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36 笑顔

時は少し遡る。

配信で青平の出発を確認した真奈美と玲那は、美鷹や四分谷らと合流して一緒に映像を見ている。

とはいえ、四分谷の指示する声が入らないよう、真奈美の配信の声が入らないよう、お互いに少し距離をあけている。


「属性ウルフもしゅんころやー」


「嫌らしさや戦いづらさは段違いに上だけど、身体強度は前に坂戸で斃したオーク系とそんなに変わらないから」


配信の映像を見ながら、真奈美が実況し玲那が解説している。


「前といえば、今回は死体が残しとるんやね。オークの時はまるごと消えてたけど」


「今回は素材を回収するって言ってた」


真奈美もその話を聞いていたが、配信視聴者のために話題を振った。

当の視聴者たちは、その話を聞いているのかいないのか、青平の強さや、魔物の多さに言及するコメントが多い。

先ほどまでとは目についた青平を批判するコメントは、それらに押し流されて目に入らなくなった。


「あれ、なんか止まってんね」


「川の方を見てる。あっちにコアモンスターがいるのかも?」


映像は青平の大ジャンプの様子を伝える。

ボディカメラの映像を見ていた視聴者は、しきりにタマヒュンとコメントしている。


「ひえータマヒュン映像やわ」


「タマヒュン?」


「なんか、ジェットコースターの落ちる瞬間に内蔵がキューってなるやん。男の人はあれをタマヒュンって言うらしい」


「でも真奈美はタマついてない」


「言うな言うな。伝わりやすいから言っただけやわ」


『タマ(命)はついてるからセーフ』というコメントがあるが、どちらかといえばアウト寄りである。

その後も順調に進行していく。

ちなみに、ドローンは距離を置いて空撮、ボディカメラは映像のみなので、配信上にはほぼ彼女らの声のみが乗っている。


────


「おーついに森のところまで来た」


「戦闘しながら、たまに寄り道しながらで1時間も経ってない」


「やっぱししょーってすごいねんな」


「うん。すごい」


映像では、立ち止まって無線機に何かを話しかけている様子の青平が映し出されている。

四分谷とのやり取りが終わったのか、森へと向き直り、腕を前に突き出す。

そして。


──ズズンッ……。


彼を捉える映像はホワイトアウトし、振動がここまで伝わって来た。

距離的に地平線の向こうになり、間に山岳地帯があるため目視では確認できなかったが、もしも地球が平らであったら間違いなく見えていただろう。

それほどの威力、それほどの規模の攻撃であった。

そう、偵察でも探索でもなく、侵蝕領域への攻撃だ。

玲那はこの時点で青平の意図──侵蝕領域に攻撃を仕掛けることでダンジョン側のリソースを自分に集中させようとしていることに半ば気づいた様子で、それまでの憧れのスポーツ選手に向ける純粋な子どものような瞳は鳴りをひそめ、眉根を寄せた厳しい表情になっている。

その後、映像が復旧してから見た理外の結果には、誰もが言葉を失った。

ボディカメラの映像では一点透視で描かれたの絵画のように、地平線まで続く森の中の道が誕生しており、ドローンは大地に刻まれた亀裂のような痕跡を捉えていた。


「…………」


「…………」


周りが静寂に包まれたせいか、無線機から青平の声がわずかに聞こえる。

それに慌てた様子で対応する四分谷。


────


青平の攻撃から約3時間。

真奈美は新情報など入ってこないまま、今までの状況を繰り返し説明している。

ここ北海道戦線、札幌ベースの中にも配信者は多いが、間違いなく彼女の配信がどこよりも詳しい情報を伝えていたため、世界中からアクセスが集中していた。

これまでの流れを説明し、視聴者からの質問にわかるものは答え、わからないものはわからないと答え、そして新たに配信にやってきた人間向けにこれまでの流れを説明する。

その姿はまるで災害直後のニュースキャスターのようでもある。

一方の玲那は、忙しなく関係各所と連絡を取り合っている四分谷の様子は把握しているが、それでも青平が最前線で3時間も放置されていることに焦燥感ともつかぬ感情を持て余していた。

