目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第57話 山手線のサカン大生

1970年後半 夜 山手線 外回り 電車内



車内の一角でバカ話に花を咲かせている5人組がいた。


「帝京の野郎が後ろから削ってきやがったから、競り合いの時思いっきりパッチギくれてやったわ」

「お前のパッチギ食らってあいつ鼻からすげー出血してたな」

「いーんだよ。相手はチョッパリだ。南北に分断された、俺たちの痛みに比べれば・・・・・・」

「ははは!ユサンはいつもこーだ」


チョーコー・2年のチョン・ユサンは、今日チョーコーグラウンドで行われた、帝京高校との親善サッカー試合に出場したチョーコーサッカー部である。


そんな、電車内で話されたちょっとした喧嘩話をしている時、同級生のリャン・スンブがある人物に気づく。


「おい、あれって・・・・・・」


リャンが隣の車両を指さす。


「なんだ?サカンでもいやがったか?」


チョーコー2年・キム・ソンスが、リャンの指差す方向を凝視した。

チョーコーのライバル・士官生がいたのかと思ったのだ。

残りの3名も、隣の車両をまじまじと見た。


「・・・・・・」 


そこには、蛇腹を身にまとい、口を真一文字に結び、大股で座席の中央にドカッと腰を下ろしている士官大生が1人いた。


「おい、ありゃあサカン大の野郎じゃねえか」

「どうする?」

「何か偉そうな恰好で座ってるぞ」

「結構、強そうじゃね?」


隣の車両から、そのサカン大生を観察するチョーコー生5人

5人とも、どうするか思案していた。

都内で喧嘩最強を誇るチョーコー生も、相手がサカン大生ということと、腕を組んで、大股で座っている堂々たるその姿も相まって、警戒心の方が勝っていたのだ。


「サカン大か、よ~し・・・・・・」


そんな警戒心の中、5人のチョーコー生の内の1人、チョン・ユサンが、意を決して隣の車両へ乗り込んだ。


ガラガラガラ!


勢いよく、車両との間の貫通扉を開けるチョン・ユサン。

その大きな音に驚き、車両にいる乗客がチョンを一斉に見た。

注目されたチョンは、その視線を意に介さず、目的の男の元へ向かった。

その対象の男は、その音に気付いているのかいてないのか、目を閉じたままだ。


スタスタスタ。


ターゲットの男の元に足早に向かうチョン。


ピタッ。


ターゲットの男の前で、チョンは足を止めた。

サカン大の男は、チョンの姿に一瞥もくれず、腕を組んで微動だにしない。

近くに座っていた乗客は、その場を離れた。


「・・・・・・」


サカン大の男をのぞき込むチョン。


(寝てるのか?)


ここまで無視されるという事は寝てる可能性があると思い始めたチョンだったが、顔を近づけても特に寝息も聞こえない。

そんな時、サカン大の男がおもむろに口を開いた。


「朝鮮人ども、てめーら邪魔だ、あっちへ行ってろ」


野太い声で、チョンへ命令するサカン大の男。

このまま、一生黙ってるのかと思っていた矢先の一言だったので、チョンは内心驚いた。

それと同時に、ある言葉が引っ掛かった。


(ども?)


周りには俺1人なのに、どうして?


(あ!)


チョンは気づいた。

「ども」という言葉を使ってきたという事は、隣にいた俺たち5人をこの男は認識していたという事だ。


(ま、そんなことはどうでもいーか)


チョンは気持ちを切り替え、サカン大の男にメンチを切る。

サカン大の男は、目をつぶったまま一向にチョンを無視し続けた。


(こいつ、できるのか?)


チョンは、内心どうするか迷っていた。

相手は1人とはいえ、サカン大生。

1人でいるという事は、逆に喧嘩に自信がある証拠かもしれない。


(だが、俺は天下のチョーコーだ)


相手が年上のサカン大生とはいえ、自分は東京で名を轟かす天下のチョーコー生。

誰が相手であろうと引くわけにはいかなかった。


(一発かますか)


そう決意したチョンは、少し後ろに下がった。

と、同時に思い切り右足を前に突き出した。


ドカン!


チョンの右前蹴りが、大きな音を立ててサカン大の男の顔面に命中。

サカン大の男が微動だにしなかったのもあり、完璧な形でクリーンヒットした。

ちなみに、チョンのゲソ(革靴)の裏には、踵に金具が装着されていた。


(うわっ!まともに入った)


隣の車両で見ていた、4人のチョーコー生は、その威力に相手が憎っくきサカン大生とはいえ、ドン引きしていた。


4人のチョーコー生のドン引きをよそに、チョンは、蹴った足を引いて、組手立ちになり、サカン大生の反撃に備えようとしていた。

だが、そんなチョンの戦闘態勢とは裏腹に、顔面を蹴られたサカン大の男は、蹴られた頭をガクッと下に下げたまま、座席から床に滑るように倒れていった。


「・・・・・・」


サカン大の男は、倒れたまま一向に動かない。


「次はしんじゅく~しんじゅく~お出口は───」


その時、山手線外回りの電車内にアナウンスが流れた。


タタタタタ。


「おいユサン。行こうぜ」

「あ、ああ・・・・・・」


チョンに駆け寄ったチョーコー生4人組が、逃げようと促す。

それに頷いたチョンは、4人のチョーコー生と共に、新宿駅に着いた電車から降り、小走りに山手線ホームを後にした。


その後の、サカン大の男の詳細は、誰も知らない・・・・・・。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?