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第6話

 小さな体躯のアルボアが、ボスの命令に従い、一斉にソウキとラヴィの二人へと攻撃を仕掛けた。


 アルボアたちの攻撃は包囲からの波状攻撃。


 タイミングを合わせられれば厄介な攻撃ではあるが、しかし、アルボアとソウキの間には覆せないリーチの差が存在する。


 一歩踏み出し、一斉攻撃のタイミングをずらし、リーチに勝るソウキが先手を叩きこむ。


 長剣の袈裟斬りにアルボラクが一刀両断で地に沈む。


 ラヴィに襲い掛かったアルボアは、雑魚に等しいホーンラビットに勝ち誇った顔を浮かべるも、その表情は文字通りに、すぐに掻き消えた。


 光に視界を潰されると同時に全身が焼かれ、息絶える。


 それはラヴィの角から放たれた光線だった。


 直撃を受けたアルボアの顔面が吹き飛んでしまっており、その威力を物語っていた。


 両者の実力に、ボスからの命令も忘れて、怖気づくアルボアたち。


 その様子にラヴィが大きく口を開けて欠伸をした。かわいい


 それを隙だと感じたアルボアの一体が果敢にも襲い掛かるが、さっきと同じように極光に呑み込まれ、アルボアが空しく散る。


 そんな中、唖然とするアルボアたちをソウキがゴミを掃くようにして次々を切り捨てていく。


 月夜に照らされた長剣の残す闇夜の銀線。


 眩い光とともに悪を散らす地上の月明かり。


 二つの輝きが、周囲に蔓延る魔物を次々と蹴散らし、そして遂にお山の大将を丸裸にした。


 「子分に紛れて攻撃してこないのか?得意だろそう言うの」


 圧倒的な力の差を理解してしまったアルボラクにはもう戦う意志など残っていない。


 アルボラクは森の中へと逃げ込むため、地面を蹴ろうとしたその時、男の声を間近で聞いた。


 「懐かしいな。森の中がお前らの本領だもんな」


 十分距離が離れていたにも関わらず、アルボラクに気付かせることなく距離を詰めたソウキにアルボラクが呻く。


 「終わりだ」


 その言葉と共に、一つの銀線が夜の帳に引かれた。


 そして、上半身と下半身が泣き別れたアルボラクがその場に崩れ落ちた。


 「分かっていたことではあるけど、余裕だったな」


 「ピィウ」


 当たり前だと言わんばかりのラヴィにソウキが微笑む。


 アルボアの襲来に眠りを邪魔されたラヴィが、再びソウキの頭に飛び乗って欠伸で口を開けて足を畳んだ。


 「お前は自由だな、ほんと」


 ソウキが相棒の姿に呆れたように笑っていると、テントの中から、少女が顔をだした。


 「あ、あの、もしかして……たお、されたんです、か?」


 オドオドとしている少女、フェルマが恐る恐る外の様子を伺い、その光景に驚愕した。


 「ひっ!こ、こんなに!?」


 驚いて声を跳ね上げるフェルマにソウキがゆっくりと近づいた。


 そしてその時、前方の方から男たちの歓声が上がる。


 「あっちも終わったらしいな」


 「あ……」


 勝鬨にフェルマが安堵の表情を浮かべると、その場に崩れた。


 「……たすかった」


 恐怖が去って尚、身体の震えが止まらない様子の彼女にソウキが近づいて頭を撫でた。


 「怖かったな。もっと早く倒せれば良かったんだけど」


 フェルマは安堵からくる涙に濡れて上手く言葉を返すことが出来ずに嗚咽を鳴らすしかできなかった。


 そんな中、誰かが急いで走り寄ってくる気配をソウキは背中に感じて振り返る。


 すると、そこには血相を変えた騎士団長の姿があった。


 「大丈夫か!?」


 勝利に浮かれる事無く、すぐに手の回らなかった後方の安否の確認に走った、といったところだろう。


 そして無事な二人を見て、表情を和らげるも、その表情はすぐに引き締まった。


