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34 回顧/邂逅

青平が侵蝕領域中心部分の森林地帯、その外縁部にたどり着いた。

ここまで約90キロメートルの道のりを、1時間もかからず走破している。

それも、戦闘をこなしながらである。

その様子をボディカメラと撮影ドローンの映像越しに見ていた四分谷は絶句している。

トップ層の探索者、そのデタラメぶりは知っているつもりであった。

伝説的な冒険者である美鷹は言うに及ばず、先の砂湖もまた彼が居なければこの旧札幌市街地は失陥していたといわれるほどの大戦力である。


『到着しました』


「……確認しました。周囲の様子はどうですか?」


『はい。あーあの、ひとつ良いですか?』


「なんでしょうか?」


『コアの魔物っぽいものを感知しました』


「はい? 近くに居るのですか!?」


『いえ。この森の中心部あたりだと思います』


俯瞰で見ればやや歪な形をしているが、それでも一番狭いところでも40キロメートルはある広大な森林地帯である。

その中心部まで彼の感知能力は届くというのか?

そんな考えが四分谷の頭をよぎった。


『ここから狙撃しましょうか?』


「狙撃……? 可能なのですか?」


『この距離なら、問題ないです』


「では、お願いします」


──狙撃というのは言い間違いか何かだろう。

元から軍事に強いわけでもなく、高校卒業と同時に異世界に召喚されたのであれば、ちゃんとした意味などわからないこともあるだろう。

そんなことを考えつつ、攻撃後の反応を予想していた。

公には認められていないが、ダンジョンには知性を感じる。

この札幌ベース近辺の、嫌らしい魔物の配置もそうだが、こちらの攻撃に対応するような変化が何度も起きている。

もしかすると、彼のいる方に戦力を集中されてしまう場合も考えられる。

そうなった場合は、防衛線に人員を残しつつ、少数精鋭で彼の救援に向かうしかあるまい。

これまで彼を観察していてそのずば抜けた戦闘能力は理解しているが、魔物氾濫クラスのリソースを集中されれば、いかな強者といえど数の暴力の前に擂り潰される他ない。


しかし。

そんな当たり前の予想は。

圧倒的な現実の前に。

脆くも崩れ去った。


ボディカメラが突き出された彼の腕を捉え、画面がホワイトアウトし、復旧した時にはもう、地平線が見えていた。

ただ一直線に均したかのような森の中の平坦な道、そう錯覚するほど、すべてを消失させていた。


『コアの魔物っぽい反応は消えました。どうしますか?』


『……は、はい。少々お待ちください』


咄嗟に反応できた四分谷は流石であった。

それから慌ただしく関係各所に連絡し、観測結果を待った。

誰しもが判断しがたい現実である。

衛星写真から、中心部分の森林地帯に幅20メートルほどの亀裂──そう呼ぶしかない──を確認。

さらにその中心部に旭川ダンジョンゲートと思しき物体も確認された。

ダンジョンゲートと領域支配種──先の侵蝕領域を定着させるためのアンカーとしての機能も持っている可能性があるコアの魔物──はほぼセットであるという過去のわずかな事例から、討伐の可能性は見込めると言える。

また、各種観測所の計測によれば、守月の行動の前後で、明確な数値の変化が見られるとのこと。

それが何を表すのかは、これから検証しなければならないが、少なくとも彼の行動はこの侵蝕領域、及び旭川ダンジョンに対し、何らかの影響を与え得るものであったと考えられる。

それらの情報を加味して、守月の帰投が指示されたのは、彼の狙撃──狙撃とはなんだ?──から3時間後のことであった。


────


──3時間待たされて撤退か。


そう思わずにはいられない。

とはいえ、その指示が守れるとは限らない。


巨大な化け物の体内に入ったかのような。

そんな感覚を、侵蝕領域に入った瞬間から感じていた。


自らの魔力を薄く広げ、その範囲内のことを感じ取る。

玲那にも軽く触れる程度に教えた、索敵にも使える技術である。

青平は知らないが、それを十全に扱えるほど完全に身につけることができるのは、異世界であっても限られた人間だけであった。

そういった常識などは教えず、究極の戦闘兵器を目指して訓練されていたため発生した知識の偏りである。

彼が歪んだのには、その戦歴も関係している。

戦士としてある程度の実力を身につけてからは、強大な敵のいる戦場にばかり投入されていた。

だからこそ、その相対する敵は自然とその技術を使いこなす猛者ばかりとなり、彼はそれが使えてあたりまえなものと思い込んでしまった。

最大で半径100キロメートルという、異常と言ってもなお足りぬほどの効果範囲を持っていながら、まあそんなものだろうと考えている。


そんな彼が巨大な化け物の体内に入ったかのような感覚として捉え、ここまでそれが何かを考えて来たが、ふと合点がいった。


──将軍さんの魔力範囲に入った時にちょっと似てるな。


青平が直接鉾を交えた中では間違いなく最高クラスの戦士。

青平さえ居なければ全戦全勝、奇跡の大英雄として後世まで語り継がれていたであろう人物。

青平と真っ向からぶつかってなお、その無敗記録は途切れなかった偉大なる大将軍。


青平が魔王サイドに転向してから再会した時は、それまでの遺恨などなかったかのように呵々大笑して抱きしめた。

曰く、貴様のような戦力を手放してしまう連中との戦など、勝ったも同然である、と。

曰く、戦場の恨みは戦場でしか晴らせん、平時に持ち出すことはない、と。

曰く、貴様が二度と戦場に立たんと言うなら、我らは友である、と。


──何をするにしても大袈裟な人だったな。


そんな感傷のようなものに浸っていると、侵蝕領域の魔力が蠢いたのを感じる。


──こんな中心部を攻撃されて3時間も経ってから……呑気なものだな。


自らが生み出した亀裂、その遥か彼方の地平線から黒い影が湧き立つ。

青平の眼には、先ほどまでとは比較にならない強力な魔物の姿が映っている。

タイミングを合わせるかのように、左右の森林地帯からも魔物が現れる。

また自身が走ってきた後方からも、ものすごい数が迫ってきていることも感知している。

ここからは見えないダンジョンゲート、その内部はともかくとして、森林地帯や後方からじわじわと寄せてきているのは把握していた。

その上で待っていたのだ。


青平はまだ見ぬダンジョンゲートに向かって駆け出した。


────


ダンジョンに知性があるというのは、異世界でも言われていた。

確度のある情報として持っているのはごく一部であったが、民間においても広く流布している言説であった。

青平がそのことを知ったのは、地球世界への帰還方法としてダンジョン踏破を提案された際に、色々と教えてもらった時であったのだが。

そして彼は、それが真実であると知っている。


何せ、ダンジョンマスターを名乗る人物と二度も邂逅しているのだから。


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