「…え、な、なんで?…何で
舗装もされていない石だらけの田舎道。その数メートル先に、幼なじみが立っていた。
見慣れているはずの姿なのに、なぜか不思議と懐かしい。
その奇妙な感覚に思わず立ちすくむ。
「……
自分の名を呼ぶ耳慣れた声に、ドクンッ…と、ひとつ心臓が跳ねた。
直後、世界から音が消える。
キラキラと揺れる薄茶色の髪。すらりと長い手足。背は、なんだか伸びた?…みたい。きっともう180㎝はありそうだ。いつの間にか男っぽさを増した体躯に、白のワイシャツが嫌味なほど似合っている。
相変わらずの、少しだけ長めの前髪……。
その隙間から覗く、濃い琥珀色の瞳と目が合った。――瞬間。
ガンッ‼
「あいたっ!」
突然、真上から頭を叩かれた。……と思ったけれど、全く痛くない。
不思議に思って恐る恐る目を開けると、いつの間に移動したのだろう。見下ろすように海斗が目の前に立っていた。
伸ばし切られた右腕の先で、一本の並木が殴打の余韻に揺れている。
緑葉がハラハラと、夕日のオレンジ色を反射させながら、ふたりの頭上に降ってきた。
まるで祝祭日の終わりに舞うコンフェッティ(紙吹雪)のよう。
その情景をぼんやりと見つめながら、ふと、海斗のこめかみに浮かぶ青筋を発見した時、理莉は条件反射的に悲鳴を上げた。
「きゃぁあああ~~っ!ごっ、ご、ごめんなさいっっっ‼‼」
「このっバカ理莉っ!お前こんな所で何やってんだよっ!」
「あわぁわあわわ…、まっ、待って!まってまって!やだやだっ怖いよっ!海斗くんっ‼」
「何でここにいるのか、聞いてんだよっ‼︎」
「ひぃいいいい~~~っ‼」
咄嗟に両手で頭を庇うとうずくまる。小学生からの、長い、長ぁ~い付き合いだ。次こそデコピンぐらいは飛んでくる。
そう確信したにもかかわらず、予想に反して訪れたのは、しばらくの静寂だった。
「あ…、あり⁇」
腕の隙間からチラリ…様子を伺うと、海斗が自分と同じように頭を抱え、しゃがみ込んでいる。
こんなに打ちひしがれた姿を見るのは初めてだ。これは只事ではない。理莉は思った。
天変地異の前触れではなかろうか。
「……あの…、だ、大丈夫?海斗君…」
「……」
「…ぇと…、ねぇってば…」
「……」
「……(黙っちゃった…)」
海斗はうなだれたまま、顔を上げようとしない。なんだか調子が狂ってしまう。
いつもなら、理莉の片耳くらい引っ張ったうえで、『この耳は飾りか⁈さっさと聞かれたことに答えろよ!』とでも言いそうなものなのに……。
とはいえ、これ以上藪をつつく度胸はない。そんなことをしようものなら、蛇どころか何が出てくるかわかったものじゃない。
理莉は途方に暮れつつ、しばらく二人で座り込む。
そして、よくよく海斗を見た。
性格はともかく、外見だけは極上のこの怖い幼なじみは、体中に葉っぱを貼り付けていても、いつも通り、見栄えよくていらっしゃる。
そう。いつも通りなのだ。
なのに、ますます強くなる、この違和感は何だろう?
――ザワリ…、夕下風が吹き抜けた。
巻きあがる海斗の髪。
すぐ横の、広くなった背肩幅。……に、突然。
――ザワリ…、焦燥感が沸き上がる。
そこに、ある。確かな時の流れ。
理莉が知らない、明らかな空白の時間があった。
煽られた緑葉が、勢いよく海斗の背後へと連れ去られていく、その様を、理莉は誘われるがまま目で追った。
視線の先に広がる、見慣れたはずの、でも、なぜかしっくりこない情景。
突風にたなびき、霧が晴れ渡るように、今、世界が明度を増す。
――え……?
理莉が躊躇いがちに立ち上がる。
落日に裾を燃やされながら、悠然と広がる焼け空には、遮るビルの影はおろか、送電線の黒いシルエットはない。
きれぎれの雲が逆光の夕日に輝き、夜の藍色を染み込ませながら、昼を明け渡していく、薄明の刻。
ポツポツと灯り始める外灯。
家路を急ぐ人々。
街の喧騒の遠鳴り。
ありきたりの日常が、目の前の景色と何一つ重ならない。
森の奥から響いてきた、日本ではまず耳にしないだろう、狼の遠吠えに愕然としながら、理莉はポツリ…呟いた。
「ココ、どこ……?」
サーモンピンクのワンピースに重ね着した、農作業用のエプロンを、ぎゅっと、握り締める。
事ここに至って、理莉はようやく気付いたのだ。
いつの間にか、“異世界”で、楽しく幸せに暮らしていたことに。
「……マジ、信じらんねぇ…。ありえねぇー…」
海斗が短く呻く。
岩と雑草だらけの荒れ地に、ふたりの長い影が伸びる。
道標のようにポツポツと村まで続く
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そもそもの始まりは、半年ほど前。
クリスマス・イブの日の出来事だった。
厚い雲に覆われた空から、ついに雪が舞い落ち始めると、赤と緑でラッピングされた華やかな街並みが、ゆっくりと白いベールに包まれていく。
揺れるイルミネーションの淡い光り。
そんな光景を瞳に映しつつ、理莉は数度
なぜか自分の目の前に、高校の制服を着た女の子が、血まみれになって倒れている。
腰まである緩やかなウェーブのかかった黒い髪。閉じられた
マスカラいらずの
自嘲とは、“自分で自分の欠点をあざ笑うこと”を指す。
「え?あ……、あれ?ちょ…、私っ⁉この人、私だあっ!!!!」