もし彼女の予想が正しいのであれば、彼は北海道中の魔物と戦うつもりでいてもおかしくない。

それが可能だという自身の師匠の判断に否やはないが、それでも心配になるのは仕方のないことだろう。

なにせ、予測でしかないが北海道には数百万体規模で魔物が存在しているとされる。

この広大な大地に対してその数は多いのか少ないのか。

『ダンジョン災害発生前の家畜の数よりは少ないだろう』というのは、北海道戦線を支える者たちの間で言われる定番のジョークである。


本部の方で動きがあった。

どうやら、青平の撤退を決定したようだ。

それに安心したのもつかの間、青平が既に多くの魔物に囲まれていることを知る。

居ても立っても居られず飛び出していこうとする玲那を止めたのは美鷹だった。

その大きな手で玲那の肩を押さえて言う。


「待て」


「放して」


「俺と、自衛隊も入れて、少数精鋭で向かう」


「…………わかった」


瞬間的に沸騰しかけた思考が、急激に冷めていく。

土地勘のない自分ががむしゃらに走るよりも、彼らとともにいった方が逆に早く着く。

それに自分ひとりが行ったところで、どれだけ彼の力になれるのか。

そう思いはすれども、本当であればすぐにでも出発したいところだ。


────


それから真奈美も入れて自衛隊の車両複数で目的地に向かう。

四分谷は未だEランクである真奈美の参加に思うところがないではなかったが、今は一分一秒が惜しいため問答を嫌ったようだ。

救援対象である青平のパーティメンバーであるし、そもそも探索者は自己責任が原則である。

旧市街地域以外の領域はその多くが草原のようになっており、軽装甲機動車の走破性であれば問題なく駆け抜けられる。

それでも、鉄道の線路を辿り、戦闘をこなしながら1時間で到着した青平よりも早く着くかは微妙なところであった。

青平が狩ったのは進路上のコアモンスターを含んだ大きめの群れだけで、それ以外の群れと遭遇することは十分に考えられる。

また草原地帯は一直線に駆け抜けられるとはいえ、逆に市街地では従来の道路に沿って走らなければならない。


結果的に、魔物に関しては杞憂に終わった。

ほとんどなんの障害もなく森林地帯の外縁部まで到着した。

そして、自身らが魔物に遭遇しなかった理由を理解した。

眼前を埋め尽くすほどの魔物の死骸。

これだけの数が、青平を殺すために集結していたから見かけることがなかったのだ。

そしてそれをすべて殺し尽くした青平の凄まじさたるや、筆舌に尽くしがたい。


「ここからは車両が使えませんね」


その四分谷の言葉を聞くやいなや、すぐさま車両から飛び出していく玲那。

地を埋め尽くす死骸もまるで無きがごとく駆け抜けていく。

少し遅れて他の者がついて来ているのを感じるが、その意識はこの森の向こう、この死が彩る道の先に向けられている。


────


25キロメートル強の距離を走りきり、先ほどから遠くにポツンと見えていたダンジョンゲートにたどり着く。

そこには、青平がゲートに寄りかかって座っていた。


「やあ、来たんだね」


いつものとおり、何のこともないというような声を聞き、安心ゆえか力が抜けて青平の眼前に膝をついた。


「良かった……」


「ごめん。心配させちゃったかな」


「ほんとだよ。ばか」


少しして、他の人員も追いついてくる。

その中に美鷹の姿を認め、青平は笑って言った。


「取り戻したぞ。お前の故郷」


「ああ」


こんな時でも口下手な自分が嫌になりつつ、美鷹も答えた。

しかし、その顔がすべてを物語っている。

岩のような表情筋も、この時ばかりは役目を果たした。


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