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17 友情

鷹橋夏海の配信に出演して、主に尾ノ崎玲那とひと悶着あった後。

青平は都内のホテルに戻る途中に、とある喫茶店を訪れていた。

高校時代の級友から連絡があったからだ。

ちなみに、その級友以外にも自称関係者から多くの連絡があった。

中には青平の両親を騙る人間もいた。

流石にその時は呪いでも送ろうかと思った青平であった。

彼の能力にかかれば、たとえインターネット経由であろうともその真贋を判別するのに障害たり得ないし、呪いに関しても同じである。

そんな中で、数少ない本物の級友からの連絡であったし、浩一郎──幼馴染であり、幼稚園から予定で終わったが大学までをともに過ごす腐れ縁であった──を除けば、それなりに仲の良かった相手であったので、彼と会うことに決めたのだ。


場所は23区内の某所だが、この区分もあまり意味をなさなくなって久しい。

ダンジョン登場以降、東京都内──中でも23区外の開発が再加熱した。

新宿区など、都心部に発生したダンジョンから少しでも遠ざかろうという心理であろうか、昭和末期から平成初期のそれとは違いリゾートだのニュータウンだのと浮かれたものではなく、ある意味では疎開とも呼べるものであったが。


ともあれ、そんな都心の一等地に店を構える──フランチャイズチェーンのコーヒーショップではなく──純喫茶である。

青平はそれほど利用した経験がないのでわからないが、内装はいかにも店主が老後の趣味でやっているという風情である。

古いが清掃が行き届いた店内、傷や汚れも込みで時代によって磨き抜かれた木材、落ち着いたBGM。

そしてこれもまた内装の一部かと思うような老齢の店主。

年齢を感じさせない伸びた背筋と、その身に纏う糊の効いた制服、口元には整えられた立派なひげを貯えた、店内の雰囲気に溶け込む紳士である。

そんな彼は、青平の顔を知らぬわけではないだろうに、そんなことはおくびにも出さずに尋ねる。


「おひとり様ですか?」


「いえ、先に連れ合いが来ているかと思うのですが」


「あちらへどうぞ」


彼が示すのは店内で一番奥まった席だ。

窓にも面しておらず、店内からも店外からも不躾な視線を遮ることができそうだ。

言われた席に向かうと、ひとりの老人の姿が見えてくる。


「久しぶり、タカヤン」


「おっ……マジで変わってねえなあ、ツッキー」


これまた店の雰囲気と合致した高級感のあるスーツに身を包んだ男性。

高儀申吾たかぎしんご、青平と同級生だった、68歳の男性である。

まあ座れよという高儀の言葉に従い腰を下ろす青平。

するとすぐに店主が注文を取りに来た。

それぞれ、アイスのアメリカンとオレンジジュースを頼む。

ちなみに青平がアメリカンで、高儀がオレンジジュースである。


「相変わらずオレンジジュース好きなんだ?」


「ん……? ああ、高校の頃はいっつもオレンジジュースだったよな。まあこれは、酒もコーヒーも医者から止められてるからなんだけどな」


苦笑しながら早速届いたオレンジジュースに口をつける高儀。


「どっか悪いのか?」


「いや、まあ良くはないけど、別に差し迫った何かがあるわけじゃないぞ。単に歳を食ったってだけだよ」


「そっか」


「まあツッキーもそのうちわかる。嫌と言うほどにな」


そう言って、にやりと口角を上げる仕草に、懐かしさを覚える。

その顔に刻まれた深い皺が、彼の歩んできた50年という歳月の重さを物語っていたが、それでもあの頃と同じようないたずらっぽさを感じて、人間はそうそう変わるものでもないのだなと思った。


「覚えてるか、文化祭のクラスの企画」


「ああ、リアル人生ゲームな」


高校時代の思い出話から、彼は自分のその後の人生について語り始めた。

彼曰く、大学は有名私立校に進み、経営学を学んだ。

いくつかの職を経て、独立し、起業した。

世はまさに大探索者時代、偉大すぎる先駆者──ダイナ・サポートの二匹目のドジョウすら獲り尽くされたレッドオーシャンと呼ばれようと、この業界なら稼げるだろうと色々なことに手を出した。

それなりに上手くやりつつ、その中心は探索者クランの運営となっていった。




探索者クラン、それは過去のフィクション作品のイメージそのまま、探索者の寄り合い所帯のようなものだ。

探索者ギルドが管理するものではなく、法的には探索者個人が立ち上げた一企業である。

民間の企業なので、当然クランランクのような評定システムは存在していない。

しかしそれは、探索者という業界以外の一般的な企業では当たり前のことである。

あくまでも実績ベースで評価され、信用されていくようになるのだ。

そうして地場の中小企業のように、そこそこの経営規模でそこそこの信頼を持ち、地域のギルドや企業と付き合いのあるクランとなっていくのが、よくある成長モデルとされている。

