京極ダンジョン中層部。
一層探索者は言わずもがな、浅層でライトに稼ぐ探索者も、深層に挑戦する求道者もおらず、実は稼ぎどころではある。
当然、そのようなことは知られており、ダンジョン配信者が『意外と知られていない、ダンジョンでの稼ぎ方!』といった動画をアップロードしていたりする。
それでも人が少ないのは、探索者の二極化問題があるせいだ。
ある人間のところには集まり、ない人間のところにはやって来ない資本と同じように。
探索者としての実力もまた、ある人間はより高め、ない人間は一生変わらないなどと言われている。
ダンジョンの構造的に、必ずしもそうなるとは言えないのではあるが。
もし一層に留まらず、儲けはそこまで変わらないのに危険度は跳ね上がる二層、三層と進んでいけば、段階的に成長していける。
人それぞれ、どこかで限界を感じたとしても、これほど中層が空いているというような状況にはならないだろう。
要するに、社会的な生活というものを度外視するのであれば、という前提条件が付くのである。
人は誰しもたったひとつの命を惜しむし、一層で生活が成り立つのであれば、わざわざ危険を冒してまで挑戦する必要などない。
それが現実だ。
しかし、そのようにさも賢しらに言う人間は、トップ層にはひとりもいないのもまた現実ではある。
先頭を走る人間は、常に狂気によって突き動かされているのだ。
閑話休題。
そんなわけで人が居なくて広い場所を探していた青平は、京極ダンジョンの中層に来ていた。
自称弟子である玲那も同伴している。
本日は、その弟子の修行のためにダンジョンへと潜っているのだ。
「えーと。今さらながら、弟子ということですけど、何を教えて欲しいんですか?」
「全部!」
尾ノ崎玲那は強欲である。
「うーん。じゃあとりあえず適当に狩りをしてもらえますか? それを見て決めます」
「わかった」
「ひとりで大丈夫そうですか?」
「この辺りの魔物なら問題ないよ」
そう言って駆け出す玲那。
青平は少し間を空けて追従する。
京極ダンジョン中層は、そこまで密度の高くない森林環境となっている。
そうしてしばらく走っていると、玲那が標的を発見したようだ。
「何か居るね。多分オーガ? 単体っぽい」
「じゃあそれで」
「り」
ちなみに青平は転移する前から、電子メールにて『了解した』『理解した』という意味合いで『り』を使っていた。
他にも『イエス』で『y』『ノー』で『n』など、できる限り省略していた。
電子メールである、チャットアプリなど──少なくとも青平の周囲では普及していなかった時代である。
口に出して言うことはないまでも、なかなか時代を先取りしていたのでは。
などとしょうもないことを考えつつも、玲那の戦力分析を進める。
そうして何度か接敵と撃破を繰り返したあと、森の中の少し開けた場所で休憩を兼ねて指導を行う。
「まず、索敵範囲が大体500メートルくらいですね。これはスキルがあるんですか?」
「うん。気配察知とか、索敵ってスキル」
「なるほど。攻撃は物理主体でしたけど、魔法は苦手ですか?」
「特に苦手意識はないけど。私は『レンジャー』だから、物理寄りの万能型。ここは射線が通らないし、オーガは多少のダメージを無視して向かってくるから、魔法に気を取られるよりは最初から叩いてやっつけた方が良いと思った」
そうしてやり取りをする内に、青平は違和感を覚える。
「魔法適性は投射型ですか?」
「うん……? 私は火と水と光に適性があるよ」
「???」
どうにも噛み合っていない。
前提条件が違う印象がある。
「属性適性があるんですか? 珍しいですね」
「???」
そうして色々と認識をすり合わせる内に、異世界と地球世界には様々な違いがあることに気づいた。
単に解釈が違うのか、はたまた仕様から違うのか。
異世界の技術や知識は、魔法があることを前提にして、大昔から磨かれてきた。
ならば地球世界のそれと比して一日の長があると言える──と、青平は考えなかった。
世界が違えば仕様が違う──とも、同じく否定あるいは判断保留だ。
なぜならば、少なくとも青平は、異世界で身につけた様々なスキルを、そのままこの世界で使えている。
──そこまで含めて仕様なのか?
