ソウキがこの旅団の雑用係として仕事を始めて早くも一週間が過ぎ、聖域都市までの道のりの半分の所まで来ていた。
ソウキの雑用は侍女が神術で生み出した水での洗濯や備品のチェック補助、大量の荷物を持ったりと仕事は多岐に渡った。
中には魔物との戦闘で汚れた武器や鎧を綺麗に磨いておけという仕事を騎士から押し付けられることもあったが、それを見とがめた騎士団長殿にその騎士がこっぴどく怒られてからというもの、そう願い出てくる人間は出て来なくなった。
旅は順調そのものだ。
日に何度か魔物に襲われることはあるが、この戦力を前に掃かれるように易々と蹴散らされている。
そもそも街道沿いは普段から王国の軍や冒険者が狩りを行い、安全の確保が続けられている。
そのため比較的弱い魔物が多く、今のこの旅団の持つ戦力は過剰とも言えた。
そんな中での旅路なため、ソウキも安心して同行出来ていた。
しかし、移動中は良いが、今の時間、陽が落ち始める時間になると少し面倒になる。
馬車も足を止め、馬を休ませ、自分達も食事や眠りに就く夜。
その食事の時間あたりになるとソウキは溜息を吐きたい気分になる。
のっそりとした足音が耳に入り、若干気分が落ちた。
「おぉ~う。雑用係くんご苦労だね~」
その原因である人物。
ラニベール・イェン・ウィーズベル伯爵。
この旅団の最高責任者であり、国の中枢の人間。
特権階級に属する貴族であり、聖域都市国家に向けて派遣された使者であるその人だ。
そのでっぷりとした腹をソウキに向けて、嫌味な表情を浮かべてくる。
「ご機嫌麗しゅうございます。 ウィーズベル伯」
立ち上がり、胸に手を当て頭を下げるソウキに、ラヴィが慌ただしくバランスを取る。
「ふん、相変わらず魔物なんてものを連れて酔狂だね~。これから向かうのは聖域都市だというのに。あちらについたら、都市を守るという八聖獣に処分されてしまうのではないかね~?」
相変わらずの魔物嫌いだ。
旅路が始まってからと言うもの、彼の方からソウキに対して、こうして嫌味のように絡んで来ていた。
最初は馬車の群れの中央にいる彼と関わることは無いだろうと思っていたソウキだったが、食事の終わり、皆の食事の始末中に遠目に見られてしまい、それから始まった。
ラヴィを馬鹿にされることに我慢の効かない方であるソウキではあるが、当の本人であるラヴィが気にした様子もなく、ソウキを宥めたため、ソウキもウェーズベルの言う事を聞き流し、我慢することにした。
「お戯れを。確かに聖獣様は魔物に対して苛烈ではありますが、理性の効かない存在ではありません───とそのように聞き及んでおります。使い魔であれば彼らもまた見逃してくれるでしょう。私も聖域都市へとご同行させて頂く身でございます。聖獣様に対する常識程度、そのように試されずとも身に着けておりますので、ご心配される必要はございません。しかし、そんな卑賎な身分の私を案じて知識を与えてくださろうとされるウィーズベル伯の懐の深さに感謝痛み入ります」
「ふん、知ったような口を」
恭しい態度のソウキに毒気を抜かれたのか、鼻を鳴らして、ウィーズベル伯爵がその場を去った。
「はぁ」
日に日に絡み方が面倒になってくるウィーズベル伯爵にソウキも溜息を吐く。
心配そうにするラヴィの背中を撫でて彼女を安心させるソウキ。
「大丈夫だよ。怒ったりしない。帰るまでは我慢するよ」
長い旅路にウィーズベル伯爵もストレスが溜まっているのか、周りに対しての辺りが強くなってきていた。
それに騎士や兵士もびくびくとしているのが見受けられ、疲れが表情から伺えた。
旅の道程はまだ半ば。
これからまだ当たりが強くなると考えると他の人たちも気が気でないだろう。
「は、伯爵様は、もう行きました……?」
