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第58話 捕らえられたサカン

1980年代前半 夏頃 夜 渋谷駅


士官生1年・永田は、同級生2人と渋谷周辺を流した後、自宅に帰るため渋谷駅構内を歩いていた。

地元で手の付けられない不良だった永田は、地元で入学できる高校がなく、仕方なく日本一の不良学校・国士館高校に入学した。

1年の4月から先輩からのヤキや同級生たちとの喧嘩で、正直3年間国士館での生活を全うできるのかと内心不安であったが、それも3か月たった今、結構慣れ、学校へ行くのも億劫ではなくなっていた。

なにより、この白シャツに黒の長ズボン姿の自分を見るだけで、都内の不良たちが自ら道を開けるその光景は非常に快感で、「俺は士官を背負っている」とばかりに、都内を肩で風を切って歩いていた。


「じゃあ、また明日な」

「おっすおっす」


永田は、他の2人と軽い別れの挨拶をして、JR埼京線(大宮方面)のホームへ向かった。

永田が、1人でJR埼京線のホームに繋がる階段を下っていたそんな時だった。


「お!?あいつ・・・・・・」


ホームから男の声が聞こえてきた。

永田は、声がした階段下のホームに目をやった。


「ごらぁ!サカン!1人で何やってんだテメー!」


3人組の制服姿の男たちが、階段下で横一列になって永田をお出迎えしようとしていた。


(!!)


声に驚いた永田は、下り階段の中ほどで足を止めた。


(めんどーな奴らに会っちまった・・・・・・)


階段の下ホーム上で待ち受けていたのは、白シャツにサンペンのバッチを付けた朝鮮高校生3人組であった。

永田は、その場に静止していた。

逃げるか逃げまいか考えていたのだ。


1973年の新宿・高田馬場決戦でチョーコーが士官高・大連合を圧倒して以降、チョーコーと国士舘のミリタリーバランスは完全に逆転。

28話、29話でも書いたように、メディアによる国士館へのバッシングもチョーコーへの追い風になり、80年代の士官は、新宿・高田馬場決戦での敗北による劣等感も相まって、チョーコーを見かけたら、ほとんど蜘蛛の子を散らす様に逃走していた。

日本一のごんたくれ集団も恐怖で逃げる。

まさに、恐怖のサンペンの絶頂期であった。


横一列に並んだ、3人のチョーコー生の真ん中に、身長が155cmぐらいの背が低い男がいた。

名前は、チョーコー3年・パク・リョンドン。

当時100人に1人しか黒帯になれないと言われた極真空手で、チョーコー2年時に黒帯を免状された男である。

70年代80年代の極真ブームの時代、朝鮮学校の生徒たちも多数極真空手に入門していた。

もちろん、大山倍達総裁が在日コリアンなのも大きな理由の一つだった。

しかし、その激しい稽古ゆえに、多くの朝鮮学校生が挫折して途中で辞めていった。

パクは、その地獄のような極真の稽古に耐え抜いて極真の黒帯を手に入れた男であった。

その、パク・リョンドンが永田に近づく。


「・・・・・・」


永田は、平然な顔をしていたが、足が小刻みに震えていた。

まだ、一度もチョーコーと衝突した事はなかったが。

中学時代もチョーコーの恐ろしさを嫌というほど耳にしていた。

アウトロー界の端とはいえ、その界隈に身を置く永田ゆえに、尚更一般ピーポーよりもチョーコーの噂を耳にする機会は必然的に多く、何度も耳にした結果、チョーコー=喧嘩をしてはいけない組織、という刷り込みに近い恐怖を植え付けられてしまっていた。


「アニョハセヨ~。チョッパリさん」


パクは、永田に近づくと、笑顔で挨拶した。


「・・・・・・」


それに無言で返す永田。


ゴスッ!


