京都駅。
かつては京都府内唯一の新幹線停車駅であり、京都市の玄関口であり、観光の拠点ともなっていたターミナル駅である。
同時に府民の足として活用され、京都都市圏の心臓部と言っても過言ではなかった。
通勤・通学の利用者と、国内外からの観光客が入り混じったカオスな光景は、田舎の中高生──もとい、都市圏以外から来訪した修学旅行生にとって、随分と都会に映ったことだろう。
そんな姿も今は昔、現在は閑散とした姿を残すのみ──というようなことはなく、現在においても利用者は多い。
ただしその利用率は、一般市民とは言いがたい、むくつけき探索者たちが一定の割合を占めるようになっているが。
先のとおり、京極ダンジョンは旧新京極公園跡地に発生した。
間を置かずに魔物が氾濫し、その対処のために御所手前、烏丸駅、国道1号線、八坂神社までの範囲が一度更地になっている。
その後、ダンジョンから一定範囲が実質的に封鎖され、当初は本当にゴーストタウンの様相を呈していた。
そうして紆余曲折があり、現在は探索者街として発展するダンジョン周辺と、さらに外縁部に形成される関係者の住宅及びそれらをあてにした商店などが増え、以前とは違う形ではあるが、再び活気を取り戻したのだ。
ちなみに、ダンジョン災害発生時、真っ先に撤退した某ショッピングモールは、当時の非公認探索者たちがゾンビ映画さながら拠点としており、むしろありがたかったなどと語っている。
そんな京都駅にふたりの男女が降り立った、
青平と玲那である。
青平は手ぶら、玲那は大きなキャリーバッグを転がしている。
高儀と会った後、ホテルに帰るとなぜかラウンジで待ち構えていた玲那に遭遇した。
「来ちゃった」
「いや来ちゃったじゃなくてね」
坂戸ダンジョンの最高到達階層にて、鷹橋夏海が無理矢理会話を打ち切って配信を終了した後、荷物をまとめて来るから後で合流しようと言われ、言われるがままに押し切られた青平である。
高校卒業と同時に異世界に転移し、そのまま戦争に放り込まれて前線を転々としてきた青平にとって、ただでさえ理解できないことが多い女性であり、さらにその中でも一際変わり種の玲那の相手は流石に荷が重すぎた。
そうしていつの間にか押さえられているホテルの隣室、当たり前のごとく青平の部屋に訪れる玲那、戦闘技術について根掘り葉掘り聞かれる色気もへったくれもない会話をするくせに、興奮に加え風呂上がりなのか上気した肌と漂う甘い香り。
青平は困惑した。
地球世界に帰還し、50年の月日が流れていると聞かされたり、様々なギャップを感じたたりしたときと同じくらいに困惑した。
そうこうしている内に家に着いてしまった。
すっかり様相が変わった京都駅以北と違い、まだ当時の風情を残した南側。
奈緒が勤める中部方面統括管理局を通り過ぎでしばらく行ったところにあるタワーマンションである。
もしダンジョンが現れなければ、景観保護など色々な意味で建てられることのなかったものである。
玄関の鍵を開け、部屋へと入る。
「ただいまー」
「おじゃましまーす」
「……おかえりー?」
一拍置いて返ってきた奈緒の声に、若干訝しむような響きが含まれているように思える。
それは、形だけ見れば家に女性を連れ込んだように見えることへの、謎の後ろめたさを抱く青平の錯覚ではないだろう。
「……尾ノ崎玲那?」
「はい。ご無沙汰してます、守月局長」
それでも行くしかないと、奈緒の待つリビングに入り、青平らの姿を視認してから、とりあえずといった様子で、奈緒が玲那に声をかける。
どうやらこのふたりは面識があるようだ。
そして奈緒は青平に向き直り尋ねる。
「なんで?」
「俺が知りたい」
「っていうか、せめて人を連れ込む時は連絡してよ。掃除とか色々あるんだから」
「連れ込むは語弊がありすぎる。憑れ込むならギリあり」
「何言ってんの、疲れてるの?」
「憑かれてるよ」
そんな会話のラリーを、ぼうっとした様子で眺めていた玲那が、小さく笑う。
「仲良いですね。本当に兄妹なんだ」
その何とも言えない無邪気な様子に、ふたりはどこか毒気を抜かれたような心地である。
気を取り直した奈緒が尋ねる。
「それで。今日は泊まるってこと?」
その問いに青平が発言するより先に玲那が答える。
「あ。私、守月……ややこしいな、青平くん師匠の内弟子になりました。今日からよろしくお願いします」
ギギギ、と。
奈緒はまるで錆びついた機械のような動作で、青平に再度向き直った。
「お兄ちゃん?」
「いや、わかんないって」
────
【スクープ】守月青平、美女2人と同居生活!?
