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「玲那さんと沙塔さんはここに残ってもらいましょうか」
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「いま、緊急で動画まわしてるんですけど──」
これ一回は言うてみたかったんよ、などどしょうもないことを考えつつ、真奈美は現状を説明していく。
北海道戦線で大規模な魔物氾濫の兆候が見られたこと、探索者や自衛隊など多くの戦力が集結しつつあること、一般市民の避難状況は順調であること。
また、別の企画が進行しており、その関係で青平に弟子入りしていたこと、その青平をあの伝説の冒険者である冷泉美鷹が訪ねてきたこと、実はふたりは同級生であったこと、その美鷹の要請で北海道に来たこと。
「で、実際に現場まで来て、詳しい状況を聞いたししょーは、単身で侵蝕領域に突入するという判断をしはりました」
これにも一悶着あった。
玲那がゴネたのだ。
元々Aランクで国内最強の一角に数えられるほどであり、最近は覚醒によって伸び悩んでいたのが嘘のようにレベルアップしている。
実戦で試してみたいと思うのも理解できる。
まあ自分はここに残れと言われて安心したのだが。
彼女ら弟子ふたりの反応は対照的であった。
玲那はムッとし、真奈美はホッとしていた。
ゴネたといっても、何も頑是なくわがままを言ったわけではない。
ムッとした表情で自分もついて行きたいと言い、それを却下されてからずっと表情がそのままになっているだけだ。
青平は気にした様子も見せず、自分ばかりが気を揉んでいるような気がする。
「それで、どこまでついていかれるかはわかれへんけど、アタシのドローンはししょーに追従させるし、ボディカメラの映像も併せて配信する予定やから」
既にソーシャルメディアや配信──青平らを囲んでいた人垣の中にダンジョン配信者が居たのだろう──で、青平らの北海道入りは知られていたが、その答え合わせともいえる龍ヶ崎ティア──真奈美の配信には多くの人が集まっている。
これには事前に撮影していた青平・玲那・美鷹、ついでに真奈美の映ったセルフィーをサムネイルに設定していることも無関係ではあるまい。
こういう強かなところがある女である。
現在の画面構成は、真奈美とムッとした顔の玲那が大映しになり、背後から青平を映した画面と、何かを説明している様子の四分谷が映った画面が小さなワイプになっている。
コメント欄では、しばらく配信を休んでいた真奈美の無事を喜ぶ声や、北海道戦線の現状を初めて知ったという声などが見られるほか、青平の独断専行のようにも見える行動を非難する声や、その実力を疑う声などが見られる。
真奈美も慣れたもので、後半のしょうもないコメントは無視しながら配信を進行していく。
だが、無視できない者もいた。
「さっきから見てればなに、青平くんを馬鹿にしてるやつはなにがしたいの?」
「ちょっと玲那ちゃん!」
玲那である。
彼女は生来のボッチ気質であり、ソーシャルメディアも気が向いた時しか開かず、参考のために動画を観てもコメントは一切見ていない。
そのネームバリューや容姿から、配信をすればトップを狙えるとまで言われているのに、まったく興味を示さない人間である。
対面であれば、彼女を若い女性と侮る者もその実力から閉口せざるを得なくなるため、今まではこのような匿名だからこそできる放言を目にする機会すらなかった。
要するに煽り耐性がゼロなのであった。
「安全なところからごちゃごちゃ言うだけなら誰だってできる。文句があるなら直接言いに来れば良い。私は札幌ベースに居る」
「玲那ちゃん、こういうこと言う人は無視しといたらええねんって!」
「なんで。間違ってることはちゃんと言うべき」
「ネット越しになにを言うたって人間なんて変わらへんから、この人らの言葉が軽いのと一緒やって!」
真奈美も大概なことを言っているが、コメント欄は玲那への反論にもなってない反論で埋め尽くされる。
その内訳は多数派から順に、なんでも良いから叩いて自分を満足させたい人間と、目立っている・評価されている人間がいると相対的に自分の評価が下がったと感じる──これを相対的剥奪感という──ためそれを叩きたい人間と、前述の良く言って挑発的で毒舌を売りにしている、普通に言えば強い言葉を使って平気で他人を傷つける系配信者である桐谷圭吾のフォロワー、元玲那ガチ恋勢──と呼ぶのも憚られる現厄介オタクと成り下がった人間たちである。
「それより、ししょーが動き出したみたいやから、それ見ようや」
「うん」
「素直!?」
それまでの強情さが嘘のように、真奈美のタブレットに釘付けになる玲那に『ほんまコイツ……』と思いつつ、配信画面を操作してドローン映像を大映しにする。
そこには厳重に張られた札幌ベースのバリケードを越え、旧江別市街地の中、函館本線の線路跡を走る青平の姿があった。
予定では、青平に土地勘がないことも勘案して旧深川駅付近──この侵蝕領域の中心である森林地帯の外縁部──までこの函館本線を辿る形で移動するということだ。
「あ、魔物が出て来た」
「本当だね。属性ウルフっぽい」