探索者個人としては、税務を含めた諸々の事務手続きの煩雑さや、それらのコストを軽減することができるため、クランの加入者はそれなりに多い。

ちなみにクランの会社形態では、一般的なそれと違い株式会社は少なく、合同会社や合資会社・合名会社が多い。

またその業務内容に関しても、一般的な探索者の集まりで特定のダンジョン資源の納入を主にするものもあれば、ダンジョン配信者を集めてタレント事務所のようなことをしている場合もあり、種々様々である。




高儀曰く、そうしていくつかのクランを運営し、特定の素材を活かせる企業も立ち上げ、タレント部門によって宣伝しと、すべてがシナジーを生み出していき、企業として成長していった。

そんな状況で、株式公開に踏み切った判断は果たして間違いだったのだろうか。


──すべてはタイミングが悪かった。


そう述懐し、色々と要因となったことを挙げているが、そのすべての発端となったのは深層級イレギュラーとの遭遇であった。

それにより社内で一番実力があり、実績のあるパーティが壊滅した。

あとは転がる石のごとく。

そのパーティが納入していた資源に依存していた事業は業績が悪化し、それを補うために他のパーティをあたらせようとするも、地元を離れたがらない一部の探索者が離脱。

残ったメンバーだけではこれまでどおりの戦力を発揮できず資源の獲得はままならない、そうして収入が減れば残ったメンバーも不満が溜まっていきさらに抜ける、ついでとばかりにソーシャルメディアへ愚痴を投稿し、会社の評判も悪くなる。

タレント部門はより顕著だ、人気商売であり、本人の技量次第でどうとでもなる彼らは、わざわざ評判の悪い会社に居続ける理由がない。

そうした動きを見て株は売られ、余計に業績が悪化する。

あるいは邪悪なドミノ倒しかと思うような出来事の連鎖によって今に至る。


そんな身の上話を聞かされていた青平が質問する。


「で、俺にどうしろっていうわけ?」


「良ければ、うちでクランを立ててくれないか?」


「嫌だけど」


その回答を予想していたのか、ノータイムで返答する青平。

高儀は一瞬押し黙るも、変わらぬ様子で続ける。


「まあ、そりゃそうだよな。ツッキーくらい稼いでりゃ、メリットないもんな」


「いや、稼ぎがどうこうじゃなくて。俺はある程度稼げれば無理に探索したいわけじゃないから、ノルマとかだるいし」


「もしツッキーが来てくれるなら、ノルマはなしでも構わんのだが」


「それでもメディアへの露出なり、何かしらは命令されるだろ。もう誰かに命令されて戦うのは嫌なんだ。それに、集団で戦うのが無理だ」


「そうか。でもツッキーは別にコミュニケーションが苦手ってわけじゃなかっただろ。あの頃もそうだし、今日だって何人かと探索していたみたいだし」


「人間関係もそうだけど、そもそも俺はひとりで戦える。誰かのサポートを必要としない。パーティを組んで探索しても、俺以外には役割がない。そんな組織や集団が成り立つのか?」


「それは……」


「お荷物を抱えてひとりで戦って、それで報酬は会社とメンバーに分けろって、誰がやるんだその仕事?」


そのあまりにもな内容に、これまでは滑らかにペラを回していた高儀も絶句するしかなかった。


「話がそれだけなら、もう帰っても良い?」


「ああ……。ああ、いや、待ってくれ」


立ち上がりかけた青平を呼び止める。

そして逆に自分が立ち上がって頭を下げる。


「今日は時間を取ってくれてありがとう。その上で、恥を承知で頼む。金を貸してくれ」


青平はその頭頂部を見つめ、上から見ると薄くなったのがわかるな、などと余計なことに気をやりつつも返答する。


「良いけど、いくら?」


高儀はその問いに直接的には答えず、頭を下げたまま指を一本立てる。

その様子に軽く鼻から息を吐く。


「わかった。ああ、別に返さなくても良いよ。代わりにこれで、俺とお前の関係は終わりになるけど、構わない?」


「…………ああ。すまない」


僅かな逡巡の後、高儀は肯いた。

自分からすれば5年前の友情は、高儀にとって50年前のものなのだろう。

それを温度のない眼差しで見つめる青平の心中には、いかなる感情が渦巻くのか。


「あ、それと。お前、ダンジョンに潜ったことないだろ。実戦経験のない指揮官に、兵隊はついていかないぞ」


改めて立ち上がり、伝票を取って去っていく青平は最後にそんな言葉を投げかけた。

それが高儀の心に届いたかどうかは、わからない。

彼はただ、青平が店を出るまで頭を下げ続けた。


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