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第5話

 騎士たちの怒号が飛び交い、野営場に慌ただしさが満ちる。


 交代で眠りに就いていた騎士たちが警報を知らせる鐘の音に条件反射で飛び起き、鎧に身を包む。


 「アルボラクの群れを確認!既にかなり接近を許している!なんとしてでもウィーズベル伯をお守りしろ!」


 騎士団長の号令に騎士や兵士たちの顔が引き締まる。


 ウィーズベル伯のいる中央の馬車に戦力が集中。


 中でも最大戦力たる騎士たちが取り囲むようにして集まっている。


 そして、魔物の集団がいる前方に兵士や術師たちが陣形を組み、迎撃の態勢に入った。


 敵戦力の大きさに余裕がないのか、ほぼそのすべての戦力がウィーズベル伯を中心にして集まっており、交代を待つ待機中のメイドや、雑用係であるソウキやフェルマの近くには護衛はいなかった。


 有限である戦力の配分は当然、主人であり、使者であるウィーズベル伯が最優先。


 そして、そこから遠い所から足切りされていくことも当然の事だった。


 魔物は確かに前方に集中している。


 魔物と、戦力を含めたこちらの人員の配置を思えば、後方に位置するソウキとフェルマに危機が訪れるとも考えづらい。


 しかし、騎士団長が口にした魔物の名前を思い出して、頭の上に眠りこけるラヴィの頭を撫でた。


 「アルボラクか」


 その言葉に、ラヴィが片目を開いて、また閉じた。


 ソウキは念を入れるようにして、その場から離れ、フェルマのいるテントへと足を運んだ。


 粗末でこじんまりとした一人用のテントの前でソウキが声を掛けた。


 「フェルマ、いいか?」


 ソウキの呼びかけに、か細い声が返ってくる。


 「開けるぞ」


 テントを開いて中を覗く。


 そこには足を小さく畳んで抱え込み、震える少女の姿があった。


 「魔物が近くに迫っているらしい」


 「は、はい……きき、ました」


 「魔物の数が多くて、後方にまで回せる人員が居ないそうだ」


 「わ、私は、だい、じょうぶです。な、慣れてます、から」


 その言葉が虚勢であることなど、震える体と声からして一目で分かる。


 「そうか」


 ソウキはそのままテントを閉め、フェルマに背中を向けた。


 「あっ」


 切なげに漏れ出た声を背中に受けて、ソウキがその場に座り込む。


 そしてテントの外からソウキが優しく彼女に言葉をかけた。


 「外にいるから、安心してくれ。魔物が来ても俺が追っ払うから」


 その優しい声色に、今度はフェルマが心配する。


 「で、でも……今回の魔物は強いって」


 彼の冒険者の等級は仔馬級。


 冒険者として新人ルーキーの立ち位置を示すこの階級はその殆どの者が戦闘経験に乏しい。


 そして今回この旅団を襲っているのは、数も伴い苦戦を強いられる魔物の群れ。


 いくら騎士たちの戦術が守りに偏重している事からくる苦戦だとしても、仔馬級程度の冒険者にどうこうできるような相手だとは、フェルマには思えなかった。


 「あ、ありがとうございます」


 それでも、彼の言葉は彼女の胸に憑りつく不安と恐怖を軽くする程度の効果はあった。


 彼に甘えている。


 フェルマは他人に命の危機を肩代わりしてもらうようなこの状況に甘んじてはいけないと、頭ではわかっている。


 しかし、こちらを落ち着かせるような、甘えて縋りたくなるような、そんな力強さと自信を感じさせるような彼の言葉には抗い難かった。


 フェルマがテント越しに映る彼の影を見つめる。


 その背中を眺めながら、彼女は自分の身体が既に震えていないことに気付いた。


 ◆


 前方からソウキたちのいる後方まで戦闘音が聞こえてくる。


 騎士の号令、兵士の怒号、術師たちの神術による砲撃音。


 戦いの音が戦闘の過激さを物語っていた。


 恐らくアルボラクの数はそう多くない。


 しかし、その手下となるアルボアの数はかなり多そうだ。


 ソウキは彼らの形成した陣形を思い出す。


 後ろへと抜かれないように組まれた穴のない固い陣形。


 主を守るための堅守を誇るその陣形は、しかし、攻めの陣形としては無駄が多い。


 攻撃範囲が被り、遊びの効かない密集陣形は、長期戦を余儀なくされる。


 勝負を早期に決めたいと誰もが焦れるが、それは奴らも同じ。


 「来たか」


 守りを突破できないのなら、奴らがとる手段は一つ。


 数と速度、そして周囲の樹々を利用した隠密での後方からの奇襲だった。


 葉の濃い樹の中を、次から次へと飛び移り、高速で移動することを得意とする猿のような魔物アルボアと、その首領種であるアルボラク。


 先陣を切って現れたアルボラクに、ソウキが立ち上がって正対する。


 人の背丈を上回る大柄な猿人類のような見た目のアルボラクの周りには、それよりも小さな、チンパンジー程度の大きさのアルボアが控えている。


 「懐かしいな、なぁラヴィ」


 「ピィウ」


 「あの時は辛酸を嘗めさせられたよな」


 苦い記憶を掘り起こしたソウキが剣の柄に手を掛けた。


 「お前らなら、背後を突くくらいやるだろうって思ってたよ」


 剣を抜き放ったソウキがテントに目をやった。


 中から震える彼女の気配を感じた。


 「ラヴィ、さっさと終わらせよう」


 「ピィウ」


 返事の様に鳴き、ソウキの頭からラヴィが降りる。


 警戒を剥き出しにするアルボラクが、手下である一匹のアルボアに手を振り指示を出す。


 飛び出してきたアルボアにソウキが剣を合わせて振り抜いた。


 その場から一歩も動くことなく、半身を横に両断されたアルボアがソウキの目の前で崩れ落ちた。


 夜の帳の中であっても、存在を示すように輝くソウキの握る長剣には血糊一つ着いていない。


 月明かりが照らすにしてもその輝きの強さは不自然だった。


 ソウキの強さを調べるために手駒を一つ消費して、一当てしたが、強さの上限を測ることが出来ずにアルボラクが苛立たし気に鳴いた。

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