1970年代後半 5月頃 浅草神社周辺
この日、浅草では「三社祭」という、東京中から様々な人が集まって大騒ぎするお祭りが開催されていた。
三社祭とは、東京の浅草で毎年5月半ばの週末に開催される、江戸時代から続く日本のお祭りであり、ヤクザなどの今でいう反社たちにとって、日ごろのストレスを発散する場所でもある。
そして、チョーチュー生とチョーコー生たちにとっては、別の意味でお祭り的な場所でもあった・・・・・・。
「うわっ!あれ見ろよ」
「やば、チョーコーじゃん。別の場所行こうぜ・・・・・・」
三社祭にやってきたロッカー風の出で立ちをした2人組がそそくさとその場を離れた。
「お、おい・・・・・・あれって」
「見るな!喧嘩売られるぞ」
「また、何かの抗争でも始める気か??」
観光客たちが、口々に囁きあい、ある方向をチラチラ見ていた。
ザッザッザ。
三社祭が行われている浅草。
歩行者天国になっている道路のど真ん中を、観光客たちの注目を集めながら、肩を怒らせ歩く集団がいた。
その数は約100人。
都内のチョーチュー、チョーコー生で構成され、主な目的は、三社祭にやってくるサカンたちや不良を見つけ次第シバく、という単純明快なものであった。
特にチョーコーたちの狙いである国士館は、右翼的学校な事もあり、三社祭などの神事への参加は積極的で、各地の祭りで地元の不良と喧嘩したりと暴れていた。
その情報を入手したチョーコー生は、喜び勇んでチョーチュー生とチョーコー生を招集・動員。
三社祭を利用した、サカン狩りを行うことを決定したのだ。
そうやって毎年、三社祭でのチョーチュ&チョーコー生たちによるサカン狩りが行われるようになった結果、並の不良は怖くてこの祭りには近寄らないようになっていた。
チョーコー3年・カク・ヨンジュンは、三社祭周辺を1人で歩いていた。
サカン狩りで招集・動員されたはいいが、朝まで同級生たちと徹マンしていた為非常に眠く、このまま路端の花壇の上で寝てやろうかと思っているぐらいであった。
「ふわぁ~───」
「まてごらぁー!!!」
「うおっ!」
カクが欠伸をした瞬間、前方から若い男の大声(多分チョーチュー生)の怒号が聞こえてきた。
カクは急いで前方の観光客でごった返した群衆を見てみると、2人組の男が群衆をかき分けながら、こちらに走ってきているのが見えた。
1人は坊主。
もう1人はパンチパーマだった。
2人とも上は白のシャツに黒のズボンという制服姿だった。
「てめー、どけー!」
「こいつらサカンだな!休日でも制服で地回りか。愛高精神ごくろうなこった」
カクは、逃げてる2人が制服姿だったので、こいつらが士官生だとすぐ分かった。
カクの言う通り、何者かから逃げている2人組は、士官生であり、その2人組を追っているのが、20名に及ぶチョーチュー生たちであった。
「サカンだなてめーら!この先は通さねえぞボケ!」
カクが逃げる2人組のサカン達の前に立ちふさがった。
サカンを追っていたチョーチュ生たちもカクの存在に気づいた。
「ソンベ!サカンです!」
「分かってる!」
「またチョンコーか!次から次に湧いてでてんじゃねーぞ!」
目の前に立ちふさがったカクのせいで足止めされた士官生2年・長嶋哲哉は、ズボンのポケットからナイフを取り出した。
「キャー!」
カクと士官生たちを遠目から取り囲んでいた群衆の中の1人の女性がナイフを見て悲鳴を上げた。
(ちっ、ナイフかよ。めんどくせー奴だ)
「近寄んじゃねー!ぶっさすぞコラァ!」
士官生・長嶋は、背後にいるチョーチュー生たちにも、右手に持ったナイフを振り回して威嚇。
カクは、相手がナイフを取り出してきたことで一か八かの賭けに出る事を決めた。
「おらああああああ!」
カクは、大声をあげながら長嶋に向かって全力ダッシュ。
「なんや───」
その大声にチューチュー側に体を向けていた長嶋が気づき、急いで後ろを振り返ろうかと思った瞬間。
「死にさらせ蛇腹野郎ー!」
「あぶっ!」
長嶋の背中に、カクのドロップキックが炸裂。
長嶋は、カクの強烈なドロップキックで3メートルも吹っ飛ばされてしまった。
「何さらすんじゃぼけぇー!」
慌てて、立ち上がった長嶋は、ナイフでカクを刺そうと右手を前に突き出した。
「あ、あれ・・・・・・」
長嶋は、今やっと気づいた。
カクに蹴られた拍子に、ナイフも一緒に群衆の中に吹っ飛んで消えていたことに。
「ナイフってこれか?」
群衆の足元に落ちていたナイフをカクが拾う。
「お、おま・・・・・・」
「今だ!やっちまえー!」
長嶋たち士官生2人組の後ろにいたチョーチュー生たちが、一斉に長嶋達に襲い掛かった。
昭和の三社祭は、このように大人数で組織されたチョーチュー生とチョーコー生たちによる、大掛かりなサカン狩りが行われていた。
なので、浅草内を逃げる士官生と追うチョーチューorチョーコー生は、夏のもとい5月の風物詩。
だったのかもしれない・・・・・・。