新千歳発──大阪着の飛行機が着陸し、乗客を吐き出していく。
いま伊丹空港に、ひとりの冒険者が降り立った。
そう、冒険者である。
探索者の先駆け的存在──50年前のダンジョン災害発生時、真っ先にダンジョンに突入した命知らずたちであり、国を護った英雄であり、今もなお現役で活躍する者さえいる。
そういった探索者たちにとってのカリスマ的存在が、そのダンジョン出現初期の無謀とさえ言える探索行から、冒険者と呼ばれているのだ。
その冒険者は、
荷物ひとつ持たず、それでも人の倍ほど場所を取る分厚い身体は間違いなく目立つはずであり、日本でその名を知らぬ者は居ないほどに有名であるが、声をかける者は少ない。
歳の頃はよくて50歳前後、下手したら40歳といっても通用するほど若々しいが、その巌のような雰囲気がむしろ老成して感じさせる。
そしてその雰囲気と実際に寡黙であることから、周囲にお喋りは好かない武人という共通認識を持たれているのであった。
そんな彼の目的は青平であった。
実を言えば、青平と浩一郎、そして以前登場した高儀とこの美鷹の4人は高校の同級生で、それなりに仲の良かった間柄である。
ムードメーカー兼トラブルメーカーの高儀と、一番の秀才だがお調子者でもある青平、リーダーシップのある浩一郎と、冷静沈着な美鷹でバランスの取れたグループだった。
タクシーに乗り込み京都駅の近くのホテルまで走らせる。
豊中インターから中国自動車道に入る。
約40分の車中にて、運転手から話しかけられる。
「お客さん、もしかして冒険者の冷泉美鷹サン?」
「ああ」
「マジかよ。あの、応援してます」
「ああ」
それからも何くれとなく話しかけてくる運転手に、美鷹はすべてひと言ふた言で返事をする。
次第に運転手の方も何かを察したように黙り込んだ。
「…………」
「…………」
地獄のような沈黙だが、本人は気にしているのかいないのか、車窓から流れる景色を眺めるだけであった。
そうして目的地のホテルに到着したのは正午をしばらく過ぎた頃。
駅からは少し離れた立地にある、そのホテルにチェックインする。
ダンジョン災害で一度は灰燼に帰したが、後に再建されたリッツ・カールトン。
案内されるのは当然のごとくスイート。
しかも、非公開のそれである。
やたら大きい扉、広すぎる部屋、オシャレ過ぎる家具。
美鷹は辟易としていた。
彼はその纏う雰囲気とは異なり、感性は一般市民のそれと大差ない。
冒険者などという呼び名もあって、やたらと持ち上げられているが、そんな大層な人間ではないという自覚がある。
だからこそ、珍しくタクシーの運転手が話しかけてくれた時は嬉しかった。
しかし生来の口下手が災いし、地獄のような──そして日常茶飯事でもある──沈黙が訪れてしまってからは、窓の外の風景に空想上の忍者を走らせて気を紛らわせていた。
ホテルに着いてからも最悪だ。
何の気なしに予約したら、いつの間にかアップグレードされている。
いかに一般市民並の感性をしていようとも、流石に有名人であるという自覚はある。
変装などで隠れられれば良いがこの目立つ巨体だ、安宿に泊まるわけにもいかない。
不躾な視線や声掛けもそうだが、それにより周囲にまで迷惑をかけてしまうのではないかと心配になるのだ。
なのでたまにはお高いホテルでもと思ったらこれである。
こんな広い部屋にひとりぽつんと滞在するのは、彼の精神衛生上あまりよろしくない。
約束の時間まではまだ余裕がある、周辺の散策にでも出かけよう。
まずはホテルの目の前にある鴨川を歩いてみる。
ここはダンジョン発生以前と変わらずカップルだらけだ。
その構成員がどこか武張った雰囲気であることを除けばだが。
京極ダンジョンをメインに活動する探索者同士か、あるいはどちらかが探索者で相手は彼らを目当てにする特定の接客業に就く人間なのだろう。
ともあれ以前と同じような風景に見えて、どこか雰囲気が違う。
ちなみに全国の探索者街では、どこでも必ずそういった接客業が存在している。
探索者はダンジョンから出た後、無性に三大欲求を満たしたくなるのだ。
なんなら探索の前後に限らず、ほぼ全員が大食いである。
これは各種スキルがカロリーを要求しているという俗説もあり『スキルが吸うから実質カロリー0』などという言葉が流行ったこともある。
探索者街は飯屋・宿屋・泡屋でできている、などという身も蓋もない意見も散見される程度には、それらの業種が占める割合は大きい。
探索者街がイコールで歓楽街というイメージになる一因である。
ちなみに、こういった印象が強くなったため、それら以外の業種、たとえば装備用品店などを含んだ広い意味で指す場合はダンジョン街と呼ぼうという動きもあったが、あまり浸透しなかった。
そんな様子を眺めつつ、高校の修学旅行を思い出す。
──高儀が修学旅行のお土産名物の木刀に留まらず、法被やら、調子に乗って家から持ってきていた和服やら、ちょんまげのかつらやらで、結果的にフル装備の新撰組隊士になっていたのにはみんなして大爆笑していたな。
本人的には思い出し笑いをしてしまい、周囲に不審がられていないかとキョロキョロするが、悲しいことにそもそも彼の岩のような表情筋はぴくりとも動いていないので大丈夫であった。
鴨川沿いを北上し、丸太町通りを折れて御所を右手に眺め、烏丸通りに入る。
そのまま南下して、京都駅を過ぎ、少し行ったところで小さな公園を見つけた。
気づけばベンチに座り、野生の動物たちに餌をやっていた。
体力的にはともかく、精神的に少し疲労した感がある。
彼の普段の生活からすると、ここは人も物も多すぎる。
ちなみにここでの鳥やら地域猫やらに異常なほど懐かれている姿がソーシャルメディアに投稿され『哀愁を感じる』『心優しき巨人かよ』などといって小さくバズったりもするが、ここでは割愛する。
時間になり、指定の店に向かう。
こちらの名前も聞かずに案内された先には、むかし別れた時のままの友人の姿があった。
自分も大概、実年齢よりは若く見られがちだが、あまりにもそのまま過ぎてどこか現実感がない。
その顔は、最近の各種メディアで何度も見ていたというのに。
「よう、ミっちゃん」
「……久しぶりだな、青平」
まるできのう別れたばかりの友人に会ったくらいの軽い挨拶に面食らった。
自身もまたあの頃のように振る舞えているだろうか。
────
「……ミっちゃんって最初はミカドって呼ばれてたよな、冷泉だから」
「ああ」
「でも『流石に不敬じゃね?』ってことでミっちゃんになったんだよな」
「ああ」
「……それであのときタカヤンがさあ」
「ああ。ところで青平、頼みがあるんだが」
「なんだよ急に。相変わらず会話ベタだなあミっちゃんは」
旧交を温めるがごとく、思い出話に花を咲かせるのも良いが、今回の目的はそれではない。
会話の繋ぎなど自分にはわからない。
わからないことを考えていてもしかたがないので、本題に入ってしまうことにした。
「北海道に来てくれないか」