それはフェルマも同様であり、こうしてウィーズベル伯爵の気配を察すると逃げ隠れるようになっていた。
「大丈夫だ。もう自分の馬車に戻ったぞ」
「そ、そうですか……よかったぁ」
ソウキの言葉を聞いて安堵の表情を浮かべると、ソウキの近くに腰を下ろした。
「えへへ、でも凄いですね。ソウキさんは」
「うん?なにが?」
不器用な笑顔を浮かべる彼女に首を傾げる湊。
「だって、あの方は貴族様ですよ。なのに、あんなに堂々と……」
「慣れてるだけだよ」
その返答になにを思ったのか、フェルマは座る姿勢から更に身を屈めるようにしてソウキの顔を伺った。
「も、もしかして、ソウキさんって、偉い人?ですか?」
先ほどの言葉遣いといい、貴族相手にも物怖じしない態度と言い、平民のフェルマからしたら相当に難しいものだった。
だから彼女はソウキの正体が、異国の貴族、ウィーズベル伯のような偉い立場の人間なのではないかと危惧していた。
もしそうなら今までの態度やらが問題になるかもしれないからだ。
雑用係なぞ、させられる訳もない。
「貴族なんかじゃないよ。心配しなくていい」
ソウキはフェルマを安心させようとして、そう口にするも、まだ彼女の顔色は優れない。
「ま、まま、まさか……お、王族……とか……ッ!」
そう口にしたとき、フェルマは更に縮こまって小動物のように体を震わせていた。
綺麗な金色の大きな瞳が僅かに潤んでいる。
「はは、王族とかでもないって。安心して。ただの
その言葉に嘘を感じなかったフェルマは今度こそ安心した顔を見せてくれた。
「よ、よかった。でも、そうならもっとすすごいです」
「ありがとな」
照れたように言う彼女にソウキが素直に感謝を伝えるも、ソウキの真上にいるラヴィの気配が強くなり、フェルマが不安そうな顔でソウキに尋ねた。
「あ、あの、もしかして私、ラヴィちゃんに嫌われてますか?」
「こら、ラヴィ。ダメだろそんな風に睨んだら。ごめんな、よくわからないけど、ラヴィは時々こうなっちゃうんだ」
「い、いえ。私の方こそご機嫌を損ねさせたようで、ごめんなさい」
彼女は少し臆病で遜りすぎる部分があるが、いい
そして小柄だが、器量も良い彼女はウィーズベル伯に目を付けられている。
御付きのメイドはスタイルの良い女性で固められているが、理由はそう言ったことだ。
彼女のスタイルはウィーズベル伯の好みから外れてはいるが、今いるメイドを抱き飽きてきたウィーズベル伯が、見た目の可愛らしい彼女に新しく目を付けたのだ。
メイドたちと体格が大きく違う彼女ではあるがそれを埋めるほどには可愛い。
ソウキから見ても十分に美少女だ。
「そんなことより気を付けるんだぞ。ウィーズベル伯、君のことエロい目で見てるし」
「エッ、エロ─────!?う、やっぱり、私そういうことさせられるんでしょうか……」
「いや?」
「い、嫌ですよ!あ、当たり前です!」
「悪い、気分の良い物じゃないよな当然」
そりゃそうだ、とソウキはフェルマに謝った。
「もし、ウィーズベル伯になにかされそうになったら言ってくれ。なにかできるかもしれないから」
「ありがとう……ございます」
しかし、その言葉でも彼女の不安を払拭させることはできない。
当然だ。
ただの雑用係の平民が、王国の貴族相手にないができるというのか。
そう口にはしないまでも、彼女の思う事は他の誰でも同じように思う事だった。
無責任だと言われても仕方のない言葉ですらあった。
「そろそろテントに戻りな。俺は火番してるから」
「は、はい。いつもすみません」
彼女は頭を下げて自分のテントに戻り、眠りに就いた。
いつものようにソウキが静かに夜を過ごそうとしていた時、騎士たちのいる馬車の方から騒がしい声が聞こえ始めた。