 「これは、一体」


 彼が見たのは当然、そこに放置されたままの魔物の死体。


 前方を襲った本体に比べれば少数ではあるが、それでも戦力が無いに等しい最後方では成す術もない脅威と言える。


 「お前がやったのか?」


 騎士団長のその問いかけに、ソウキが答える。


 「はい」


 「そうか」


 その言葉に嘘がないことを感じ取った騎士団長が現場の様子を眺めて一つ頷く。


 「仔馬級だと聞いていたから戦力にはならないだろうと思っていたが、まさかここまでの実力者だとはな。フェルマの嬢ちゃんを助けてくれてありがとう。恩に着る」


 そう言って、騎士団長が右手を差出した。


 「彼女は俺の雇い主ですからね。当然です」


 「雇い主はウィーズベル様……まぁ、いいか」


 苦笑いを浮かべた騎士団長がそう言えばと口を開く。


 「自己紹介がまだだったな。俺はギルバート・ハインケルだ」


 「ミトカワソウキです」


 「侍従長から聞いているから知っている。そして今、勇敢な冒険者であることを知った。よろしくなソウキ。あと数日の付き合いだが、嬢ちゃんを頼む」


 「もちろんです。俺のできることなら全力で」


 二人が固い握手を交わす中、いつの間にか話題の中心にされたフェルマがおろおろと二人を交互に見る。


 「わ、わ、私もソウキさんのご迷惑にならないように頑張りまふ!」


 自分の扱いに気後れして甘噛みするフェルマだったが、そこに新たな男の声が届いた。


 「そ~んな所にいるから危険なんじゃないかね~。フェルマくん~」


 ねっとりとした厭らしい声にフェルマの身体が硬直した。


 「ウィーズベル様、馬車の外が完全に安全だと決まったわけではございません。危険ですので馬車にお戻りください」


 騎士団長───ギルバートの注意に対して、一睨みして黙らせるウィーズベル伯爵。


 「悪いね~。私の騎士たちが不甲斐ないばかりに、君のいる最後方まで人員を回せなかったのだよ」


 「き、気にして、いません……」


 フェルマも仕方のないことだと理解しているし、苦い顔をしている騎士団長であるギルバートを責めるつもりなど微塵もなかった。


 「こんな所にいられると、私の手も届かない。どうかね?私の専属メイドとしてで雇われるというのは。金も弾む、安全も保証される。悪い話だとは思わんのだがね」


 ウィーズベルのフェルマを舐めまわすように見る目線が、その言葉の意味する所をありありと物語っていた。


 専ら、彼もそれを隠すつもりもないのだろう。


 それは分かりやすく、


 断るのも難しい、半強制的な奉仕の要求に等しかった。


 「困ります。ウィーズベル伯」


 「は~ん?」


 横からの言葉にウィーズベルが眉を顰めた。


 ソウキの乱入にギルバートが青い顔を浮かべ、どうフォローを入れるべきかと焦りを見せる。


 フェルマもまた、庇われるとは思っていなかったのか、ソウキにやめてくれと目で訴えていた。


 「彼女は私の教導を取る先輩の立場です。まだまだ教わることも助けて頂くことも多々ございます。その中で彼女を引き抜かれますと、皆さんの旅路に不便を齎してしまう可能性が出てきてしまいます」


 「自分の不出来を補うために彼女が必要だと?」


 「そもそも今回の旅路には雑用係が二人だと決められていたはず。その中でこのような新人を一人にさせるのはやや無謀かと。毎日の準備が滞り、到着が遅れてしまうかもしれないですね」


 半分脅しのようなソウキの言葉にウィーズベルの機嫌が明らかに悪くなった。


 「ふん、多少腕が立つからと、随分と偉そうな冒険者だ。ホーンラビットのような雑魚を頭に乗せているから少女趣味の変態かと思ったが、若い冒険者にありがちな己惚れた怖いもの知らずだったようだな」


