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第30話 王子の美知子とチマチョゴリ その1

80年代初め、夏の東京の18時ごろ。

新宿から八王子行きの京王線の車内。

5名の胸元が開き、へそが見えるセーラー服にロングスカートをたなびかせスケバングループが車内を我が物顔で闊歩していた。


園部美知子。

通称「京王線の美知子」「王子の美知子」。

地元八王子では誰も知らないものはいないほどのスケバンであり、男の不良もその名を聞けば道を開けざるを得ない。それ程の女豪であった。


今日は、昼から子分の女たちを連れて新宿を流し、その帰りに八王子行きの京王線に乗車していた。

電車の中で子分を引き連れ、車両を次から次へ移動していく。

美知子が定期的に行う見回りである。

電車の車両を1から順番に移動し、生意気そうな女を見つけたら、因縁をつけ〆る。

そうして他校とのスケバンたちとの喧嘩を経て、いつの間にか京王線沿線や八王子の人間たちから「京王線の美知子」「王子の美知子」と言われるようになった。

今では、喧嘩を売ってくる女、買う女もいなくなり、美知子は、いささか物足りなさを感じるときがあった。

だが、ある1校だけは、自分たちの常識・ルールが通用しない相手がいた。

朝鮮高校である。


(あれはチョン高・・・・・・。めんどくさい奴らに会っちまった)


4両目に足を踏み入れた美知子は、車両の真ん中付近のドアの前で談笑する5人組のチョーコー女学生を発見した。

美知子は、バツが悪い顔をした。


「3年生のリー先輩かっこよかった~」

「それに比べて1年の同級生のイモっぽさったらないわ~」


朝鮮語で会話しているので、何を話してるかは美知子には分からなかったが、楽しそうに会話してる感じをみると、女特有の世間話だろうと察せられた。


美知子は、引き返そうか迷った。

朝鮮高校のヤバさは、もちろん八王子まで届いていた。

「鼻鉛筆で鼻を貫かれて、一面血の海」

「スプーンで目を抉られる」

「朝鮮高校の女生徒をナンパした奴が、大人数のチョーコー生に攫われ局部を切り取られた」

などの噂話である。

実際、八王子の不良たちは、京王線や中央線を見回りしてきたチョーコー勢に何人も袋叩きにされたり、服や髪を切り刻まれたりしているので、そういうチョーコー悪逆非道説のうわさ話も信ぴょう性が高いものとして、八王子含めた西東京の不良たちから信じられていた。

たしかに、鼻鉛筆を実際にやれた日本人不良やチョーコーの女生徒をからかったり、ナンパした日本人がチョーコー生に袋叩きにあったのは事実だが、スプーンで目を抉る事や局部を切り取るなどそんな悪逆非道な事は基本ステゴロ・タイマンを信条とするチョーコー生はやらない。

これらの噂話は、関東大震災時に朝鮮人が井戸に毒を入れたなどの日本人が行った嘘・流言の類と同じであると作者は思う。

日ごろから様々な卑怯な手段で差別してきた日本人たちが、いつか朝鮮人たちから報復されるのではないか?報いが自分たちの元に来るのではないか?そういう内面に隠された心の内・恐怖・本音が、デマを流布、それにかこつけた「朝鮮人にやられる前にやれ」という関東大震災朝鮮人虐殺と昭和時代の朝鮮学校生襲撃につながったのではないか?作者の私はそう思う。

もちろん、大震災時に政府が自分たちに批判の目が来ないように在日朝鮮人をスケープゴートにしたのをあるが・・・・・・。


話を戻す・・・・・・。

引き返そうか進もうか悩んでいた美知子は、八王子でブイブイいわせてる自分がここで引き返したら王子の美知子としてのメンツがすたる。

美知子は、そのまま何食わぬ顔で歩き出した。


数メートル歩いた辺りで、美知子のグループにチョーコー女学生が気づく。

ドアに持たれかかっていたキム・ナオミが、美知子を凝視しながら口を手で隠し、なにやら内緒話を他の4人にし始める。

キムナオミに何か言われた残りの4人のチョーコー女学生たちも一斉に、美知子をじっと睨むように凝視。

美知子たちグループは、その自分たちを凝視する視線に気づいていたが、あえて相手にしないように歩き続ける。

少しずつ、スケバングループとチョーコー女学生グループの距離が縮まっていく。

距離がどんどん縮まるごとに、二つのグループ同士の緊張感が高まっていく。

そして、美知子たちがチョーコー女学生のグループとすれ違う時、美知子の子分・中野明美の左肩がカン・セイカの左肩にぶつかった。

だが、中野明美は謝る様子はなく、そのまま素通り。

5人のスケバングループは、チョーコー女学生グループに一瞥もくれず通り過ぎた。

スケバンとチョーコー女学生、一戦あるのかと思いきや、何事もなさそうだったので、同じ車両の乗客は内心ホッとした。

近くの座席に座っていたバーコードハゲのサラリーマンは、内心。

(スケバンの喧嘩はどんなもんかの~)

とワクワクしていたのでガッカリ具合も大きかった。

そんな、車内の空気は、キムナオミの声で一変する。


「チョッパリ待ちな!」


チッ!


