北海道奪還から5年の月日が流れた。
沙塔真奈美は30歳になった。
探索者──さらにいえば覚醒済の人間は肉体的にかなり老いにくいとはいえ、精神的には山をひとつ越えてしまったという思いがある。
そんな真奈美が現在なにをしているのかといえば、相も変わらぬダンジョン配信者だ。
とはいえ以前のような浅瀬でちゃぷちゃぷするそれではなく、本格的な探索がメインコンテンツとなっている。
探索者としてのランクもCにまで上がり、実力と人気を兼ね備えた一端の配信者というのが世間の評価である。
また初登場や北海道奪還などの、青平バブルにより増えた海外からの視聴者を繋ぎ止めるため言語を学び、現在では英語・中国語・ドイツ語を習得した多言語話者となっている。
そうして努力している姿勢が評価されてまた視聴者が増え、と好循環の中にいる。
そんな彼女であるが、本日は探索ではない動画撮影を行っている。
歌舞伎町ダンジョンを探索した帰りに、ついでだからと渋谷で買い物をしている様子を撮影しているのだ。
配信者はメインとなるコンテンツだけでなく、こうしたパーソナルな情報も出していった方が良いと考えているからだ。
特に近年は探索者としてのランクアップに加え、上記のような言語習得などもあり『強い女性』『かっこいい女性』的なイメージで女性人気も獲得しつつある。
そういった女性視聴者に訴求するため、コスメやファッション関連の買い物の様子や使用感などをレビューした動画を出そうとしているのだ。
恐らく従来の視聴者の一部は『余計なことをせずに探索に専念しろ』とでも言ってくるのだろうが、それこそ余計なお世話である。
勘違いしている者も多いが、配信者などの人気商売は上がっていくだけではない。
わかりやすい例を上げると、チャンネル登録者数などは常に減少し続けるのだ。
そうさせないために、定期的に動画を上げ続け、また新たな視聴者層へとリーチするための新規コンテンツも開拓し続けなければならない。
そんな走り続けないと死んでしまう、陸のマグロとも言うべき生活をしているとも知らず『配信者は良いよな』とか言ってくる輩は、良いと思うならお前がやってみいやと思う真奈美であった。
閑話休題。
ちなみに余談ではあるが、歌舞伎町ダンジョンの周辺にできた探索者街は、元が歌舞伎町という国内でも有数の歓楽街であったこともあり『歌舞伎町は歓楽街から歓楽街へと生まれ変わりました!』などと揶揄されている。
歌舞伎町の浄化を謳った施策が過去に打ち出されていたことを受けてのものだ。
まあ、客層がむくつけき探索者たちへと変わったため、暴力で縛り付けて云々だとか、ドラッグが云々だとかといった面に関しては、改善したとも言えなくはない。
その分、それ以外の問題も出てきているので総合的に見れば収支はとんとんであるが。
閑話休題その2。
そうしていま、渋谷のスクランブル交差点で信号が切り替わり、さて渡ろうと足を踏み出したところで異常なほどの魔力の高まりを感じる。
発信源は交差点のちょうど真ん中あたり。
そこに突如としてまばゆいばかりの光が発生する。
咄嗟に目を覆いつつ、魔力による探知は切らさない。
本人としてはあまり得意ではないという認識だが、青平に教わった技術は一級品である。
眼で見ずとも、そこにいきなり4人の人間が出現したことを察知している。
光が薄れ目視でも確認すると、過たず4人の男女が立っている。
ひとりは男性で、背後に女性を庇うようにして剣を構えている。
それと対峙するように、こちらも剣を構えた女性と、彼女に付き従うような位置取りの女性がいる。
世に探索者が溢れ、武装した人間に見慣れているとはいえ──いや、だからこそ彼らの装備は目を引いた。
現代の探索者が用いる装備は、最新技術を用いた特殊素材を利用したものが一般的である。
内部構造はともかく、見た目上は剣などといった武器の形状にそう変化はない。
しかし防具に関しては違う。
いわゆるプロテクターのような見た目の、非金属の軽量で強靭なものが主流である。
