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20 救出

ダンジョンの階層は、浅層・中層・深層と区分されている。

とはいえそれは、相対的なものでしかない。

なにせダンジョンごとに何層まであるのか不明であり、最高到達階層が異なるため、何層から何層までがと一概に区分することができないためだ。

ギルド支部の業務のひとつが、探索者の持ち帰る各種情報等をまとめ、分析した上でこの区分を更新することである。

その際のひとつの目安が、魔石の等級──つまりは魔物の強さである。

先述のように、魔物の強さは階層が変われば違う。

様々なダンジョンで低階層に登場し、最弱魔物と言われることも多いゴブリン。

いわゆるファンタジー作品に登場するベタなゴブリン──子どもくらいの体格で醜い容姿をした緑の肌をした小鬼であるが、そのゴブリンでさえ階層が変われば大きな脅威になる。

そうした脅威度を判定し、ダンジョンごと、階層ごとの内部環境等も加味した上で区分を決定する。

最高到達記録が更新されれば、深層は伸びていくのだが、この時に中層の範囲まで併せて変更されることは少ない。

つまり、最下層が下がると深層の下限は広がるが上限はそのままであり、中層の下限まで引っ張られるということは少ないという意味である。

脅威度を高く見積もるのならばともかく、低く見積もればその分、探索者たちの危険度が増していくからである。

とはいえ、人の行う仕事であるので時にはミスもあるし、あるいは適切な区分変更であったとしても、見る側が判断を誤ることもある。

この時もそうであった。


「ん?」


「どうしたの、師匠?」


「うーん。戦闘してるパーティがあるみたいなんですけど……」


「え、どこ?」


「ちょっと走ります」


そう言って、木々の合間を減速せずに走り抜けていく。

玲那は慌てて追従するが、まったく差が縮まらない。

むしろ差が広がらないのがすごいくらいの速度ではあるが、それでもまだ彼は全力ではないのだろう。


そうして、しばらく走ると木々が途切れて開けた場所に出る。

そこではまず、見上げるような巨体を分厚い筋肉で鎧った魔物が目に入った。

天を突く、額から伸びる2本の角を見るまでもなく、先ほどまで玲那がソロで斃していたオーガだ。


──特異個体だ。


先のとおり、同種であっても階層によって強さが違う。

さらに、似た姿でも変異種や特異個体とも呼ばれる、強さや性質の違う魔物も存在している。

それらは本来、別の意味を持つ語ではある。

しかし、ことダンジョン内、特に魔物を指す場合は、どちらも概ね特殊な性質を持ち、通常個体よりも強力な個体という意味で使われる。

たとえば眼の前のオーガであれば、その色味の違いもあるが、何よりも今も周囲に迸らせている紫電などが顕著な特徴であろう。


そんなオーガの周囲には何人かの探索者。

武器を構え対峙しているものもいるが、倒れ伏しているものもいる。

青平がそこまで確認したところで玲那が追いついて来た。


「救援が要るか!」


「ああ、助けてくれ!!」


そしてすぐさま状況を把握し、オーガと向かい合っている探索者に声をかけた。

その救援要請を聞いて青平に確認する。


「私がやりますか?」


「いや。僕がやりますよ」


そうしてまるで何もないことのように向かって行く。


────


「いやあ、まさか噂の守月さんに助けてもらえるとは」


「無事で良かったです」


青平があっさりとオーガの特異個体を撃破して、対峙していたガタイの良い女性探索者と会話をしている。

戦闘時に倒れていた他のメンバーも、すでに治療済みだ。


「マジで運が良かった。それにポーションまで……あとでしっかり請求してくれよ……失礼、請求してくださいね」


「ああ。別に敬語じゃなくて良いですよ。あとポーションも。山ほどあるんで」


そういって虚空からいくつもの小瓶を取り出す。


ポーションとは、有名ゲーム等で知られるような、ダンジョンから発見されることのある薬品の俗称である。

その効果は化学的な成分がどうとかで薬効が云々という話ではない。

むしろゲーム的なそれに近く、だからこそポーションと呼ばれているのだ。

ポーション使用者は便宜上HPと呼んで差し支えない何かが上昇し、それに伴い現実でも肉体が回復しているとしか表現できない現象である。

傷口の体組織に働きかけるのではなく、生命力自体を回復させるという他ないのだ。

だからこそ、傷口にかけようが、身体の別の箇所にかけようが、服用しようが同じ効果を発揮する。


ダンジョンで得られる様々な資源は、ダンジョン内で──魔物から得られる生体資源、各種鉱物資源や植物資源などを直接獲得するほか、いわゆるドロップアイテムや、宝箱などから間接的に獲得することが可能である。

ドロップアイテムはゲーム的なイメージのとおりで、魔物を撃破した際、極稀にその死体のそばにいつの間にか出現していることがある。

宝箱も同じで、ダンジョン内のどこかに、ランダムに設置されていることがある。

ドロップアイテムもだが、宝箱の存在、特に開いた宝箱は自然に消え去り、またどこかにランダム設置されているなどという仕様は、現在も謎のままである。

このいかにもゲーム的な構造などに人為的な何かを見出し、ダンジョンは高次の生命体によって作られたなどという眉唾モノの噂が囁かれたりもしている。

ちなみに、ポーションなどの特殊な資源は、ドロップか宝箱からしか得ることができなかったが、探索者のスキルが成長するにつれ、いわゆるクラフト系スキルなどによって再現することが可能となって来ている。