園田美知子は、呼び止められた声を聞いて、舌打ちをしながら後ろを振り返った。


振り返ったスケバングループとチョーコー女学生グループの間で睨みが発生。


「・・・・・・」


少しのにらみ合いの後、キムナオミが怒気を強めた口調で美知子に口を開く。


「うちの友達の肩にぶつかっておいて、謝罪もないとはどういう事!?」


長髪を後ろで一つに束ねた髪に、上は白、下は黒色のチマチョゴリを着たキムナオミが、怒りながら腕を組み、園部美知子たちに対峙する。

お互いのグループの距離は、約2メートルほど。

ピリピリした空気が車内を包む。

園部美知子は、内心チョーコーとの喧嘩は避けたかったが、ガキの頃から喧嘩で負け知らず、同級生や年上相手、男にだって謝ったことがない彼女にとって謝罪イコール負けであった。

ましてや、チョーコー相手に謝罪や引くことなんてしてしまったら、女番長としてのメンツが立たない。

誰が見てるかもわからない車内だ。

イモを引いてしまった所を誰かに見られたとしたら、噂話が広がり、もう二度と今までの様な肩で風を切って八王子の街を歩けないだろう。

だから、園部美知子の女の意地として、ここは絶対に引くわけにはいかなかった。


「なんだ、チョンコーどもいたのか!道理でニンニクくせーと思ったわ!」


「あんたら、私たちを朝鮮高校と知って喧嘩売ってんの?」


キムナオミが園部美知子に近づく。

キムの後ろにいた4人も合わせて近づいてきた。


美知子たち5人に緊張が走る。


お互いの距離が30センチまで近づいた所でキムナオミたちが止まる。


一瞬の静寂。

車内のサラリーマンや他校の女学生たちもかたずをのんで見守っている。

近くの席に座っていた女子高生たちは、そこから少し離れた位置にコソコソ移動した。


この緊張感に我慢できなくなったのか、園部美知子が口を開いた。


「あたしを王子の美知子だと知って喧嘩売ってんのかい!」


威圧する美知子。

それを聞いたキムナオミたちは、同級生同士で顔を見合わせる。


「「「あははははははは!」」」


腹を抱えて笑い出すチョーコー女学生の5人。

美知子は内心動揺した。

京王線沿いや八王子でこの言葉で脅せば、大概の日本人の不良たちは怖気づき、詫びを入れてきた。

だが、通用するのはあくまで同じ日本人だけで、日本人同士の暗黙のルール外にいる在日コリアンたちにはその脅しは一切通用せず、火に油を注ぐだけであった。


「何がおかしい!」


バチィーン!


美知子の右手から伸びた張り手が、キムナオミの左頬を強打。

張手の音と共に、後ろで結んだ髪が揺れる。


「チョッパリやりやがったな!」


キムナオミの右後ろにいた、パクエイヒが園田美知子に飛び掛かった。

パクが園田の髪を思いっきり引っ張り上げる。


「てめー!姐さんに何しやがる!」


美知子の子分たちも、自分たちのボスが攻撃されるのを見て慌てて、チョーコー女学生5人に襲い掛かる。


チョーコー女学生5人とスケバングループ5人の乱闘が始まった。


「てめー死ねおらー!」

「チョーコー舐めんじゃねえぞ!」


5人と5人、計10人が入り乱れて展開する乱闘に、少し離れて見ていた乗客も早足でその場を離れる。

隣の車両に移る者もチラホラいた。



「隣でスケバンが喧嘩してるぞ!」

「まじで、ちょっと見に行こうぜ」


チョーコー女学生グループとスケバングループが喧嘩している隣の車両で、男子中学生2人が会話していた。


(スケバンが喧嘩?野蛮ね)


男子中学生2人の会話を座席で本を読みながら聞いていた、キム・ショウミは本を閉じて隣の車両に顔を向けた。


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