 「ピィィウ」


 「ウィ、ウィーズベル様!彼の言う通り、この人数の雑用を熟すとなると一人では無理です!そ、それに、わ、私のような庶民が、き、貴族出身のご息女様たちの多い侍女の方々の近くに常にいるのは少し、こ、こわい、です」


 ソウキを庇う様に前に出たフェルマが、ウィーズベルに自分では荷が重いと陳情。


 それを聞いたウィーズベルが、ならば、と厭らしく笑う。


 「なら、夜の間だけでも良いぞ?仕事が全て終わったあと、ほんの少し、相手さえしてくれれば金貨をだそう」


 意地になったウィーズベルが逃げ道を徹底的に潰し、彼女を追い詰める。


 ウィーズベルの言う通り、この時間は特に何もすることはない。


 仕事も終わって寝ようかと考えていたほどだ。


 そして、やることのなくなったフェルマがさっさと寝る時間でも、ウィーズベル伯爵の馬車の灯りが消えることはない。


 「そ、それは……」


 「う~ん?どうなんだ~」


 まさか断るとは言うまい。


 そう言外に脅しを込める。


 「正直辞めた方がよろしいかと」


 「……また貴様か」


 引っ込んでいろと言いたげなウィーズベルを無視してソウキが続ける。


 「直前まで、騎士や兵士の方々の衣服を洗濯しておりました。鎧の下に着こんだむさ苦しい男たちの汗や垢がしみ込んだ汚い服です。その悪臭と来たらまるで、そこのアルボアのような鼻の曲がるほどの悪辣さ。その臭いが付いた女がウィーズベル伯の馬車に乗り込めば、中のあちらこちらに臭いが移ってしまうことでしょう。聖域都市に着いた頃には鼻が馬鹿になっていることは間違いなしです。せっかくの聖域都市の持て成す料理も花も、全て台無しになりかねません。それでもよろしいのでしょうか?」


 そう言ってソウキは彼女の両肩に手を置いてウィーズベル伯の前に突き出した。


 「え、え?」


 「さぁ、嗅いでみてください」


 「なにをい─────って、くっさぁぁああ!!!」


 近づいた彼女の元から風に乗って漂ってきた悪臭にウィーズベルが鼻を摘まんで跳ぶようにして後ずさった。


 「えぇ!?」


 そのあまりの反応にフェルマがショックを受けて口を覆った。


 「ぐ、まさか、こんなに酷いとは……所詮は下賤な仕事しかない庶民ということか!もういいわ!興が失せた!私はもう寝る!」


 ふんふんと怒りながら帰っていくウィーズベルにソウキが胸を撫でおろした。


 「ソウキさん!わ、私ってそんなに、く、臭いんですかぁ!?」


 ショックのあまり泣きそうなほどに気が動転する彼女にソウキが申し訳なさそうに頬を掻く。


 「アルボアの血だな」


 静観していたギルバートが鼻をひくつかせ、その正体を当てた。


 「流石ですね。まぁ、アルボアと戦ったことがある人なら気付いて当然なんでしょうが」


 彼女を前に押し出す際に、彼女の首に少量つけておいたのだ。


 それが風に乗ってウィーズベルの鼻にまで届いた。


 そういうからくりだった。


 「ソ、ソウキさんッ……?」


 「あ」


 無事に解決したと、ギルバートと共に笑っていたソウキだったが、静かな怒りを覗かせた彼女の声を聞いて固まった。


 彼女が首に手を当て、その手の臭いに顔を顰め、


 「なんてことするんですかぁぁあ!!」


 涙を蓄えてそう叫んだのだった。


 その晩、何度も何度も水で洗っても落ちない悪臭に悩まされ、彼女は十分に寝付けなかったと朝にはソウキに語って見せたという。


 当然、ソウキは謝った。





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