そして、ポーション類は基本的にギルドが買い上げ、販売する。

これは既存の製薬会社等から強い要望があったためである。

ダンジョンから初めてポーションが発見された際、効果は目覚ましいものだったが、成分の解析が難しく、製薬業界から安全性が証明されていないとの声が上がった。

その実態は、ポーション類は即効性があり、従来の薬品と比べて効果が絶大であり、これにより、既存の医薬品市場が縮小することを恐れたため、圧力をかけたという話である。

特に、外傷治療薬や鎮痛剤など、ポーションが代替可能な製品の市場は直撃を受ける可能性が高かった。

その製薬会社の主張を根拠に一部の議員が動き、薬事法改正案が提出される。

これにより、ポーションは複数のプロセスを通過させないと、市場に出せないという規制が施行され、既存の薬品と差別化や市場の安定を図ったのであった。


こうして、国内におけるポーション販売はギルドの占有事業となったわけだが、そこに個人使用は含まれていない。

ポーションはその即効性や効果の高さから、探索をする上での命綱となるものだ。

それを国に管理されることなど到底受容できない。

そうした関係各所の綱引きの末、現在の形に落ち着いたのだ。


これにより、ポーションの値段は高止まり状態である。

四肢や指の欠損など、現代医学ではカバーしきれない需要は想像に難くない。

ちなみに極々稀にではあるが、浅層からのドロップも確認されているため、ライト層にとってもボーナスという扱いにもなっている。

中層級なら各パーティにひとつ以上、深層級なら各個人ごとにひとつまたは複数個は、探索の中で獲得したポーションをプールしているのが当たり前ではあるが、青平が取り出したそれらはかなり目を惹いた。


「……流石、だな。それに尾ノ崎さんまでいるとは」


「私は師匠の弟子なので」


「配信で見たよ。マジで弟子入りしてたんだ」


「ええ」


そんな会話をしている内に、パーティの立て直しが終わったようだ。


「この階層はこの前まで深層区分だったので、気をつけた方が良いですよ」


「ああ、それはわかっていたんだ。……ウチはずっと深層に入る踏ん切りがつかなくて足踏み状態だったから、お試しのつもりで来たんだが、このザマさ」


「お試しで特異個体というのも運がないですね」


「まったくだ。ところで、この先の深層だとあの特異個体レベルがうようよしてるのか?」


皮肉げに肩を竦めて尋ねる女性探索者。

青平はその問いを、視線とともに玲那へと受け流す。


「私はここのこと詳しくないよ?」


それを問い返す玲那を受け、女性探索者をチラと見ながら青平が答える。


「嫌味とか自慢として受け取らないで欲しいのですが、僕には正直、深層も中層も違いがわかりません。参考になることを言えなくて申し訳ないです」


青平の言葉に、その場にいる全員が一瞬、虚を突かれたような表情をする。

その後に、苦笑を浮かべた。


「まあ、深層級を楽々瞬殺できる人間からすりゃそうか」


「なので尾ノ崎さんに意見を伺おうかと思って……」


「そういうことなら。そもそも深層と言ってもダンジョンごとにその難易度は違う。魔物の強さも、環境も違うから。あなたたちがここの深層で通用するかどうかはわからないけど、お試しでこんなに深くまで探索するという判断は間違い」


青平が再度向けた視線を受けて玲那が答える。

その内容は端的で遠慮はなかったが、事実ではあった。


「仰るとおりで。通常個体のオーガなら、割と余裕を持ってヤれたからって、ちと調子に乗っちまったよ」


それに思うところがあったのか、肩を落としながらも納得した様子を見せる。


「索敵は?」


「もちろんしてたさ。こんなナリでも一応アタシはハンターでさ。でも、索敵範囲に入ったと思った瞬間にはもう眼の前に居たんだ。コイツの特殊能力なんだろうな、電気が走ったと思ったら移動してるんだ」


コイツという時に、彼らの中央に置いてある特異個体の死体をアゴで示す。


「まあ、守月さんには関係なかったみたいだけどな。ところで、」


ここまでの様子を、少し離れたところでドローンが撮影している。

それを指差しながら聞く。


「アタシらは配信者もやっててさ。ああ、今はライブじゃなくて撮影だけだから安心してほしい。ただ、あとで編集した動画をアップしたいんだけど、おふたりが映っても大丈夫そうかね?」


ただでさえ有名人のふたりであるのに、最近は何かと話題である。


「別に構いませんよ」


「私も」


何でもないことのように、平然と答えるふたり。

本当に大丈夫かとこっちの方が心配になるが、本人たちが言うのであれば、怪我の功名とでも思っておこうと納得したようだ。


ちなみに、彼女たちの上げた動画は大きくバズり、深層へアタックした際の探索成果より、広告収益の方が大きかったことを付記しておく。


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