いま出現した彼らのような、金属製と思しき装備は見かけることがない。
唯一、直近で見た記憶といえば、青平と真奈美の初遭遇時くらいのものである。
そういった諸々を踏まえて、真奈美は呟いた。
「
────
探索者養成のための高等専門学校──いわゆる探索高専の東京校に通うひとりの男子学生、
彼は来月から3ヶ月に渡ってダンジョン内で行われる実地訓練──学校から依頼を請けた探索者と臨時のパーティを組んで探索するもの──の準備をしている。
5年前、早めの厨二病を発症した彼は青平のファンとなっていた。
いや、青平のファンとなったことをきっかけに厨二病になったともいえる。
青平の登場時、ソーシャルメディアの一部などではそのあまりの強さに対し『チートスキル』やら『転移特典』がどうのと言われていたのだが、陽翔はそれまでそういった言葉を見たことがなかった。
それを調べていく内に、ネット小説に端を発するなろう系──何者でもない平凡であったり、実は能力を隠しているだけで非凡であったりする主人公が、何者かに
そんな少年が、世界を巻き込んだ青平の大活躍を見て自分も『探索者になろう!』と思うのは、ある意味で自然な流れであった。
そうして入った探索高専であったが、そのまま彼が思い描くサクセスストーリーが用意されているほど現実は甘くなかった。
殊更に才能がないというほどでもないが、特筆して才能があるというわけでもない。
彼の好きななろう系小説のようなテンプレート的展開──例えば今まで誰も取得した者がいないか、あるいは伝説となっているようなクラスを取得したりだとか、最初は馬鹿にされていた役立たずのユニークスキルが後々になって実は超優秀であることが発覚したりだとか、同じ学校・学年の文武両道で才色兼備で麗質天成で花容月貌なアイドル的人気を誇る女生徒が何故か自分に執着を見せて構ってくるだとか、既に活躍している高ランク帯の探索者ですら驚くような成果を出して『なんかやっちゃいました?』と言うだとか──は一切なかった。
取得したクラスは平凡なものであったし、ユニークスキルなど取得すらできなかった。
そもそも学校の中に文武両道(以下略)のアイドル的人気のある女生徒などはおらず、非探索者系の各種高専と同じように数少ない女生徒が囲いにちはほやと持て囃されているだけの『探索高専の姫』しかいなかったし、そういう人間は得てして天狗になっている。
なおその容姿については言及を避けることにする。
本人も希望はしないだろうが、そうした姫にも相手にされることはなく、むしろ『姫扱いしない俺』を演出していたところ若干嫌われている寄りですらある。
ちなみにもしその姫が自分に構ってきたら、口では嫌だと言いつつも満更でもなく鼻の下を伸ばしていたことだろう。
男とはそういうものである。
そうしてなにもかも上手くいかないとモチベーションが下がっている人間が成果を出せるはずもなく、平均以下の成績を維持するクラスでも目立たない生徒となっていた。
休み時間は概ね机に突っ伏して寝たふりをしているか、スマートフォンでネット小説を読み漁っているし(本人は自覚していないがニヤニヤしながら)、昼食は人の少ない場所を探してひとりで摂る。
彼と同じようなオタク系の趣味を持つ生徒も多いが、そういったコミュニティにも入っていくことはできなかった。
早めの、そして長めの厨二病を患う陰キャぼっちというのが陽翔の現状である。
ちなみに、彼が夢想したなろう系探索高専生活に一部合致しているのが玲那である。
彼女の時代はまだ、在学中にスキル取得をするというカリキュラムではなかったためそこは省くが、文武両道(以下略)の女生徒(本人)はいたし、スキル取得前なので探索の成果などはないが、スキルやステータスを前提としない各種技術──格闘術や登攀技術、索敵術などの探索に関わる広範に渡る技術のセンスはずば抜けており、元探索者である常勤講師や臨時講師としてやってきていた高ランク帯の現役探索者であっても目を瞠るものがあった。