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第54話 韓国学園とチョーコー、血の同盟 その11

突然会話に割って入ってきた事により、キム・ブントクやチョーコー生たちが一斉に岸本に注目した。


「俺の事か?たしかにそうだが」


キム・ジュンキが返答する。


「やっぱり!俺のいとこが三河島の日本拳法の道場に通ってて。そこにキムとかいう異常に強い厨房がいるとかなんとか数年前に言ってまして・・・・・・」

「もしかして、そいつの名前って岸本大河か?」

「そうです、そうです」

「おー!そうかそうか!」


さっきとはうって変わって、キム・ジュンキは懐かしい知り合いに会ったかのように岸本に笑顔を向けた。


「世界は狭いな~」


キム・ブントクは、岸本とキム・ジュンキを見ながら言った。


「よっと」


キム・ブントクは、ハンの隣におもむろに座った。


「なんだよ」


急に隣に座ってきたキム・ブントクに、ハンは訝しんだ。


「警戒するなよ。傷つくじゃないか」

「パボ(アホ)。別に警戒しちゃいねーよ」

「あっそ。タバコ一本くれよ」

「ちっ、しゃーねー」


キム・ブントクが咥えた煙草に火をつけるハン。


「これで貸し借りなしだな」

「まじか!?ま、いいけど」


「ふぅ~」


口から煙を吐く、キム・ブントク。


「なあ、ハンよ」


キム・ブントクは、さっきまでのおちゃらけた態度とはうってかわり、急に真面目な顔になった。


「なんだよ」


ハンが返答する。


「もう、北朝鮮や南朝鮮とか言ってる時代じゃないと思うんだ。俺は」

「なんだ、なんだ。急にシリアスになりやがって」


ちなみに、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)では、大韓民国を呼ぶ場合、「同じ民族」や「統一の対象」という考え方から、南朝鮮と呼んでいる。

話を2人の会話に戻す・・・・・・。


「まあ、聞けよ」

「あ、ああ・・・・・・」


キム・ブントクが、鋭い目つきでハンを見た。

それに一瞬たじろぐハン。


「俺たちは何のために、ここ日本で毎日やりたくもねー喧嘩をしてるんだ?」

「お前、言ってたな。後輩たちに同じような差別を味わわせたくないとか」


煙草の灰を地面に落とすキム。


「そうだ。俺たちはただ喧嘩したくてしてるわけじゃない。今の荒れた時代、ディベートや無抵抗主義でなんとかなるなら、俺たちは喧嘩なんか最初からしない。お前もそうだろ?」

「まあな」


ハンも思うとこがあり、その意見に同意した。

70年代という時代は、校内暴力、いじめ、暴走族などが社会問題化して若者が非常に荒れていた時期であった。

それ故に、2人が通っている、韓国学園・朝鮮学校にふりかかる差別も非常に激しかった時代でもある。

まだ、帝京高校と通学時間が被っていた時期(その後、十条駅周辺で帝京高校とチョーコーが激しくぶつかるようになり、後に通学時間をお互いずらすようになった)、チョーコー生が十条駅に着いた電車から降りた瞬間、帝京高校生にぶん殴られるのなんかも日常茶飯事で、気の弱いチョーコー生たちは、殴られながら十条駅を走って脱出してチョーコーに通っていたのだ。


(こいつ意外と博識だな)


ハンは、キム・ブントクの口から出る語彙の豊富さに感心した。

普段、勉強なんかと無縁で喧嘩ばかりしている自分からしたら、キム・ブントクが急に大人の男に見えた。


「この時代に抗うには暴力しかないなら、俺たちがどんだけ傷ついてもこの暴力で押し通す。やるなら徹底的にだ」


キムは、右手で持っていたタバコをそのまま握りつぶした。

握った手の中から「ジュー」という焼ける音が聞こえてきた。


「出る杭は打たれるけど、出過ぎた杭は打たれない」


キムは、座りながらハンを見た。


「俺たちの世代がチョーコーを日本一のバンカラ高校にする。後の世代が俺たちみたいな辛い目に合わないようにするためにな」


ハンは、キムの顔をまじまじと見た。

キムの顔は、真剣そのものだった。

もちろん、社会はそんな甘いものではないのは、キム・ブントクも分かっている。

だが、金も地位も名誉もない一在日がこれから日本社会で生きる在日の後輩たちの為に何ができるか考えた時、少しでも目の前の暴力・差別から解放されるように体を張る。

それが、チョーコー生として多くの後輩たちが自分を慕ってくれる自分の使命・責務だと、キム・ブントクは考えたのだった。


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