美鷹はもともと北海道出身である。
しかし幼少の頃、事故で両親を亡くし、東京の祖父母の許で育った。
そして青平らと出会い、友誼を結んだのだ。
だが、ダンジョン災害によってそれもまた台無しになった。
祖父母はその時に亡くなった。
行方不明になったという友人を探しに封鎖されたエリアへと何度も通い、よくわからない化け物を斃すと、よくわからない力を得た。
そうしていると、気づけば探索者などという名前で呼ばれ出した。
新たな仲間も増え、さらに多くの化け物を斃した。
最初期の混乱を抜けると、様々な情報が入ってくるようになる。
その中のひとつに北海道の北部から多くの人が避難したとの報があった。
東京と同じように化け物が発生したようだが、東京とは違い広々としているのが功を奏したようで、避難はスムーズに進んでいるとのことだ。
北海道には親戚もいるし、もう記憶もおぼろげではあるが、よく遊んだ相手など知人も多い。
その報せに少しは安心しつつ、眼の前のダンジョンに集中した。
この時の判断を、彼は悔やむことになる。
この頃にはレベルアップやスキルの存在も知られ出し、単純な災害という以外の側面にも注目が集まりだしていた。
美鷹が獲得したのは、後に『ウォリアー』と呼ばれるようになるスキル群。
各種武器術を主体にした物理近接戦闘を得意とし、加えてヘイト管理も可能な──ゲーム的に表現すればアタッカーとタンクの役割を兼ねることができる優良クラスだ。
さらにそこに、ユニークスキルである『剛力』と『金剛』──名前のとおり膂力と耐久力に補正が入る──のふたつを併せ持つダブルユニークまで加わり、考え得る限り最良の組み合わせであった。
そういったスキルに恵まれたところもあり、彼の探索行は順調であった。
後々になれば、危険であった、判断ミスであったと指摘されるような場面も多かったが、最終的にはすべて力で押し切った形だ。
そんな彼の転機となったのは、北海道の避難が進んだことだった。
以前、青平が探索者資格取得のために講義を受けた中でも出てきたが、ダンジョンによる領域侵蝕は、その範囲内に敵性存在──つまりは地球人類が存在する限り、完全に定着することはできない。
逆に言えば、市民の避難がスムーズに進めば進むほど、その領域が侵蝕されていくということになる。
当時は誰も知らぬこととはいえ、国民の命は守ったが、国土は失った形だ。
このことに関して『数十万人程度なら国土を護った方が良かった』などと指摘する声もあるが、そういう輩はもし真逆の状況であったなら『国土を護るため、国民に犠牲を強いた』とでも言うのだろう。
そんな馬鹿者でも放っておかれないのが、ネット空間の良いところであり、悪いところでもあるのだろう。
定期的に組まれるダンジョン関連の特別番組、あるいは北海道奪還に関するそれが放映される度に、ネット上で愚にもつかない、議論とも呼べない争論が巻き起こるのであるが、大半の人間はそのやり取りを冷ややかな目で見ている。
過激なことを言う目立ちたがりには、放置が一番効くことを知っているからだ。
閑話休題。
そうして避難が進み、侵蝕領域という未知の現象が確認された段になって、美鷹はすぐさま北海道に飛んだ。
彼の生家は旭川にあり、両親が眠るのもまたその地であった。
既に探索者という概念が固まりつつあり、一種の職業として認められつつある頃だ。
特に最前線である北海道では、多くの人間が魔物の被害に遭い、直接的に救われた者もいる。
当時はまだ改称前であった自衛隊も含め、官民合同で防衛線を張っていた。
市民による炊き出しなどの援助もあり、まさに一丸となって魔物の侵攻を防いでいた。
その最前線に到着し、彼が見たのは奇妙な光景であった。
道路や建物などの人工物はまだ残っている。
しかしどこもまるで長年放置されていたかのように草が生い茂っているのだ。
まるでポスト・アポカリプスに登場する荒廃した世界のような、廃墟と呼んで差し支えない状態であった。
それから彼は戦い続けた。
両親の眠る地を取り戻すために。
定着した侵蝕領域には、魔物が発生する。
生殖による増加だけでなく、どこからともなく増えるのだ。
まるでゲームのスポーンポイントのように、無限と思えるほど湧き出してくるのだ。
それらの魔物を薙ぎ払い、叩き潰し、それでもなお減らぬ敵に挫けそうになったことも一度や二度ではない。
いかに優良なクラスで、最適解ともいえるユニークスキルを持つとはいえ、美鷹ひとりで戦況が変わるなどということはない。
局所的には、彼が参加したことで勝利する場面もあったが、それとて全体として見ればごくわずかな影響に留まる。
それでも彼は諦めず、粘り強く、執念深くさえあるほどに戦い続けた。
そんな彼の姿を見て、奮い立った者たちがいた。
彼に続けとばかりに北海道に乗り込み、前線に立って戦った。
あるいは彼らを支えるために、後方を守って戦った。
そうして少しずつであっても歩みを止めず進み続けた結果、現在の札幌──富良野──網走を繋いだラインまで、前線を引き上げたのだ。
侵蝕領域は、それが広がる時とは逆に、その領域内にダンジョン側の勢力が居ない状態で敵性勢力──人類がこれを占めると後退することがわかっている。
この北海道での戦いによって得られた知見も、その説を補強する一例となった。
しかし上手くいったのもそこまでで、以降はこの前線が動くことはなかった。
まるでここまでは前哨戦とでも言うかのごとく、強力な魔物が出現し始めたのだ。
この侵蝕領域を削られることを嫌うかのような変化は、ダンジョンには意志があると巷間でまことしやかに囁かれる言説の根拠としてよく語られる。
強力な魔物の出現は、人類側の足を止めるだけではなく、むしろ領域の拡大にまで寄与することになる。
人類による奪還の最前線だったのが、多分に防衛線としての色も含むようになっていったのだった。
争いは激化し、多くの者が戦場の露と消えた。
そうして進展と停滞、出会いと別れ、そうしたすべてを抱えつつ、それでも美鷹は前へと進み続けた。
気づいた時にはAランク探索者になり、今では冒険者などと呼ばれている。
ちなみに蛇足ではあるが、彼のここまでの半生をまとめた本や映像作品などのコンテンツが作られると、その度に『ぼくがかんがえたさいきょうのたんさくしゃ』『事実ベースのほぼノンフィクションなのに、下手なエンタメ作品よりも読みごたえあるの草』『役者の演技は良いけど、顔がキレイすぎるし身体が小さすぎる』『現実でなろう系主人公するのやめてね』などの感想が寄せられるまでがテンプレートになっている。