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16 直感

鷹橋夏海に打算がなかったわけではない。

以前から配信への出演を打診していた守月青平が、どこぞのダンジョンで最高到達記録を更新したというのだ。

当然、もしかしたら自分の配信においても……という期待を持ってしまう。

それを悪いことだとは思わない。

自分は配信者であるのだから、自らの配信が盛り上がるように願うのは至極真っ当なことであると考える。


──だけどまさか、こんな形になるとは思わないじゃん。




鷹橋夏海はダイナ・サポート現会長の孫として生まれた。

なんとなく、その跡を継ぐのだろうと思いながら生きてきた。

祖父は偉大だった。

テレビなどで見かける祖父の偉業は、身内贔屓を差し引いてもすごいことだ。

元々会社を経営していた彼は、ダンジョンやまだ非公認だった探索者の出現に際し、すぐさま私財を投じて彼らのサポートを開始した。

最初は小さな道具店から始め、時に探索者からの聞き取りを行って商品を充実させ、時に役人とぶつかってでもダンジョンに通い……今では国内トップシェアのダンジョン関連企業へと成長させた。

そんな祖父は、自社を私物化することを嫌い、自らの子どもだからと会社を継がせるつもりはないと言っていた。

だが今では会長の役職に就き、社長の椅子には父が座っている。

別に、祖父が変節したとも、父が簒奪したとも思わない。

ただ父もまた紛れもなく優秀で、周囲の人間が放っておけなかったのだろう。


幼い頃から『会社の人』はよく我が家を訪れ、何くれとなく自分にかまってくれた。

寡黙な気質の父や祖父よりも、むしろダンジョンや探索者について教えてくれたのは彼らだった。

『夏海くんもいずれは』『ダンジョンについて知るのはきっと役に立つよ』『学校は高専かな?』

一族経営が批判の対象になるなんてのはずっと昔からそうだったけど、同時におもねる対象はひとまとめにしておきたいという人もいる。

まあ、そういうことなのだろう。


そんなこともあって、いずれは自分もと思いつつ、探索者兼ダンジョン配信者として活動して来た。

決して腰掛けのつもりはなかった。

会社に入ってからも現場を知っているかどうかは重要だし、何よりダンジョンに潜ることも、配信が盛り上がることも、単純に楽しかった。

自分がやればやっただけ結果が出るというのは──実家住まいの身分で烏滸がましいことだが──生きていくために稼ぐ自己責任の重みを感じた。


現代社会は──ダンジョンが登場してもなお──死を遠ざける。

人はいずれ死ぬ。

その事実をまるでなかったかのように過ごしている。

直接的な死は病院などの一部に押し込めて、必死に目を逸らしているように感じる。

そんな中でダンジョンというのは、望むと望まないとに関わらず、死と向かい合わざるを得ない特殊な場所であった。

死と対面して初めて、生を実感する。

希死念慮、メメント・モリなどと殊更に言うほどのことでもない。

単に生きているということの特別さを知った、正確には生きているということこそが特殊な状態であるということに気づいたというだけのことである。


閑話休題。


というわけで、夏海は決していずれ家業を継ぐまでの腰掛けとして探索者をしているわけではないということである。

むしろ探索者を続けている──続けられている理由としてはそのユニークスキルの方が大きな比重を占める。


探索者が初めてのレベルアップでスキルを取得するということは前述のとおりであるが、その中にユニークスキルと呼ばれるものがある。

ユニークと言っても唯一無二というほどではなく単純に珍しい程度であり、後から意図的に取得する方法が確立されていないという意味合いである。

夏海が取得したユニークスキルは『直感』であった。

じゃんけんで何を出すか、迷った時は右の道か左の道か等、普段の生活の中ではちょっと嬉しい程度の効果でしかないが、探索中はその判断が命運を分けることになり得る。

これによって探索者として、そして配信者としてそれなりに成功を収めているのだからユニークスキル様々である。


守月青平と初めて会った時、そのあまりの一般人ぶりから、試しに直感を働かせた。


──もし今、彼に襲いかかったら。


その瞬間、スキルが今まで経験したことのないレベルの警鐘を鳴らしてきた。

無理だと判断するより前に、今すぐ逃げるべきだと咄嗟に動きかけた。

それすらも無意味だとスキルは告げていた。

しかし、そうしたことをおくびにも出さない程度には、配信によって鍛えられた面の皮が仕事をしてくれた。




ということがあって、もしかしたらこの配信で最高到達記録更新の瞬間が見られるかもしれないという期待があったのだ。

結論から言うと、その期待は叶えられた。

オークの群れを瞬殺とすら呼べない間に消滅させた後、速度を上げた彼に夏海がついていけなくなって速度を下げてもらい、夏海の体力が保たず休憩時間も設けてもらい、37階層という半端な位置に存在するボス部屋もまったく足を止めず通過といって差し支えない速度でクリアし、最高到達記録を更新して53層まで来ている。