北海道奪還拒否発言に炎上の兆しも──注目の異世界帰還者の私生活とは
世界初の異世界帰還者にして、唯一のダンジョン踏破者──守月青平氏(23)。
現在、日本国内、いや世界中でその名を知らぬ者はいないと言っても過言ではない彼だが、現在の私生活が波紋を広げている。
守月は現在、京都府内のとあるタワーマンションに居を構えているが、そこでは妙齢の美女Aさんと同居しているようだ。
近隣住民への取材から、仲睦ましげに買い物をする様子などが確認されている。
そうした状況に新たな美女が登場したのだ。
それが日本国内最高峰の探索者である尾ノ崎玲那氏(29)である。
尾ノ崎は探索者として国内最高峰の実力を持ち、約10年という異例の速さでその地位にまで上り詰めた天才。
メディア露出も多く『美人探索者』として知られている。
そんな彼女が守月と出会ったのが、ダイナ・サポート現会長の孫にして、探索者兼ダンジョン配信者である鷹橋夏海氏(21)の配信上であった。
当該配信において、守月の実力に惚れ込んだ様子の尾ノ崎が『弟子入り』を頼み込む場面が映されている。
その後すぐに配信は終了となったため、その顛末は不明であったが、どうやら弟子入りは叶ったようだ。
しかし、その配信を視聴したファンの一部は騒然としている。
特に尾ノ崎の『ガチ恋(アイドルや芸能人・時にフィクション作品の登場人物など「推し」に本気で恋をしてしまうこと)ファン』たちが暴れ出し、『守月青平は詐欺師だ!』『玲那様を渡すな!』とソーシャルメディア等で大暴れ。
一方で『彼女が弟子入りを決めたのなら、間違いなく強くなって帰って来る』という彼女の飽くなき強さへの探究心を信じるという評価もあり、両極端な反応が巻き起こっている。
また、守月は別件でもネットを騒がせている。
件の配信上で北海道奪還について参加を拒否したとも取れる発言をしており、これが物議を醸しているのだ。
そんな中妙齢の美女Aさんとの同居に加え、さらに尾ノ崎という美女を自宅に連れ込む形となった今回の件に対し、ネット上では『北海道奪還を拒否しておいて、美女ふたりと楽しい同居生活ですか』という批判も出ている一方で『私生活と公的な活動を混同すべきではない』『一部の人が過剰に叩いているだけ』と擁護する声もある。
これらの件について本誌はソーシャルメディア越しに取材を申し込んだが、反応は梨の礫。
どうやら彼らはだんまりを決め込むことにしたようだ。
何かと話題の尽きない守月の周辺、今後の動向にも注目したい。
この記事が掲載された雑誌には写真も載せられており、そこには買い物をする青平と奈緒、青平に先導されるように部屋に入る玲那などが写されている。
────
そんないかにもといった、下世話な記事が掲載された週刊誌が全国に流通してしばらく経った頃、奇妙な出来事が起こる。
件の週刊誌の編集者や、記事を持ち込む記者などが次々と失踪していったのだ。
当初は──フリーのライターなんてよく飛ぶもんだと──楽観視していた出版社も、直接雇用している編集者等までが居なくなるに及び警察に相談した。
しかし捜査は難航し、状況は悪くなる一方であった。
失踪した人物に直接的な共通点は当該雑誌の関係者であるということしかなく、また、既に退職済みの元社員など、過去に関係した者も同様に失踪している。
あえて言うのなら、個人のプライバシーを侵害するものや、根も葉もないデマなど、色々な意味で悪質な記事に関わった人物とは言えるだろう。
当該出版社はその誌面で『ジャーナリズムへの攻撃である』だとか『これは陰謀である』などといった独自の理論を展開したが、世間の反応は冷ややかだった。
──人の不幸で飯を食って来た罰。
──いい加減、こういう負の遺産は滅びるべき。
──今日び△ーでもこんな記事書かんわ
そうして出版社を叩く中には、過去にそういった週刊誌の記事を楽しんだ層も多く含まれていたが、結局叩く相手がいればそれで良いのだろう。
ともあれ、そうして人が減っていくと、あそこには関わらないでおこうと人が寄り付かなくなり、急速にその力を失っていった。
僅かに残されたまだ良識のある社員は会社を畳んで、決して粗悪な記事は書かない、裏取りのできない記事は載せない、などといった誓いを胸に他社へと流れていく。
ただ、ひとつの雑誌が廃刊になった、ひとつの出版社が倒産した、というだけであれば何も変わらなかっただろう。
しかし、何とも不気味で、明らかに人為的ななにがしかを感じざるを得ない事件であり、その生き残りとでも言うべき人員はみな口を噤み、ひたすら業務に邁進している。
まるで何かを恐れるかのように。
それ以降、出版業界において暗黙の了解として、個人のプライバシーを侵害する記事はタブーとなった。
──当たり前だろ。
──始めからやれ。
期せずして、彼らが操作しようとしていた世間の意見は一致を見た。