつの間にか、“異世界”で、楽しく幸せに暮らしていたことに。


「……マジ、信じらんねぇ…。ありえねぇー…」


 海斗が短く呻く。

 岩と雑草だらけの荒れ地に、ふたりの長い影が伸びる。

 道標のようにポツポツと村まで続く実成木みしょうぼくの木々。その葉擦れの音が、沈黙を埋めるように止むことなく鳴り渡っていた。


 ✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


 そもそもの始まりは、半年ほど前。

 クリスマス・イブの日の出来事だった。


 雪曇ゆきぐもりに薄暗い昼下がり。

 厚い雲に覆われた空から、ついに雪が舞い落ち始めると、赤と緑でラッピングされた華やかな街並みが、ゆっくりと白いベールに包まれていく。

 揺れるイルミネーションの淡い光り。

 そんな光景を瞳に映しつつ、理莉は数度またたくと、鼻先をかすめた一片の灰雪とともに視線を落とした。


 なぜか自分の目の前に、高校の制服を着た女の子が、血まみれになって倒れている。


 腰まである緩やかなウェーブのかかった黒い髪。閉じられた眼瞼まぶたを縁取る、同様に黒く長い睫毛まつげ

 マスカラいらずのひそかなお気に入りも、低めの鼻で帳消しだな……と、理莉は心の中で自嘲する。そう、自嘲したのだ。

 自嘲とは、“自分で自分の欠点をあざ笑うこと”を指す。


「え?あ……、あれ?ちょ…、私っ⁉この人、私だあっ!!!!」


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