正直に言って、困惑が勝つ。


この状況で彼のことを素直に尊敬の眼差しで見つめる尾ノ崎は、ちょっと変わっていると思う。

そんな守月の異常さが目立つが、夏海からすると彼の速度に平気でついていき、疲れた様子も見せない他の3人もやはりトップ層の探索者なのだなと実感した。


「いやあ、マジで記録更新しちゃうとは……流石ですね守月さん!」


「ほぼマラソンで、撮れ高なくてすみません」


「いやいやいやいや、撮れ高満載でしたよ!」


「そうですか?」


このとぼけた様子の青年のどこに、あれほどのことを為す力があるのか。

異世界での経緯を知っていても、疑問は尽きない。

ちなみに、現在は階層到着と同時に襲いかかってきた周囲の魔物を、それまでと同じように瞬殺した守月によって結界が張られ安全が確保されている。

これには『プリースト』であるもうひとりの女性参加者が興味深げにしていた。

そうした状況から、休憩も兼ねて雑談タイムとなっているのだ。

だからか、これまでは索敵による警告くらいしか言葉を発していなかったハンターの男性も、守月に声をかける。

その瞬間、夏海の直感は大きなアラートを発した。


「……それだけ強いなら、北海道に来てくれたら助かるんだが」


先に言っておくと、このハンターの男性に悪気はなかった。

彼はいつも寡黙で、言葉足らずなだけなのである。

このセリフも、本人的には『自分めっちゃ強いやん! いまこっち結構しんどいから手伝いに来てや~』くらいのつもりで言っているのだ。


要するに、コミュ障である。


そんな彼の言葉に、青平は平坦に答える。


「今のところ、行く予定はないですね」


青平が、ややもすれば冷淡とも取れる返答をしたのには理由がある。

それは彼の帰還以来、ソーシャルメディアなどで囁かれる北海道奪還期待論がひとつの要因である。

現在、北海道北部は侵蝕領域に飲まれ、なおも拡大しようとするのを札幌──富良野──網走を繋いだラインで食い止めている状況である。

その戦況は決して良いとは言えず、国内でも数えられる程度のAランク──実質的最高ランク──の探索者が、複数人でこれに当たってもなお戦線を維持するのがやっとの状態だ。

これを突如として登場した、深層級を単独撃破する人物に状況を打破してもらいたいと考える人間が出てくるのは、ある意味では当然のことであった。

しかし、力があるからと戦場に連れ出されるのは異世界での経験を思い出し、まるで兵器のごとく扱われているように感じていたのだ。

政府──正確には浩一郎──からの要請があればまだしも、個人の意志や、知りもしない他人から言われて赴くつもりはない。

そういうつもりで答えたのであった。


──まずい流れか?

夏海はやや不穏な空気を払拭しようと口を開きかけた。


「守月くん。私を弟子にしてください」


しかしその夏海の気遣いは、まったく別のところからの爆撃によってもろとも消し飛ばされてしまった。

ずっと青平を見つめ、穴が空くほど見つめていた玲那が、何を思ったのか素っ頓狂なことを言いだした。


「え、あの、あ、え? 弟子?」


「うん。守月くんの強さは私には測れなかったよ。ごめん」


「はい?」


「だからちゃんと守月くんがどれだけ強いのかわかるために、私を鍛えてください」


そう言って深々と頭を下げる玲那に、一同が唖然とする。


「あのう、鍛えるといっても、尾ノ崎さんは関東住みですよね? 流石に遠いのでは?」


流石の青平も理解できないといった様子で、トンチキな返答をしてしまう。

しかし、それに対する玲那の答えはさらに斜め上を行く。


「内弟子っていうのを聞いたことがある。住み込みで鍛えてもらえば大丈夫」


「僕は大丈夫じゃないです……」




こうして、コミュニケーションエラーとも言えるこのやり取りは、主にアンチ守月勢力によってその意図を歪める形で拡散されていく。

蛇足ではあるが、アンチ守月勢力には新たに、尾ノ崎玲那ガチ恋勢(厄介オタクのすがた)が加入したことを付け加えておく。


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