「うっ!」


パクは、笑顔のまま躊躇なく永田の鳩尾に右腕でアッパーボディ(下突き)をかます。

永田は、そのアッパーボディで思わず声を漏らした。


「おらぁ!てめーこっちこい!」


パクは、殴った後、態度を豹変。

殴った手とは反対の手で永田のシャツの襟首を掴み、階段下まで引っ張っていった。

階段下のホーム上では、チョーコー生2人が待機していた。



永田は、3人組のチョーコー生に挟まれる形で、JR埼京線・大宮方面の電車を待っていた。


「サカンが調子のってんじゃねえぞカス!」


永田の隣に陣取ったパクは、罵声を浴びせながら、革靴で永田のスネを何度も蹴り、ボディブローを連打していた。


「・・・・・・」


パクの執拗なヤキ入れにも、永田は無言を貫いていた。


(十条に連れてったら、ぶっ殺したる)


パクは、永田をチョーコーのナワバリである十条に連れて行って、徹底的にボコしてやろうと考えていた。

背が小さいゆえに、他人からなめられやすいパクは、その反動もあり、非常に好戦的な男であった。


「まもなく3番線に───」


JR埼京線の電車が、渋谷駅に到着するアナウンスがホームに流れた。


プシュー。


JR埼京線のホームに電車が到着してドアが開く。


ザワザワ。


電車内から、ホームに多くの乗客が降りてきた。

それを3人のチョーコー生と1人のサカンがドアの横で律義に待っていた。


「おら、いけ」


パクが永田の背中を押して、電車内に入れようとする。

押されるような形で、永田は、電車内に乗り込んだ。

電車内には、まだかなりの乗客が残っていた。

その時だった・・・・・・。


ダッ!


電車内に入った永田が、急に右方向(池袋方面)へダッシュしたのだ。

電車内の人ごみをかき分け走る永田。


「まてこらぁ!」


チョーコー生2人が慌てて後を追う。


「逃がすな!」


まだホーム上のドアの前にいたパク・リョンドンは、永田の逃げた先で待ち構えるために、ホーム上から池袋方面へ同じくダッシュ。


「ハァハァハァ!」


永田は、乗り込んだ車両内の別のドアから脱出して逃げようと画策していた。


(ここを出たら、一気に階段まで駆け上がって───)


永田が、開いた状態のドアから外にでた。

そして、近くの上に上がる階段へと行こうとした瞬間。


「誰が行かすかボケェ!」


永田が、ドアから外に出た瞬間を狙って捕まえようと、パクが永田の右方向からダッシュで接近。

下半身に向かってダッシュした勢いのままタックルを敢行した。


(よっしゃ!捕まえた───)


永田の下半身に組み付こうとしたパクは成功を確信。

だが・・・・・・。


(あれ、消えた───)


永田の下半身にタックルして組み付こうとしたパクの両腕を、永田はジャンプしてすり抜けた。

それをパクは、永田が消えたように錯覚してしまった。


(どこだ!)


パクは、タックルの態勢から体を起こすと、辺りを急いで見回す。


「階段だ!」


電車の中から、チョーコー生の1人、3年のリー・ギュソンが朴に向かって叫ぶ。

その指示に、階段方向へ目をやるパク。

パクの視線の先には、階段を駆け上がろうとする永田が見えた。


「テメー!誰が逃がすか!」


パクが永田の後を追って猛ダッシュ。

階段を一段飛ばしで駆け上る。

その際、女子高生とすれ違った。


「がんばれー!逃げきれー士官ー!」


すれ違った女子高生は、階段を登り切った永田に向かって声援を送った。

パクは、その声援を送った女子高生を怒鳴りつけたかったが、今はそんな事をしている状況ではないので無視する事にした。

今は、逃げるサカンを追うのが先決。

そう優先順位を決めた。





「どこ行きやがった・・・・・・」


サカン・永田の後を追っていたパクだったが。

完全に見失い、渋谷駅構内を行ったり来たりして捜索していた。

予想以上のサカン・永田の足の速さと人ごみで、パクは、追いつくことができなかった。


「パク!」


少し離れた場所から、リー・ギュソンが手をあげてパクを呼んだ。


「いたか?」

「いや、完全に逃げられた」

「しゃーねー。次だな次」


リーは、悔しがるパクを慰めた。



逃げるサカンに追うチョーコー。

1980年代では、よく都内の駅構内で見かけられた光景である。

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