そうではない気がする。
生物学的なウイルスが、コンピュータシステムに影響を及ぼさず、コンピュータウイルスもまた生物に直接影響を及ぼさないように。
同じスキル・魔法という名前であっても別存在であるというのなら、異世界の仕様に従ったまま、地球世界で力を振るえるのはおかしいように思える。
──これはいくら頭で考えても答えが出ないな。
それならば人体実験、というわけではないが、玲那への指導を通して色々と検証していくしかないだろうという結論に達した。
「これは僕が異世界で学んだことで、こっちの世界でも当てはまるかはわからないんですけど……」
そう言って彼が語ったのは、魔法における適性の話。
曰く、人間には魔法を行使する際に適正が存在する。
それは火や水といった『属性』の話ではなく、それ以前の魔素に対するアプローチの適正である。
現在のところ、それは以下の6種に分類される。
──自身の身体や物体を強化する強化型。
──魔素や物体などを変化させる変換型。
──魔力を自分自身から切り離す投射型。
──魔素や魔力、物体を制御する制御型。
──魔力を基に何らかを創造する具現型。
──上記の要件に当てはまらない特殊型。
人はこのどれかに一番の適性があり、その他についても適性がないわけではなく、一段下がるが適性はある。
「師匠はどの適性があるの?」
「…………特殊型です」
「おーすごい?」
「まあ、稀な適性ではありますね。とはいえ、どの適性が強いという話ではないので、そこは勘違いしないでくださいね」
「はーい」
「それで、尾ノ崎さんの適性ですけど、おそらくは強化型寄りの変換型ですね」
「なるほど?」
「何回か使っていた投射魔法で、属性変換がスムーズでしたし、身体強化や武器強化もなかなかの威力だったように思います。その一方で、索敵範囲がそんなに広くないし正確さにも欠けました」
「ちょっと待って。属性変換とか身体強化はなんとなくわかるんだけど、索敵は魔法と何か関係があるの?」
「ああ、それですね。おそらく、スキルというものに対する認識の違いがあります」
「認識の違い?」
「そもそも、スキルを使うっていう考え方が違うというか……」
「???」
「説明が難しいな。そもそもスキルっていうのは本来、後付のアプリケーションではなくて、履歴書の資格欄みたいなものなんですよ」
青平が説明したところによると、異世界では何か技術などを身につけた結果として、スキルに反映されるのだという。
しかしこの地球世界においては、スキルとは超常の力を起こすことができる何かであると捉えられている。
その違いがどこから来るのか、現段階ではわからないとしつつも、本来的には身につけた能力でしかないので、後から増やすこともできるはずであるということである。
「それならわかるよ。こっちでもそうだから」
「そうなんですか?」
「うん。武器術とかがわかりやすいかな。最初に『剣術』を取得した『ソードマン』でも、訓練次第では『槍術』とか『弓術』を取得できるから」
「なるほど、そこは変わらないんですね……」
そのまま思考の海に没入しそうになる青平を、玲那が引き留める。
「それで。索敵と魔法の関係」
「ああ。さっきまでの戦闘で、尾ノ崎さんが索敵をするたびに、魔力を投射してたんですよ」
「そうなの?」
「これは、尾ノ崎さんの主観では、索敵スキルを
「うん」
「さっきも言ったとおり、スキルは証明であってアプリじゃない、なのに使えるというのはなぜなのか、現段階ではわからないです。しかし、やっていること自体は、尾ノ崎さんがご自身でも──いわばマニュアル操作でもできることのはずです」
そう。
たとえ本人的にはスキルを使っているつもりでいても、そこに使われている魔力は本人のものであったのだから。
少なくとも、どこかから謎の力を引っ張って来ているわけではない。
「だから、その魔力投射による索敵の範囲とかによって、尾ノ崎さんの魔力適性が測れると思ったっていうことです」
「ふーん。なら属性も増やせる?」
「そうですね。基本的に異世界では普人──こっちでいうホモ・サピエンスに属性の偏りはかなり少なかったですし、変換型なら特にそういうのは適性があるはずです」
「わかった。練習してみよう」
「まずはスキルを使ったときに、自分の魔力がどう流れているかを感じ取るところからやってみましょう。それができたら、家でもできる魔法の訓練を教えますね」
「そんなことできるんだ。やっぱり師匠に弟子入りして良かった」
「……まあ、お役に立てたなら良かったです」