京極ギルド支部内の一室。
そこには真奈美と青平、そして玲那と奈緒、そして浩一郎の秘書である日口侖が対面している。
「まずは、来てくださってありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそお声がけいただき、ありがとうございます」
日本人らしく、ペコペコとお辞儀合戦から始まる。
そんな様子を眺めていた奈緒が声をかける。
「お兄ちゃん、そろそろ」
「うん」
さて、一体なにをやらされるのかと、緊張から身体を強張らせる真奈美。
そんな彼女に差し出されたのは、分厚い書類の束であった。
「えっと……」
「こっちから誘っておいて申し訳ないんですけど、今回の企画内容を説明するにあたって、事前に秘密保持契約を結ばないといけないんですよ」
「はあ……」
「詳細は私から話しますね」
話を引き取った日口が説明を始める。
最終学歴高卒の真奈美にはちんぷんかんぷんであった。
「まあ簡単に言えば、秘密を漏らしたらひどい目に遭いますよってことです」
その様子を見て青平がフォローする。
法的な根拠だとか、具体的にどういう行動がアウトだとか、細かいあれやこれやを抜きにすれば、そういうことになる。
「それなら大丈夫です! アタシ、そもそも秘密を喋る友だちがいませんから!」
その悲しい宣言に、なんをも言えない顔をする一同。
「でもあなた、配信で本名バレしてるでしょ?」
「ぐう」
そんな空気などまったく気にせずつっこむ玲那、ぐうの音が出る真奈美。
この女、結構余裕がありそうである。
「まあ、そういうわけなんでこちらにサインをお願いします」
「はあい」
ちょっとした知り合いに呼び出され、その知り合いの知り合いだという人間に囲まれ、よくわからない書類にサインをさせられる。
ここだけ切り取れば明らかにソッチ系のシチュエーションではあるが、まったく警戒心を持たないまま平気でサインをする。
今の真奈美はクソ勇気バフによって無敵状態である。
デバフの可能性は捨てきれない。
「はい。じゃあ早速ですけどお話ししていきましょう」
真奈美がサインした書類を日口に渡し、彼女が部屋を出ていってから青平が話を進める。
「まずはこちらをご覧ください」
そう言って彼が示したのは隣に座る恋人──だと真奈美が勝手に思っている──玲那である。
──だってあの距離感はなんかそれっぽいし!
その玲那が立てた指先に、小さな炎が灯る。
「え!? ここって侵蝕範囲なん!?」
前述のとおり、現状でスキルが使用可能な場所は限られる。
ダンジョン内と、侵蝕領域内、そしてケース・バイ・ケースではあるがギルド支部が建てられているゲートの付近である。
このゲート付近のスキル使用可能領域のことを、侵蝕領域とは別に侵蝕範囲と呼ぶことがある。
この侵蝕範囲の大きさや形は様々であり、その大きさによって、ゲートから通常施設までの距離が変わり、支部によってはまるで全天候型多目的スタジアムのような──いわゆるドーム型の施設の周囲に、ギルド支部が設置されている場合もある。
「違いますよ。ここは通常空間です」
「え、じゃあ……え???」
真奈美の視線は、そう補足した青平と、玲那が立てた指先の間を何度も行ったり来たりしていた。
「僕たちはいま、通常空間でスキルを使えるようになるためのメソッドを開発しています。そのための被験者兼、その方法を世間に公表するための場として龍ヶ崎さんのチャンネルを使わせてもらえないかというご提案です」
「…………」
思考が追いつかず、返答もままならない。
口はぽかんと空けたままで、非常に間抜けな顔である。
ちなみに龍ヶ崎とは彼女の配信者としての芸名である。
龍ヶ崎ティアと沙塔真奈美という一切かすりもしないそれに、本名バレした時は色々と言われたものであった。
「ちなみに、さっきあれだけ小難しい説明をして書類にサインしてもらったのにあれですけど、すでに僕の魔法で縛っているのでもう誰かにこのことを話すことはできません」
「え? ────────────! ほんまや!!」
「いきなり全力で試すの止めてね」
そんな奈緒のツッコミも聞いているのかいないのか、先ほどまでの困惑は、興奮に置き換わっている。
「すっご! 魔法ってこんなこともできるんや! これって異世界の魔法?」
真奈美が知らないだけで、既に地球世界でも同系統の魔法は発見されている。
そもそもスキルを保持しても、ゲームのようにステータス画面が空中に投影されるわけでもなく、なんとなくこういうことができると本人だけがわかるようになるに過ぎない。
現状ではそんなスキル群をまとめ、暫定的に名称を付与している状態である。
青平が使ったのは、現在『精神魔法』と分類されている魔法の系統で、発見当初は外れスキルと呼ばれた魔法であった。
なにせスキルレベルが低い時には発動に直接接触が必要で、さらに効果も弱いため、投射型が優遇される魔法職では扱えず、かといって集中が必要な魔法は近接戦においては使用が難しい上、直接接触の条件は手袋すら許されず、使い勝手がすこぶる悪かったのだ。
そんな精神魔法を発現し、仲間だと思っていた人間に見捨てられ、それでも諦めずにスキルを鍛えた結果として、Aランクまで上り詰めた探索者の半生を描いた『外れスキルの『精神魔法』を得て仲間にも見捨てられたけど、諦めずに鍛えまくった結果Aランク探索者になりました。今さらすり寄って来てももう遅い』というノンフィクションがそれなりに流行り、メディアミックスなどもされていたが、真奈美の世代ではあまり知る者はいなかった。